レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載
4
ルテティアのオフィス。
ベルナール・ゴズは後ろ手に手を組んで飄々と眼下の町並みを見下ろしていた。
「外人部隊、長くてこずらせてくれたな……だがこれで、終わりだ」
「上手くいっているのですね」
「そうだ。指揮系統を殺せば、あとは焼くなり煮るなり、こちらの好きに出来る」
メイド服を着た秘書の問いかけに、ゴズは珍しく笑顔になっていた。
「自分の力を過信している者は、つまらない計略に倒れるものだよ。それに今の時代はもう、個人の力の時代ではない……アルス使いなど、テクネーで代用が利くのだから」
ゴズは機嫌よく饒舌を振るう。
「現代は……モノを動かし、操る『知恵』の時代なのだ。個人の技量(アルス)を磨く、などというのは時代遅れな考え方だ。そんな努力をしても、他人に利用されるための道具にしかなれない。むしろ他者を動かし、踊らせ、利用する。それこそが支配者としての資質なのだ。組織にしても社会にしても、機械装置(マッキナ)と同じ」
5
「いけッ! 今のうちにッ!」
ドン・クーフーはマイセンと取っ組み合いをやりながら怒鳴る。苦戦しているのは明らかだった。二周り大きな敵にも、多少優勢ではあるようだったが……力が拮抗していることは疑いを入れない。割って入って手助けする余地もなさげである。
「わかった、頼むよ、旦那……」
フェデリコは決意を決めて叫ぶ。
「総員、突入ッ!」
それを機に、漢たちは建物への突撃を開始する。
狭い場所ならばゴーレムはそうは動けはしない。さっさと建築物内部での、人間同士の乱戦にしてしまう方が得策でもあった。
ドン・クーフーは殴りあいながら見切っていた。
動作から敵ゴーレムの内部構造、そして脆い箇所と方向を。それから動作のクセを。
(自律制御行動のアルゴリズムは結構良くできているようだが)
人間の達人に比べれば単調であった。それでも想定内の「一般的な」敵が相手ならば、パワーとスピードだけで、かえって効率的に押し切れるのだろう。
だが標準化された行動基準だけでは特殊なケースには対応できない。型どうりでしかない動作には柔軟性がなく、「個」への対応がなっていないのだ。
それでは真の達人には通用しない。
(設計思想の愚かしさは、如何ともし難い)
振り下ろされるソードはてんで空を切るばかり。クーフーは大柄な図体にもかかわらず、俊敏で繊細な動作で身をかわす。最小限の動きで攻撃を逸らし、毎回のようにカウンターを食らわせている。
(動きだけならフェデリコのほうがまだ上手い)
光のローキックで左前脚を壊す。同時に内廻しの足払いで右前脚の関節を薙ぐ。倒れ込んできたゴーレムの胸の部分に掌をポンと当て、突き上げるように……零距離から必殺の一撃を打ち込む。それは鎧をつけた相手を倒すための、特殊な打撃法であった。瞬発的な衝撃は強固なカリオンナイト装甲を突き抜け、内部のメカニズムを崩壊させた。
「意志も思考力もない人形ではな……」
考える能力とアルゴリズムどおり動く機能は似て非なるもの。想定の枠を越える事態に直面すれば、その差は歴然としてくるものなのだ。
「鍛錬された超人には程遠いものよ」
クーフーの足下には、とうに二体の残骸が転がっていた。
フェデリコはナイフで切りつけてきた敵兵に、素手で対処した。
手首をつかみ、肘関節をきめる。そのまま肩まできめて半円に振り回し、頭からガラスに突っ込ませる。三階の窓を突き破って転落していく。
旧式の一連射くらわせて牽制し、角に身を避ける。遮蔽物の背後で手榴弾のピンを抜く。
投げる。明後日の方向へ。
手榴弾は天井と壁でバウンドし、曲がり角を九十度の方向へ転がり込む。
すぐに爆発音と共に悲鳴が上がった。
(もう許さねえぞ……!)
