レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載
7
「ええ、はい。さっき切り札の人員を送り込みました」
ドン・クーフーは無線に答える。
「ただ、少々は手荒になるかもしれません」
通信の相手はアル・カーヒラの統領、マフムート・パシャだった。
『構わん。どんな手を使っても、行政局の動向を探り出せ』
「了解しました」
『そちらの手はずは、こちらで話がついている。派手にやってもらって構わん』
クーフーは軽々とフェンスを飛び越える。肩にはバズーカを担いでいる。
ここはカテドラル(第一艦隊基地)の敷地の飛行場である。
構える。
撃った。
バズーカの後方から煙が噴出し、砲弾が輝く。口を半開きにしているのは、衝撃音で鼓膜をやられないためだ。榴弾は艦艇の一つに直撃して大爆発が起きる。飛行場がオレンジの光にぱっと明るくなる。メラメラと盛大な炎が燃え上がった。
じきに警備兵が駆けつけてくるだろう。
ドン・クーフーは光を湾曲して闇に溶け込み、素早くその場を逃走する。
背後でけたたましい警報が鳴り響いている。
だが……ここの司令官、グリエルモ・シャー将軍とは事前に示し合わせているのだ。
破壊したのも、実は廃棄予定の艦艇である。
これは自作自演。彼の目的はアリバイ工作であった。フェデリコたち、諸々の本命の作戦をカモフラージュするために、あえて「味方施設への破壊工作」を行ったのだ。
クーフーは巨体で飛ぶように逃走しつつ、街路の時計を見た。
(そろそろ、フェデリコがフェリーに乗った頃か……?)
プレート1には、アルス能力に感応する、最新式の防衛システムが仕掛けられている(これはプレート1にしかないテクネー技術である)。しかし「標準人」のフェデリコにとっては、それは意味をなさない(動きやすいわけだ)。拳法だけでなく、クーフーを凌ぐほどの侵入工作のプロでもあった。
8
翌朝の午前九時半。
パトリシアは指定されたプラネットの集合場所に到着した。プレート1のリゾート・プラネットの一つにある高級ホテルだ。まだ公には伏せられた会合である故に、こんな場所と早い時間の集合となったのだという。
(おなかがペコペコだわ)
昼食を用意すると言ってくれていた。とはいえ、あまりがっつくのもみっともない。起きてすぐ、昨晩夜食に買った、小さなドーナツの残り二つを食べてきた。空腹感を紛らわせるのにパックのカフェオレで流し込んだ。
「こちらです」
小さい方の入り口から入ると、折畳机の受け付けがあった。そこから年配のホテルマンが案内してくれた。他の志願者たちと、昼食の料理を支度した宴会場に通された。
不安だったが、杞憂だったと感じて安堵する。
白いテーブルクロスの上でキャンドルが燃えている。歓迎されていることは明白である。どうやらルテティア・フレンチ料理のフルコースでも振舞ってくれるらしかった。一同は席につき、オードブルとスープが運ばれる。オードブルはキャビアを乗せたサラダ巻きクレープ。スープはパセリを散らした上質なポタージュだった。独特の風味がある。
壇の上で行政局の役人の男が挨拶をした。
「皆さん、本日はこの席に集まっていただき、ありがとうございます。わたくしどもも、制度の矛盾と運用の難しさには頭を痛めておりました。色々と至らなかった点もあったか思いますが、どうかお許しいただきたい」
役人の男は言葉に詰まったように、しばし黙り込む。
やがて誠実な口調で、感動的に語りかける。
「……それでも皆様は寛大なお心で、国難に際して駆けつけてくださいました。心から感謝を申し上げたい。我々としましても、皆様方のお気持ちがわかった以上、もう理不尽に辛い思いをさせることはけっしてないでしょう。あなたがたの忠誠心は、これで充分に証明されました。我々は同胞です! 同じ共和国に生まれた、同じ国の国民なのです!」
あちこちで歓声が上がる。
「新しい金呪は、『毎年毎月、この日に記念の花を植える』こととしましょう!」
拍手。拍手。万来の拍手!
