レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

第一一話 戦闘開始/流血


 アルジャノンが刺されたのとほぼ同時刻。
 今度はストロモフカで策動が開始していた。
 木精種族を殺す「枯葉病」の病原菌が密かに散布されたのである。



 ルテティア行政局ビルの会議室。
 首座を占めたベルナール・ゴズ特別審問官は居並ぶ高級官僚たちに告げた。
「四時間前に、作戦は実行に移された。ストロモフカで枯葉病の病原菌が散布された。翌日中には、パニックが起こるだろう」
 選ばれた秘密会議のメンバーはどよめくこともなく、ごく無感動に事実を受け入れる。態度はおおむね賛成を示しており、上品に頷きあう者たちもいる。ただ臨席した議員の一部が当惑し、怯えたように異論を差し挟む。
「それでは、今度こそ奴らが切れてしまうのではないのか? 昨日の今日にも、どさくさにまぎれて町を爆撃したばかりだろう? 制裁で思い知らせるのはけっこうなことだが、この時期に切れられたら厄介なことに……」
「望むところですよ」
 ベルナール・ゴズは黒い背広の肩をそびやかした。
「連中が切れてくれれば、武力制圧の口実になります」
「君はまだそんなことを! 急がなくたって、少しずつやればいいじゃないか! 自治権や主権なんて、ちょっとずつ削っていけば、いつかはなくなるものなんだ。なにもこんな時期に、無茶をしなくたって……」
「甘いッ!」
 ゴズは大喝し、長机を派手に叩く。
「そんな悠長なことを言っているから、非人間どもがつけあがるのです。分際を重い知らせておかねばなりません。非人間種族は正統な人間に隷属するための存在なのです!」
「それはそうだが……」
 言いよどむ議員にゴズは鼻息も荒くたたみかけた。
「よろしいですか? 我々には信念があります。我々こそが正義だという信念が。だから我々は正義なのです……不動の正義こそは絶対に破れはしないッ! そのような弱気でいかがするのです?」
 どんな暴論であっても、カリスマ性のある者が自信を持って語れば信憑性を持つ。
 権力のある者が白だと言えば、黒いものでも白になる。
 正義の代行者たる審問官、ベルナール・ゴズは拳を高く振り上げる。
「…………最後の勝利者は非人間種族どもでは断じてない! アルスを持った、穢れた者どもでもない。奴らは本質的に生きていてはならない罪人であり、生存が許されるのは我々の慈悲による許しのおかげなのです。奴隷として服従するためにのみ生まれてきた命なのです。野獣に対するのと等しく、生殺与奪の権利は先験的に我々にあります…………そして覇権を握るのは、衆愚でもありません。同じ人間であっても、程度の差はいかんともしがたい。下等な民衆には、支配者種族としての幻想さえ与えておけばよいのです。質の高い上級の下僕として、檻の中の楽園で飽食させれば奴らは満足します。豚や羊と同じです。高級な考えなどひとかけらもないのですから、役に立つ家畜として有意義に飼育する他に道はないのです。だから、最後の勝利者は我々! 我々、人民のエリートなのです!」
 一同はもっともらしく、重々しく頷いた。
 ベルナール・ゴズは説教師としての才能を遺憾なく発揮する。
「世界の住人は三種類なのです。すなわち、支配者、走狗、奴隷の三つです。何時の時代も、どんなに形を変えたとしてもこの理は潜在的に作用していた。普通の人間は奴隷としてこき使われるか、せいぜい権力の走狗になって恩恵に浴するしかありません。ですが我々は支配者、権力を手にした支配者として存在しているのです。我々には世界を導く義務と、権利があるのです!」
 それはかねがね繰り返してきた教説だった。
「それこそが我々の使命なのですッ!」
 ドンッと情熱的に机を叩く。確信に満ちて語調を強める。
「そうしなければ、世界は混迷の闇へと沈んでしまうでしょう。叡智ある賢人たちに導かれない限り、文明は衰退へと向かうのです。考える能力のない衆愚は、賢明に支配されることによってのみ、幸福になれるのです。呪われた非人間たちにも、有意義な命の使い途が示されることになる。それこそが秩序なのです。今の乱れきった世界を正せるのは、我々をおいて他にはないのです」
 彼は人間の心理を熟知している。一部の特定の立場の人間に強力な説得力を持つ論法があるのだと。誰だって自分たちに都合のいい理屈は受け入れやすいもので、耳に快い言葉には心の中ではなんとなく賛成してしまうもの。それを何度も何度も折りあるごとに説いて聞かせれば、だんだんにマインドコントロールして誘導することができる。
 しかも「義務」だの「使命」だのという響きの良い言葉を持ち出し、良心までも利用しようとする辺りが心憎い演出であった。人間はなかなか我欲だけでは動かない。ならば理論武装して、利己的な行動を正当化するのを助けてやらねばならない。良心の呵責をごまかす手助けをしてやらねばなるまい。……毒を盛るには美酒と混ぜるのが上手い手である。たとえ相手がどんなに高潔な人間も、正義感に訴えれば寝返らせることが可能である。
 彼は天性のデマゴーク(煽動家)であった。
 聞き手が納得しはじめた好機をとらえ、再び拳を振り上げる。
「人民のッ、エリートォッ!」
 反応はない。ならばもう一度、だ。
「人民のォッ、エリートォッ!」
 空気が変わった。そして三度目。
「人民のォッ、エリートォッ!」
「そうだ、我々が世界を導くのだ!」
 ついに興奮気味な賛同の声があがる。それを境に雄叫びに唱和し始める。
「人民のォッ、エリートォッ!」
「人民のォッ、エリートォッ!」
 もはや興奮は新興宗教の域であった。その教祖は煽動家、ベルナール・ゴズである。



