レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

 カレルが会談したのは木精(リグニム)の老人であった。手や頬には年を経た年輪のような模様が浮かび上がっている。引退していたが、かつて元老院議員だった人物。長いローブにつま先の反った靴を履き、魔法使い然とした風格がある。ローブは緑で胸まである髭は赤い。
 君主の女侯が皇帝の妃の一人として帝都にいる期間が長いため、キューレボルン侯国では自治や議会の制度が発達している。帝国構成国の中で、元老院議会を完備している数少ない国だ。女侯の娘シシィ・キューレボルン姫が元首の代理を務めていたものの、実質的には「君主政の皮をかぶった共和制」とさえいえるのかもしれなかった。
 カレルは勧められた丸椅子に座った。
「どうかしたかね? 髪が気になるかい?」
 出会い頭、変な顔をしたカレルに老人は訊ねた。
 図星である。カレルが見咎めたのは、老人の髪の色が淡い赤色だったからだ。
「ひょっとして、火精(イグニム)の方なのでしょうか」
「そうじゃ。父方が太陽神族(ソール)の血筋でな。もう純血の太陽神族は残っておらんが、混血の末裔なら、こうして残っておるわけじゃて」
「それでは、戸籍の種族登録は火精で?」
「いんや。木精にしとる。なんせ、手続きが面倒じゃからな。選択欄にないから、専用の登録用紙を頼まんといかんし。そうまでするほど民族意識にこだわりもないし」
 老人は赤いあごひげを引っ張った。
「イグニム辺境伯国で育ったならともかく、わしはこの侯国の生まれじゃて。火精なんて元々太陽神族と他の種族の混血じゃし、種族といえるかどうか……。お前さんじゃて、雷帝神族と人間の混血じゃろうに」
「自分のことは人間だと思っています。行政局の原理主義者は、そうは思ってくれなかったようですが」
 カレルは微苦笑して答えた。
「そういえば私の友人にも、火精がいまして」
「ほう?」
「隔世遺伝らしいんですが、今は金呪でレッサーパンダにされてますよ。アル・カーヒラにいますが」
 老人は声をあげて笑った。
「ブレイク・ハートじゃろ? 噂には聞いとる。『魔王アルジャノンの右腕』『赤い魔獣』とな。イグニム辺境伯国の宰相をやっとる従兄が絶賛しておったよ。あの国も少数民族で、周りに圧迫されとるからのう。ハートが武神族と海神族の将軍を蹴散らしたとき、『同族としては誇らしい』とか『我が火精の真価が実証された』とか言ってのう。大喜びじゃった」
 帝国の内幕を聞かされ、カレルは笑った。
「できれば招聘したいとまでゆうとったが」
「ちょっと無理でしょう。あいつも自分を人間だと思っていますし。アイデンティティなんて、本人の自覚次第ですから。……それにしても、『魔王』に『魔獣』ですか。本人たちが聞いたらなんと言うか」
 見る人間の立場が変わるだけで、同じ物事や人間が別モノに見えてくるから不思議である。アルジャノンは中央行政局からすれば「出来そこないの裏切り者」で、アル・カーヒラの同胞たちからは「共和主義の英雄」と見なされている。帝国では「皇帝の誘いを蹴った孤高の魔王」ときたものだ。………何が正しいのかわかったものではない。客観的にはルテティアの行政局と決裂し、帝国の伯爵位(領土のプラネット付き)を拒否した事実がある。親戚であるカレルからすれば、「頑固オヤジ」(まだ三十代前半だが)ということにでもなるだろうか?
 そのとき戸口に、エプロンをつけた水妖の少年が顔を出す。
「旦那! 焼き鳥三十本! 塩だれ十本!」
「あいよっ!」
 かつての元老院議員は阿吽の呼吸で応答し、颯爽と立ち上がった。これこそが現在の彼の真の姿だ。そしてカレルにウインクする。
「まあ見ててくださいよ」
 彼は網に載せた、焼き台の焼き鳥に火炎を放つ。
(おおっ!)
 カレルは心中に声を上げ目を瞠る。
 これが、これこそが達人の技!
 瞬く間に絶妙の焼き加減に仕上がってしまう。焼き鳥の香りが厨房に満ちる。
 まさに魔術であった。
 議員から飲食業に転職した店主は誇らしげである。
「火力は強いだけでは能がないんです。こういう微妙な匙加減が出来てこそ、真のアルスの使い手と言えるわけですよ! あなたの義手も、磁力で操作しているんでしょう? そういう細かい芸の鍛錬を怠ってはならぬ、と、こう思う訳で」
 ここは焼き鳥の隠れた名店『鉄火場』。
 元老院議員を務めた大魔法使いが自ら焼き上げる味。
「ま、一本おあがんなさい」
「いただきます」
 丁重な手つきで受け取り、一口。
 美味であった。
(これは記事のネタになる)
 そんなことを考えてしまうのは、ジャーナリストの本能のなせる技なのだろうか?



 そのアル・カーヒラの祭りの晩も、恒例の花火が打ち上げられていた。
 アルジャノンは自分の宮殿にして牢獄でもあるモスク・ルージュの屋上から眺めていた。
 背後の気配に振り返る。
「キアラ? ……ああ、グランリュート君か」
 階段を登った出口に立っていたのは、先日にフェデリコたちが強引に救出してきたパトリシア・グランリュートだった。
「実は、折り入ってお願いしたいことがあるんです」
 彼女は煉瓦の床を踏みしめて歩みよる。
「息子さんのことかね?」
「はい」
 彼女の幼い息子はルテティアに囚われたままになっている。
 パトリシアはアルジャノンの隣のすぐ近くまで来ていた。
「救出したいのはやまやまだが。そうしようにも、施設の場所がなかなか……」
「わたしのつかまっていた場所はわかりましたのに?」
 若い母親は食い下がる。
 アルジャノンは考え深げに答えた。
「君の場合、裁判の都合上、移送の経路を追跡できたからね」
「ごめんなさい!」
 いきなりパトリシアはアルジャノンに抱きつく。
 遠目には取り縋っているように見えただろう。
 だが彼女の手にはナイフがあった。
「グ……」
 条件反射でカウンターで反撃しそうになる。殴殺するなど造作もない。
 だがアルジャノンはハッとして、攻撃動作を途中で防御に切り替える。
 一瞬の出来事だった。
 凶器を持った手を止めたが、間に合わない。金属の刃は半分ほどアルジャノンの脾腹に刺さっている。彼は絶句し、口をパクパクさせる。パトリシアは震える声で告げた。
「息子のために死んでください……こうしないと、息子が殺されてしまう……」
 女は涙声であった。
(そうか……)
 アルジャノンは裏の事情を悟る。
 パトリシア・グランリュートは最初から脅迫されていたのだ。救出作戦が行われることを見越して、中央行政局はあらかじめ策を講じていたのだ。どうりで助けるのがスムーズに行ったわけである。捕虜を救助したつもりでいたら、刺客を送り込まれたというわけだ。
 ナイフには猛毒が塗られていた。
 アルジャノンは天を仰いで仰向けにひっくり返った。神経系の毒が呼吸困難を引き起こし、魚のように痙攣している。無残であった。
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