レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

 その重大な会議があった土曜日の晩。
「いや、これはオレのじゃねえんだ」
 ブレイクは造りかけの新しい砲の前でジュール技師長に答えた。
「それじゃあ、あの新入りの坊主かい?」
「それがよ、アルジャノンの指示なんだ。新しい艦に搭載する強力なのが欲しいんだそうで……。どうも、統領の意向らしいんだけれど」
 造りかけの砲は大口径・長距離砲撃向けの単発式である。
「そういや、新しい船の方はどうなってる?」
「ハロルド号は、まだ『修理中』さ。無茶しおってからに。なまじっか性能が良すぎたのがイカンかったのかのう。大規模改修で済むだけで御の字さ……ほとんど作り直しに近いよ。枠組みや部品を再利用した、新造みたいなもんじゃて」
「いや、もう一つの方」
「ああ、あの哨戒艇か。昨日工場の様子見に行ってきて、まだしばらくはかかるそうだ。ストロモフカの技術者らのおかげで、だいぶ上手くはかどっとると」
「ボート級の新型って、えらい気合を入れているらしいじゃないか」
 その一件、この老技師長も建造に一枚かんでいるらしかった。マッドサイエンティストじみた、浮き立つようなオーラで熱の入れようが察知できる。
「せっかく協力を得られたから、エンジニアとしちゃあ、やれるところまでやってみたいのさ……ハロルド号の強度も上がりそうだが、今度はやりすぎるでないぞ?」
「そっか、わかった」
 ブレイクは赤毛の頭をポリポリ掻いた。制限速度の倍も出したのは自業自得である。そこまでやれるとは思っていなかったので驚いているくらいなのだ。
 今度はジュール技師長が訊ねた。
「そういえば、あの哨戒艇もうちに来るんだろ? また新しい若いモンが?」
「オレはまだ会ってないけど、女の二等航海士らしいぜ。商社の船舶にのってたそうなんだけど、船ができるまでに一等の試験受けるって……あの坊主にも見習わせたいぜ」
 ふと仰げば空にはピザのように丸い月。
 ブレイク・ハートとジュール老人は食事をとりに、ドン・クーフーの店に出前を頼むことにした(この時間帯のタイムサービス、一定量以上からならば委託業者によって、ピザの宅配も可能である)。セリムはハロルド号の改修に勤しんでいる。あの土精の姉は竜骨強化と装甲防御のために傍らに立って頻繁に言葉を交わしている。弟の方はブレイクが教えた拳法の型を反復練習している。
「人数増えたけど、食事用のテーブルどうしよう?」
「その作業台にテーブルクロスでも敷こうかの?」
 相談しているところに新たな人影が二つ。
「いよっ、ブレイク。どーだ、船は直りそうか?」
「おーよ」
 ブレイクは振り返って応じた。ジュール技師長はびっくり顔だ。
「なんだ、生きてたのか」
「そりゃねえぜ、じいさん。やっと集中治療室から出られたのによ」
 タキシードのモヒカンとグラサンのアフロ、彼らも外人部隊の隊員であった。騎士道精神に富んだゼクス・モヒカンと隠れオタクのレイ・アフロ(もちろんコードネーム)。先のボート級六番快速攻撃艇「南乃覇(なのは)」は黒塗りに、金色の蒔絵装飾(ただし魔法少女のイタイ系デザイン)。泣く子も黙る猛者、外人部隊隊員の典型である。