 まだ夜が明けていないアル・カーヒラ。
 防空軍の歩兵部隊が大盾を片手、行政局の建物を包囲していた。
「おいっ! 完全に包囲したぞっ!」
 メガフォンを片手に怒鳴っているのはヘルメットをかぶったフェデリコだ。スタンロッドと旧式の機関銃で武装している。
 小雨混じりの未明の闇、背後の兵士たちも一様に殺気立っている。彼らは標準人だったが、自国の幹部が刺されたことで怒り心頭であった。
 しかも恐喝され、卑怯な策略に利用されたのは、戦友フェデリコの従姉パトリシアである。事後にあやうく外人部隊の隊員たちにリンチされるところだったのだ。敬愛する首領を殺害され、怒り狂った無頼の集団である(統領から内々に秘密葬の連絡が廻っていた)。
 親衛大尉のブレイク・ハートや司書のキアラがとりなさなければ、八つ裂きにされていたことだろう。下手をすれば被害者であるにもかかわらず、死体になって吊るされたであろうことは想像に難くない。それからパトリシアは警察に保護されたが、留置場で自殺を図ったらしい。彼女やフェデリコへの同情も憎悪を増し加えている。
 それ以前に、担がれて利用されたことでブチ切れていた。
 護送車を襲ってパトリシアを救出したのは、彼ら、防空軍特殊部隊である。
「諦めて降参しろっ!」
 フェデリコの警告はほとんど雄叫びに近い。
 そのとき背後の兵士の一人が囁いた。
「フェデリコ、かまいやしねえ。やっちまおうぜ。もう統領の許可は出てるんだ」
 とっくに非常事態宣言が発令されている。アル・カーヒラ全域が警戒態勢である。小一時間前、ついに堪忍袋の緒が切れたマフムート・パシャは、「行政局分室ビルの職員を全員逮捕せよ」「抵抗したら射殺しても構わん」と命令を発していた。事ここに至っては、プレート間協調もへったくれもありはしない。
 プレート1はどのみち喧嘩をする気でいる(工作員らしき人間がつかまっており、新たなテロルの可能性もある)。ならば衝突は避けられない。
 流血を辞さぬ構えで望まねば、一方的にやられてしまうのは目に見えている。
 目には目を、歯には歯を。古来変わらぬ掟である。
「あいつら、同じ人間として許せねえよ」
「そうだな……そうだよなァ」
 振り返ったフェデリコの目は、同僚が顔色を変えるほどに血走っている。怒髪天をつくほどに怒り狂っているのは火を見るよりも明らかだ。呼吸が荒く乱れ、飢えた野獣のように歯を剥き出している。唇の歪みが凄まじい。
「わーってるさァ。こんなもん、ただの形式のご挨拶だ。蜂の巣にしてミンチにしてやるんだってことくらい、最初から決まりきってんだよなァ。皆殺しにしてやんよ。騙し討ちされた帰還亡命者のカタキもまとめてとってやらァ……」
 だが。
 突如として不意打ちの轟音が鳴り響く。
 大口径のエレメントガンの咆哮である。
 あいにく先手をとられたのは彼らの方であった。ブロック塀が内側から吹き飛び、その前にいた兵士たちが血煙に消える。鉄サビの臭いが夜風に充満する。
「アッ! このッ!」
 姿を現したのは白いゴーレム。スマートな四本足に両腕の二連装ガトリングガン。あまり見慣れていないタイプの最新式(マイセンB型)であった。
「撃てッ! 撃てェッ!」
 フェデリコが指示するまでもなく、一斉に機銃掃射の火線が集中する。艶やかで透明感のあるカリオンナイト装甲に、無数の火花が散りばめられる。
 しかし、全くものともしない。旧式の銃では効果がない。