「今後は軍務だけでなく、退役後の職業も含めまして、きっと相談に乗れるでしょう。どうか我々を今一度だけ信じていただけたらと、心から願っています。共に、共和国のために戦いましょう! 情勢は厳しくなっております……ですがっ! 今日という日の気持ちを忘れなければ、帝国などに負けることはありえません! 未来のために、愛する者たちのために、我々は気持ちを新たにして、『悪』との戦いを始めなければならないのです」
そして「そうだ、そのとおりだ」と賛同する声が聞こえてくる。
役人の男は祝いの席で、晴れやかに顔を輝かせていた。
嬉しくてならないような、そんな浮き立つ気持ちがにじみ出ていた。
その場に集まった者たちは、人間の善なるものを信じた。
「それと、最後になってしまいましたが一言申し上げたいのです。『お帰りなさい!』」
あちこちで拍手と歓呼の声があがった。
「共和国バンザイっ!」
「わたしのほうこそ、バカでした。考えナシに逃げたり……」
「共和国に忠誠を誓いますっ!」
「もう二度と、祖国を見限ったりしません!」
感動のあまり泣いている人間も少なくなかった。パトリシアも涙で目がかすんでしまって、どうしようもなくなる。両親のことや、残してきた幼い我が子のことが思い出されてきて涙が止まらない。
「共和国のためにっ!」
役人の男が音頭をとり、乾杯する。
人々もまたグラスを高く持ち上げる。クリスタルカットのシャンデリアにガラスの杯が反射し、揺れる液体の影がキラキラ躍る。
「共和国のためにっ!」
心を一つにし、彼らは祝杯を飲み干した。
それから給仕が席を回り、手の込んだ魚料理の皿が配膳された。
帰還亡命者たちの感動的な会合は、前半だけで終わりだった。
彼らに後半はなかった。
肉料理もデザートも、食後のコーヒーもなかった。
そこから先の人生さえもなかった。
キャビア巻きと上質なスープには、眠気を催すための弱い毒が仕込まれていた。
封鎖・密閉した宴会広間には致命的な毒ガスが流しこまれた。
そして真昼の繁華街。
死の宴会場を奇跡的に生き延びた一人の女が、街中で暴れまわる。狂乱した女はアルス能力で真空を発生し、多数の死傷者がでた。
あのパトリシアだった。
彼女はしかし、近くを通りかかった幼年学校生徒の列の前で泣き崩れ、駆けつけた警察官にその場で逮捕された。
9
「ちくしょう! なんてこった!」
プレート1に着いたばかりのフェデリコは、毒づき、自販機を蹴り飛ばしていた。
先ほどラジオの臨時ニュースで、パトリシアの無差別殺傷事件を知ったのである。彼女が理由もなくそんな凶行に及ぶはずもないことは、彼自身が良く知っている。
(こうなったら、どうあっても真相を暴き出してやる!)