 同じ頃、カレル・ノスティッツは帝国の、キューレボルン侯国に入国していた。「招聘」ゆえに運賃や宿泊費は安くしてもらえたし、契約している新聞社にレポートを送ったばかりで、資金的にも問題はない。
(まだ時間はある……)
 カレルは丸木小屋のような宿泊施設でスケジュール表を広げる。紙面はぎっしりと埋まっていた。最後の決断を下すため、国情を可能な限り見て廻るために。元伯爵の手引きで、何人かの重要人物と面会する約束もできていた。
 戦闘が再開されるまでに、わずかながらに時間の猶予は残されている。
 貴重な時間を有効に使う必要があった。
(この水妖侯国との合併は、かえって共和国を救うのではないのか?)
 帝国もまた複数の領邦国家の集合体である。各君主の領土ごとに自治の裁量がきわめて大きく、大諸侯の領地は事実上の独立国でさえある。
 そしてキューレボルン水妖侯国の女侯は選帝侯の一人ではあったが、帝国全体での立場は強いとは言えない。なぜなら住民である水妖や木精などは平和的な種族で、どうしても軍事力に劣る。ゆえに戦闘的な武神族や霜族などの別の選帝侯国に圧迫され、脅かされている。
 水妖たちは頼りになる味方や同盟者を求めていた。
 もしも、共和国のプレート2や4が水妖侯国の傘下に加盟したとしたら。
 帝国諸侯同士での力関係は確実に好転する。
(そうなれば……もう皇帝だろうと、易々とは手出しできまい)
 それこそ帝国という「枠」の内部で、強力な独立勢力を築くことができるだろう。
 水妖や木精だけでなく、人間までが共存できる理想国になるだろう。
 そうなれば、逆に帝国の主導権を奪うことさえ視野に入る。
 帝政や貴族政という建て前を守りながら、中身だけを共和制に近いものに作り変えることもできるかもしれない。英邁で良識のある君主の元でなら、不可能ではない。皇帝だろうが王様だろうが、彼が人民の幸福のために働く「第一の模範的な市民」になるのなら、存在を許容しても良いのではないのか?
 プレート1の共和制と民主主義の暴走を目の当たりにするにつけ、カレルにはなおさらそう思えるのだった。
 しかも帝国を良い方向に作り変えられるなら、もはや帝国は悪でも脅威でもなくなる。
 周辺諸国は、自分たちから帝国への加盟を望むようになるだろう。
 理想的で、しかも強力な国家の指導のもと、世界が一つになれるのなら。
 それこそ世界を救うことになるのではないのか?
 そのためなら、自分も宗旨換えし、帝国の騎士として戦う意義はあるのではないのか?
 力がある者には弱い者のかわりに戦う義務があると、誇り高いカレルは信じていた。なぜなら彼のアルスは遠く皇帝家の血統にも連なっている。現在の帝国の歪みを正すことは使命でさえあるのかもしれなかった。
「そうだ……!」
 生まれ持った力の正しい使い途がわからず、彼は長く迷い続けていたのだ。
「見極めさせてもらう……この国が信頼に足るかどうか!」
 カレルの鋼鉄の手で、握りしめた鉛筆が折れた。



 時の流れにはいかなるときも例外はない。
 それは良いことも悪いことも、同じように運んでくるものだ。

 さしせまる情勢は不穏。
 それでも恒例の初夏の祭りは滞りなく実施された。
 ポンポンと景気の良い花火が晴天に響く。空は青く、薄衣のような雲がたなびいて、あやどりを添えている。ちょうど発泡性のクリームソーダのアイスとウエハースみたいなものだ。そこには哀しみの翳りはなかった。
 アネシュカとブランシュは、他の多くの生徒たちと同じように、会場に赴いた。魔法学校で、クレープの引き換え券をもらったのだ。
「この辺のはずだよ」
 アネシュカは藁半紙の地図を見ながら、勇みたって進んでいく。沈みがちなブランシュもにわかに浮き立った面持ちである。
 まだ午前中だというのにたいそうな人ごみ。他愛もない賑やかさからしても、一ヶ月前の事変のことが嘘のようだった。今日この日、住民たちは素直に祭りを楽しもうとしている。……天与のささやかな幸福を避ける理由もないのだ。
 健全な祝いの楽しみを分かち合うことに、罪などあろうはずもない。
「あ、あれじゃない?」
 ブランシュが声を高くして指差す。
 二人の少女は駆け足でモスク・ルージュのテント前に辿り着く。
 銀髪の車椅子の女性が現場を指揮し、緑色のエプロンをつけた木精の少年が生地を焼いている。香ばしくも甘い香りがした。
「チョコと苺、それからブルーベリーもあるわ」
 キアラがにこやかに応対する。
「わたしはチョコで」
「わたしは苺を」
 黄色く焦げ目がついた生地に、ホイップクリームとジャム。ボリュームのある巻き方で、おっきなシュークリームより大きかったろう。ふんわりした白クリームにチョコや苺ジャムが彩りを添える。
「ありがとうございます!」
 少女たちは嬉々として受けとる。幸せそうに。
 チョコクレープ一口したアネシュカが、クリームを口の端につけたまま、思い出したように訊ねた。
「そういえばお兄ちゃん、……ヴァーツラフ・ペルンシュテインは……?」
 見渡せども、レッサーパンダの影はない。
 木精の美少年、セリム・トレルビーが生地をひっくり返しながら答えた。
「ブレイクなら、友情出演するって」
「友情出演?」
「うん。ゴーレム相撲と曲芸飛行の前座に、総長とサーカスするんだって」
「サーカスですか?」
 二人の少女は目を丸くした。セリムはニコッと、笑みを投げる。
「そろそろだと思うよ、行ってみるといい」
「はい!」
 二人連れはやや早足で歩き出す。会場地図と睨めっこしながら。
 屋台の並んだ雑踏を進んでいく。
 プレート4からの避難民会の屋台は充実している。チーズ乗せのホットドック。森精の青年が焼いている(彼らの種族は酪農と牧畜が得意分野らしい)。木精の女性がメイプルシロップパンも売っている。木製の船の模型や玩具の弓、皮細工なども扱われている。
 角にあるチャペル・ブルーのテントでは、どこか赤茶けた青年がたこ焼を焼いている。これには昼食には不自由しそうもない。その裏側には……。
「あ! クーフーさん!」
「やあ、お嬢ちゃん!」
 ねじり鉢巻のドン・クーフーが挨拶に黒い腕を挙げる。「焼きパスタ」と看板があり、オリーブオイルの焦げるよい香りが漂っている。湯気の立つ鉄板にはパプリカの赤とピーマンの青が鮮やかで、苦いピーマンまでが美味しそうだった。薄切りのソーセージとモヤシ、塩胡椒にガーリックで味付けられているらしい。
「また、あとできます」
 二人の少女はクレープを頬張りながら通り過ぎる。
 行儀が悪い? 今日はお祭りの日なのだ!
 広場では、両脇に学生のゴーレム開発チーム。エントリーのトーナメント表が白い掲示板に示され、人形サイズの種々様々なゴーレムが並んでいる。素焼きのような素朴な者から、釉薬をかけたもの、磁器の白さに青いラインのもの。形にも差異があり、表面の装飾も複雑だったり、シンプルだったりする。恒例の大会である。
 真ん中ではシルクハットをかぶったアルジャノン・ヒッピアス総長が、大げさにお辞儀している。ノリノリで相当楽しんでいる様子だ。
「叔父様ったら……」
 ブランシュは少し呆れたように、けれども面白げに目を細める。
 張り渡されたロープの上を、レッサーパンダが渡っていく。両手に木の棒を持ち、その先っぽでは皿がクルクル廻っている。ブレイク・ハートはなかなかに芸達者であった。
 彼はロープの中ほどで、バランスをとって立ち止まる。横には並行し、もう一本のロープ。アルジャノンは輪を取り出し、火をつける。
 アネシュカはびっくりする。
 これは火の輪くぐりなのだ! 二本のロープの間に差し出す。観客一同は、固唾を飲んだ。アネシュカもまた、真剣に兄の晴れ舞台を見守っている。
 アルジャノンが号令する。
「よしっ! GOだっ! いけっ!」
「おーよっ!」
 ブレイクは皿を空中に投げ上げる。棒を投げ捨てて、同時にジャンプ。アルジャノンの火の輪をくぐる。ぱっと向き合ったロープに着地し、落ちてきた皿二枚を両手でキャッチした。帽子のように胸に当ててお辞儀する。
「やった!」
「ブラボーッ!」
 見守っていた観客たちから拍手と歓声が沸き起こった。
 アネシュカとブランシュも、屈託なく微笑みながら拍手していた。