 巨大な腕の一振りで兵士が三人吹っ飛ばされる。
「ええいッ!」
 フェデリコは傍らの榴弾砲で顔面のカメラを狙う。
 煙の尾を引いて炸裂弾が直撃する。
 だが……それもてんでに効き目がない。
「こっちもゴーレムをだせッ!」
 すぐに防空軍の、土偶のようなゴーレム(セト四式)が突進する。地響きの足音をたてながら、重厚に走っていく。走りながら胴を回転させ、パンチのための力を溜めて。
「ぶっとばしてやれッ!」
 セト四式は声援に勢いを増したかのようだった。青銅のスパイクで強化した鉄拳で殴りかかっていく。ゴォンと鐘を突くような衝突音が響き渡った。
「やったか!」
 兵士たちは息を飲む。
 セト四式のアイアンパンチ(必殺鉄拳)はマイセンの段中をモロにとらえている。
 けれどもマイセンはびくともしない。ほんの少し重心が退がっただけだ。マイセンはセト四式を腕で肘打ちのようにして突き放す。数段スムーズな動作で突きつけられたエレメントガンが火を噴く。
 瞬く間にセトの装甲はひびが入り、割れ砕ける。内部の金属の骨格も露わに、それでもセト四式は立ち向かう。いじらしいくらいだ。懸命に組みつこうとするも虚しい。
 マイセンは馬のように素早く前脚をふりあげ、両足でキックする。破砕音が鳴り響き、胸部を粉砕されたセトが転倒する。
(旧式じゃあ、ルテティアの最新式には敵わないのか……)
 セト四式は自律行動機能が優れているだけで、性能的には帝国の古典的ゴーレムと大差がない。
 マイセンは再び兵士たちに攻撃目標を移す。呪わしい銃口がこちらに狙いを定めなおす。
「ちいっ!」
 兵士たちは一斉に防御の姿勢をとった。
 エレメントガンの掃射は強烈だった。
 兵士たちがどんどんなぎ倒される。フェデリコは大盾で辛うじて身を守ったが、着弾の衝撃だけで後方にひっくり返ってしまう。盾はグロテスクに変形し、滑った弾丸に切り裂かれて爪で引っかいたような穴があいている。ささくれた縁が熱で赤く溶けていた。負傷した兵士たちの呻き声が聞こえてくる。
(こんだけで盾がお釈迦かよ!)
 そこいらのゴーレムの装甲よりも頑丈なくらいなのに、ほんの二・三発で穴があいてしまっている。……もう少しくらいならもつだろうか?
「この……」
「さがれッ!」
 フェデリコが立ち上がろうとしたとき、聞きなれた声が聞こえた。
 すぐに事態を把握する。
 ドン・クーフーがエレメントバズーカを構えているのが目に入る。
「総員ッ伏せろッ!」
 フェデリコたちは銘々、盾を背負うようにして地面に伏せる。
 盛大な爆発音。そして強烈な光。
 雨のようにパラパラと盾に破片が降り注ぐ。
(今度こそ……)
 視線を上げたフェデリコは驚愕する。
 マイセンはダメージを受けているようだった。しかし大破どころか中破にも程遠い。
「馬鹿な……」
 部分的に剥き出しになった金属の骨格で、悠々と動き出す。エレメントガンが火を噴き、たった一連射で隊員四人が絶命する。クーフーがジャンプして飛び掛り、ドロップキックする。マイセンは片膝を突いただけで、すぐに体勢を立て直す。クーフーの手がエレメントガンを捕まえる。銃火が宙を穿つ。
 展開される光景にフェデリコは我が目を疑ってしまう。
(たかが自律型ゴーレムが、第一級のアルス使いと互角に戦っている?)

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