彼は意を決して、そのまま行政局のプラネット分室への施設への侵入を敢行する。
その行動は更なる陰謀を探知することとなった。
10
アル・カーヒラ。
シナゴークの別の工作員の一人が、ついに行政局の役人の拉致に踏み切ったのは、惨劇からわずか数時間後。
身柄を押さえられたのは、爬虫類的美貌の小役人アルムルクであった。
薄暗い部屋。
「そのことか」
アルムルクはあっさり質問に答えた。パイプ椅子に縛られて。
「最初は、約束を守ることも考えてたのさ。どのみち早いうちに最前線で死んでもらうつもりだったが」
「だったらどうして、急に?」
「思ったほど人数が集まらなかったんだ」
「人数が?」
「そうだ。さして人数が集まらなかった。たかが四十人足らずでは微妙だろう? むしろ他の連中は、プレート1に従うことを拒んでいる。そういう連中の方が厄介だったんだ」
「言うとおりにならないと?」
「この大事なときにアル・カーヒラに走られて……戦力増強でもされされたら、かなわないからな。だいたい、今回集まったアルスの奴らだって、いつまでルテティアの行政局に従うかどうかは怪しいもんさ。だったら、常に先手を打たないとなァ」
顔中ボコボコになったアルムルクは臆せずに語った。居直ったらしく楽しげに。
「それに一回こうやって虐殺すれば、他の亡命してた連中も『共和国に帰ろう』なんて二度と考えなくなるだろうからなァ。これで連中は、ルテティアだけでなくて、プレート2のことも信用しなくなる。『アル・カーヒラの外人部隊に参加しよう』とも思わなくなる。……下手に共和国に受け入れて、うちの行政局の敵になるよりは、ずっと外国の傍観者でいてくれたほうがいい。だからこれは予防処置でもあるんだよ。……いいアイデアだろ?」
尋問に当たっていた灰色の男は、怒りで真っ青になっていた。
同じ共和国の標準人としても許しがたかったのだろう。
「なんということを!」
アルムルクは恐怖に失禁しながら大笑いした。椅子の足がカタカタ鳴る。
「亡命した犯罪者どもに、ふさわしいってんだよっ! やつらは奴隷! ドレイなんだっ!約束もクソもあるかようっ! ふひっ、勝手に期待して勘違いしただけじゃねえかっ! マヌケな勘違い野郎どもめ、くたばって当然なんだーっ! オノレどもらの身のほどわきまえろってんだっ! 最初から俺らとあいつらじゃ立場が違うんだようっ! ヒヒ、遺伝子異常の下等生物どもっ! 劣等のさらに落ちこぼれのクセにいッ! あー、いったい何様だと思ってるんだっ! 野良犬の分際で甘ったれてんじゃねえええっ! 自分でシネよっ! ふひっ、死んで共和国に懺悔しろっ! 御国の肥料だッ! あんな猿ども、死ぬしか使い道ねーだろーがよおおおっ! 謙虚にくたばって、ちょうどよかったんだァッ!」
もはやヒステリーである。選ばれし小役人は涙と鼻水で顔をグズグズにし、限界状況で本心をぶちまけた歓喜のあまりにクソまで漏らしていた。
そこで尋問していた、灰色の男たちは質問を変更した。
「ところで、『サラマンデル』とは、何だ?」
これはもう一つの要点であった。ここにきて、アルムルクの顔色が変わる。
「何のことだ?」
「ごまかしは通じないぞ!」
さらなる尋問、いや拷問によって明らかになった事実。
この帰還亡命者たちの謀殺事件は、本命のプレート4作戦のカモフラージュを兼ねていたのだという。シナゴークの注意をそらすために、わざとこのタイミングで、別の事件を引き起こしたのである。
それからアルムルクは殺害された。
とてもむごたらしいやり方であった。
死体はシナゴークの処理係が跡形もなく始末した。
11
『プレート1の裁判所に、こちらの高等法官を弁護に送り込む。今回の虐殺の件だけでも、どうにか糾弾せねばならん』
マフムート老人は専用機の機内から、秘密通信で断言した。
『フェデリコには引き続き、プレート1で情報を収集させよ』
「パトリシアを救出したい、と本人は言っております」
『うむ! 彼女には、まずは裁判の証人になってもらう。だからマークは怠るな! いざとなれば、殺されないように身柄をこちらで確保する必要がある。救出はタイミングを見計らって、準備が整い次第、シナゴークから指示を出すように』
老人はしばし目を瞑ってから、ついに指令を下した。
『……それと、第二艦隊のサラーフ・ネルソンに出撃命令を出せ。ロクシアスの使用を許可する。アルジャノン・ヒッピアスを同行させよ』