「ブランシュ」
「なに? アネシュカ」
「お兄ちゃんがあんなふうな格好になって、信じられなかったけど」
 アネシュカは複雑な感情を浮かべながらも微笑していた。
「なんとか受け入れられそう」
「そう」
 ブランシュはほっとしたように友人の横顔を見守る。

 ついでにアフロとモヒカンが手品を披露した。それがなぜか途中からキック対剣道の異種格闘技戦になってしまったのだが、変化がスムーズだったので誰も指摘しなかった。芸術的に野蛮な見世物。おまけにさっきからBGMが、外国語のデスメタル「巡り巡り、宇宙滅亡」「水の星で精神崩壊」「赤い彗星のデスティニー」「俺たちには思春期も青春もなかった」「自爆了解任務完了」のメドレーであった。
 だんだん賭けボクシングのようになってくる。
 鼻血。観客の蛮声。
 二人の少女たちはちょっと引いてしまう。
「よしっ! 時間切れで引き分けっ!」
 過熱しすぎたため、アルジャノンがダブルラリアットで選手二人をぶっ倒した。
 爆笑。
 そしてメインの出し物であるゴーレム相撲が幕を開ける。共和国のゴーレムは管制機能に特徴があり、制御YPを搭載することで自立的に行動できる(共和国の制御YPは他国のものよりも質が高く、動作が俊敏でもある)。つまり近くに操る術者がいなくとも動けるわけで、標準人のサポートにもってこいなのだ(それゆえにルテティアだけでなく、プレート2防空軍の歩兵部隊にも配備されている)。
 昼下がりにはもう一つの目玉、防空軍の複葉機による曲芸飛行が行われた。
 ブレイクとアルジャノンは交替でクレープの生地を巨大な釜で混ぜつつ、交替で香ばしい「焼きパスタ」の大盛りと特盛り、さらにはソース・マヨたこ焼三十個を平らげた(ただしリンゴ飴は別腹である)。キアラはふっくらと甘いメイプルシロップパンに感動したらしく、「今度作ってみようかしら」などと呟いていた。
 いたいけな少女たちはこんがり焼け目のチーズ、パリッとした皮のソーセージのホットドックを齧りながら微笑む。華麗な曲芸飛行に無邪気に見とれていた。

「祝祭よ! それは教師である。なぜなら世界には定期的に、示されなければならないからだ。……暗い時代にさえ、「幸福」があることを。この世が生きるに値するのだということを、折に触れて思い出さねばならない。きっとこれから来る嵐の後にも、必ず再び喜びのときは訪れる。根強い希望と未来への確信だけが、生を支え、歴史を紡いでいくものなのだから」(『アルジャノン・ヒッピアスの手記から』)

< 41 / 55 >

この作品をシェア

pagetop