プレート間開戦の惧れを孕んだ、苦渋の決断である。
同時刻、まさにプレート4でのあの「サラマンデル」事変が勃発していたのだ(顛末は先に述べたとおり)。
12
後日。
裁判で移送中のパトリシアは覆面の男たちに拉致された。金属バットや角材で武装し、護送車を襲撃されたのである。
『撃つなよ。殺すと面倒になる』
リーダーと思しき男はそう指示していたそうだ。
これが同時進行したもう一つの事件のあらましである。
「ええ、はい。さっき切り札の人員を送り込みました」
ドン・クーフーは無線に答える。
「ただ、少々は手荒になるかもしれません」
通信の相手はアル・カーヒラの統領、マフムート・パシャだった。
『構わん。どんな手を使っても、行政局の動向を探り出せ』
「了解しました」
『そちらの手はずは、こちらで話がついている。派手にやってもらって構わん』
クーフーは軽々とフェンスを飛び越える。肩にはバズーカを担いでいる。
ここはカテドラル(第一艦隊基地)の敷地の飛行場である。
構える。
撃った。
バズーカの後方から煙が噴出し、砲弾が輝く。口を半開きにしているのは、衝撃音で鼓膜をやられないためだ。榴弾は艦艇の一つに直撃して大爆発が起きる。飛行場がオレンジの光にぱっと明るくなる。メラメラと盛大な炎が燃え上がった。
じきに警備兵が駆けつけてくるだろう。
ドン・クーフーは光を湾曲して闇に溶け込み、素早くその場を逃走する。
背後でけたたましい警報が鳴り響いている。
だが……ここの司令官、グリエルモ・シャー将軍とは事前に示し合わせているのだ。
破壊したのも、実は廃棄予定の艦艇である。
これは自作自演。彼の目的はアリバイ工作であった。フェデリコたち、諸々の本命の作戦をカモフラージュするために、あえて「味方施設への破壊工作」を行ったのだ。
クーフーは巨体で飛ぶように逃走しつつ、街路の時計を見た。
(そろそろ、フェデリコがフェリーに乗った頃か……?)
プレート1には、アルス能力に感応する、最新式の防衛システムが仕掛けられている(これはプレート1にしかないテクネー技術である)。しかし「標準人」のフェデリコにとっては、それは意味をなさない(動きやすいわけだ)。拳法だけでなく、クーフーを凌ぐほどの侵入工作のプロでもあった。
8
翌朝の午前九時半。
パトリシアは指定されたプラネットの集合場所に到着した。プレート1のリゾート・プラネットの一つにある高級ホテルだ。まだ公には伏せられた会合である故に、こんな場所と早い時間の集合となったのだという。
(おなかがペコペコだわ)
昼食を用意すると言ってくれていた。とはいえ、あまりがっつくのもみっともない。起きてすぐ、昨晩夜食に買った、小さなドーナツの残り二つを食べてきた。空腹感を紛らわせるのにパックのカフェオレで流し込んだ。
「こちらです」
小さい方の入り口から入ると、折畳机の受け付けがあった。そこから年配のホテルマンが案内してくれた。他の志願者たちと、昼食の料理を支度した宴会場に通された。
不安だったが、杞憂だったと感じて安堵する。
白いテーブルクロスの上でキャンドルが燃えている。歓迎されていることは明白である。どうやらルテティア・フレンチ料理のフルコースでも振舞ってくれるらしかった。一同は席につき、オードブルとスープが運ばれる。オードブルはキャビアを乗せたサラダ巻きクレープ。スープはパセリを散らした上質なポタージュだった。独特の風味がある。
壇の上で行政局の役人の男が挨拶をした。
「皆さん、本日はこの席に集まっていただき、ありがとうございます。わたくしどもも、制度の矛盾と運用の難しさには頭を痛めておりました。色々と至らなかった点もあったか思いますが、どうかお許しいただきたい」
役人の男は言葉に詰まったように、しばし黙り込む。
やがて誠実な口調で、感動的に語りかける。
「……それでも皆様は寛大なお心で、国難に際して駆けつけてくださいました。心から感謝を申し上げたい。我々としましても、皆様方のお気持ちがわかった以上、もう理不尽に辛い思いをさせることはけっしてないでしょう。あなたがたの忠誠心は、これで充分に証明されました。我々は同胞です! 同じ共和国に生まれた、同じ国の国民なのです!」
あちこちで歓声が上がる。
「新しい金呪は、『毎年毎月、この日に記念の花を植える』こととしましょう!」
拍手。拍手。万来の拍手!
「今後は軍務だけでなく、退役後の職業も含めまして、きっと相談に乗れるでしょう。どうか我々を今一度だけ信じていただけたらと、心から願っています。共に、共和国のために戦いましょう! 情勢は厳しくなっております……ですがっ! 今日という日の気持ちを忘れなければ、帝国などに負けることはありえません! 未来のために、愛する者たちのために、我々は気持ちを新たにして、『悪』との戦いを始めなければならないのです」
そして「そうだ、そのとおりだ」と賛同する声が聞こえてくる。
役人の男は祝いの席で、晴れやかに顔を輝かせていた。
嬉しくてならないような、そんな浮き立つ気持ちがにじみ出ていた。
その場に集まった者たちは、人間の善なるものを信じた。
「それと、最後になってしまいましたが一言申し上げたいのです。『お帰りなさい!』」
あちこちで拍手と歓呼の声があがった。
「共和国バンザイっ!」
「わたしのほうこそ、バカでした。考えナシに逃げたり……」
「共和国に忠誠を誓いますっ!」
「もう二度と、祖国を見限ったりしません!」
感動のあまり泣いている人間も少なくなかった。パトリシアも涙で目がかすんでしまって、どうしようもなくなる。両親のことや、残してきた幼い我が子のことが思い出されてきて涙が止まらない。
「共和国のためにっ!」
役人の男が音頭をとり、乾杯する。
人々もまたグラスを高く持ち上げる。クリスタルカットのシャンデリアにガラスの杯が反射し、揺れる液体の影がキラキラ躍る。
「共和国のためにっ!」
心を一つにし、彼らは祝杯を飲み干した。
それから給仕が席を回り、手の込んだ魚料理の皿が配膳された。
帰還亡命者たちの感動的な会合は、前半だけで終わりだった。
彼らに後半はなかった。
肉料理もデザートも、食後のコーヒーもなかった。
そこから先の人生さえもなかった。
キャビア巻きと上質なスープには、眠気を催すための弱い毒が仕込まれていた。
封鎖・密閉した宴会広間には致命的な毒ガスが流しこまれた。
そして真昼の繁華街。
死の宴会場を奇跡的に生き延びた一人の女が、街中で暴れまわる。狂乱した女はアルス能力で真空を発生し、多数の死傷者がでた。
あのパトリシアだった。
彼女はしかし、近くを通りかかった幼年学校生徒の列の前で泣き崩れ、駆けつけた警察官にその場で逮捕された。
9
「ちくしょう! なんてこった!」
プレート1に着いたばかりのフェデリコは、毒づき、自販機を蹴り飛ばしていた。
先ほどラジオの臨時ニュースで、パトリシアの無差別殺傷事件を知ったのである。彼女が理由もなくそんな凶行に及ぶはずもないことは、彼自身が良く知っている。
(こうなったら、どうあっても真相を暴き出してやる!)
彼は意を決して、そのまま行政局のプラネット分室への施設への侵入を敢行する。
その行動は更なる陰謀を探知することとなった。
10
アル・カーヒラ。
シナゴークの別の工作員の一人が、ついに行政局の役人の拉致に踏み切ったのは、惨劇からわずか数時間後。
身柄を押さえられたのは、爬虫類的美貌の小役人アルムルクであった。
薄暗い部屋。
「そのことか」
アルムルクはあっさり質問に答えた。パイプ椅子に縛られて。
「最初は、約束を守ることも考えてたのさ。どのみち早いうちに最前線で死んでもらうつもりだったが」
「だったらどうして、急に?」
「思ったほど人数が集まらなかったんだ」
「人数が?」
「そうだ。さして人数が集まらなかった。たかが四十人足らずでは微妙だろう? むしろ他の連中は、プレート1に従うことを拒んでいる。そういう連中の方が厄介だったんだ」
「言うとおりにならないと?」
「この大事なときにアル・カーヒラに走られて……戦力増強でもされされたら、かなわないからな。だいたい、今回集まったアルスの奴らだって、いつまでルテティアの行政局に従うかどうかは怪しいもんさ。だったら、常に先手を打たないとなァ」
顔中ボコボコになったアルムルクは臆せずに語った。居直ったらしく楽しげに。
「それに一回こうやって虐殺すれば、他の亡命してた連中も『共和国に帰ろう』なんて二度と考えなくなるだろうからなァ。これで連中は、ルテティアだけでなくて、プレート2のことも信用しなくなる。『アル・カーヒラの外人部隊に参加しよう』とも思わなくなる。……下手に共和国に受け入れて、うちの行政局の敵になるよりは、ずっと外国の傍観者でいてくれたほうがいい。だからこれは予防処置でもあるんだよ。……いいアイデアだろ?」
尋問に当たっていた灰色の男は、怒りで真っ青になっていた。
同じ共和国の標準人としても許しがたかったのだろう。
「なんということを!」
アルムルクは恐怖に失禁しながら大笑いした。椅子の足がカタカタ鳴る。
「亡命した犯罪者どもに、ふさわしいってんだよっ! やつらは奴隷! ドレイなんだっ!約束もクソもあるかようっ! ふひっ、勝手に期待して勘違いしただけじゃねえかっ! マヌケな勘違い野郎どもめ、くたばって当然なんだーっ! オノレどもらの身のほどわきまえろってんだっ! 最初から俺らとあいつらじゃ立場が違うんだようっ! ヒヒ、遺伝子異常の下等生物どもっ! 劣等のさらに落ちこぼれのクセにいッ! あー、いったい何様だと思ってるんだっ! 野良犬の分際で甘ったれてんじゃねえええっ! 自分でシネよっ! ふひっ、死んで共和国に懺悔しろっ! 御国の肥料だッ! あんな猿ども、死ぬしか使い道ねーだろーがよおおおっ! 謙虚にくたばって、ちょうどよかったんだァッ!」
もはやヒステリーである。選ばれし小役人は涙と鼻水で顔をグズグズにし、限界状況で本心をぶちまけた歓喜のあまりにクソまで漏らしていた。
そこで尋問していた、灰色の男たちは質問を変更した。
「ところで、『サラマンデル』とは、何だ?」
これはもう一つの要点であった。ここにきて、アルムルクの顔色が変わる。
「何のことだ?」
「ごまかしは通じないぞ!」
さらなる尋問、いや拷問によって明らかになった事実。
この帰還亡命者たちの謀殺事件は、本命のプレート4作戦のカモフラージュを兼ねていたのだという。シナゴークの注意をそらすために、わざとこのタイミングで、別の事件を引き起こしたのである。
それからアルムルクは殺害された。
とてもむごたらしいやり方であった。
死体はシナゴークの処理係が跡形もなく始末した。
11
『プレート1の裁判所に、こちらの高等法官を弁護に送り込む。今回の虐殺の件だけでも、どうにか糾弾せねばならん』
マフムート老人は専用機の機内から、秘密通信で断言した。
『フェデリコには引き続き、プレート1で情報を収集させよ』
「パトリシアを救出したい、と本人は言っております」
『うむ! 彼女には、まずは裁判の証人になってもらう。だからマークは怠るな! いざとなれば、殺されないように身柄をこちらで確保する必要がある。救出はタイミングを見計らって、準備が整い次第、シナゴークから指示を出すように』
老人はしばし目を瞑ってから、ついに指令を下した。
『……それと、第二艦隊のサラーフ・ネルソンに出撃命令を出せ。ロクシアスの使用を許可する。アルジャノン・ヒッピアスを同行させよ』
プレート間開戦の惧れを孕んだ、苦渋の決断である。
同時刻、まさにプレート4でのあの「サラマンデル」事変が勃発していたのだ(顛末は先に述べたとおり)。
12
後日。
裁判で移送中のパトリシアは覆面の男たちに拉致された。金属バットや角材で武装し、護送車を襲撃されたのである。
『撃つなよ。殺すと面倒になる』
リーダーと思しき男はそう指示していたそうだ。
これが同時進行したもう一つの事件のあらましである。