最初の最初は、ほんの少しだけ「降参したら許してやろう」と考えていた。なぜなら、行政局分室職員の全部が全部、必ずしも悪人とは限らないからだ。おそらく本当に一番悪い人間は、とっくに逃げている。残っているのは何も知らされないままに置き去りにされた者たちなのだろう。いくらかは同情の余地もあった。
けれどもゴーレム・マイセンの不意打ちで、憐憫の感情は蒸発し、消えうせてしまった。敵の戦意は明白だし、手加減する余地があるとも思えない。
防空軍の兵士たちはビルの内部で、見つけるなり、撃った。
今さら手を挙げて降参しても、遅い。遅すぎる。
敵の警備部隊が出迎える。こちらもそれ相応に対応する。
凄まじい銃火の応酬が繰り広げられていく。全面ガラス張りのビルは、電飾されたクリスマスツリーのように煌いた。窓ガラスの片っ端から割れる音、散発する爆発音。銃声が夜の闇にもけたたましい。
階下ではクーフーや、駆けつけた陸戦隊のアルス使いが、ゴーレムと戦い続けている。
まさしく戦場であった。
これは戦争であった。
6
夜が白み始める頃。
病室を見舞った統領マフムートは、付き添っているキアラに訊ねた。
「アルジャノンは?」
キアラは悲しげに首を左右する。
ベッドに横たわったアルジャノンは酸素マスクをつけられて深い眠りに落ちている。まだ意識が戻らないのだ。
マフムートは深く溜息して呟いた。
「まさかルテティアめ、こんなタイミングで事を仕掛けてくるとは……わしも考えておらんかった」
「………どういうつもりなんでしょう?」
キアラの疑問ももっともだった。
プレート間接近による、対帝国のストロモフカ防衛戦も近い。今このときに内ゲバなどをやらかせば、共和国の存続そのものが危機に曝されることになる。ところがプレート1ルテティアの中央行政局はアベコベに、かえって対立を煽るような行動に出たのである。
これでは理にかなわない。
マフムート老は顎に手を当てて思案する。
「単に過激派が調子づいた線も考えうるが……そこまで考えなしとも思えぬ。我々アル・カーヒラの戦力を削ごうとしていると考えるのが妥当か……」
「外人部隊をまとめるのは、この人でなくては無理ですわ」
キアラはこの上なく優しい手つきで眠るアルジャノンの額を撫でる。
愛情による欲目を別として。気の荒い集団を心服させる指導力があるのはアルジャノンだけである。
キアラはそれなりに信頼され、愛されている。ブレイクだって仲間たちから一目置かれてはいる。……けれども……キアラは聡明で洞察力があっても情に脆いのが弱点になる。そもそも文官で参謀教育を受けていなう上、腕力で劣る点でも荒くれ者を従えるには難があるだろう。
そしてブレイクも勇敢ではあるが、心根が幾分お人好しだった。おまけに知力の傾向も学者タイプに近く、政治的なセンスが乏しい。戦術規模の部隊指揮では優秀でも、戦略や政治レベルで指導力を発揮できる力量はない。性格的にも組織の管理には向かない。
二人とも個人としての能力だけなら最高レベルの逸材だったろうが、総合的な長としての適性、冷徹な判断力・決断力ではアルジャノンに遠く及ばなかった。流浪者の集まりに、精神的な支柱までを与えられるとは思えないし、絶対的なカリスマ性のようなものに欠けている。
他の部隊に編入するにしても、外人部隊のメンバーはクセが強すぎる。
総司令官のグリエルモは多忙な上、歳をとりすぎて部隊の戦闘指揮は無理がある。唯一可能性があるとすれば提督のネルソンだが……これも微妙だった。剣の達人である上に人柄を含め、名将として非常に尊敬されてはいるが、いかんせん毛並みが違いすぎるのだ(ネルソンはアルジャノンと対称的に、至って潔癖で生真面目な性格である)。生粋のエリートであるゆえに、はぐれ者たちの心理を充分把握できるとも考えにくかった。子飼いの配下、海兵隊の隊員たちと揉め事が起きる惧れもある。
もしもこのままアルジャノンが死、あるいは意識が戻らないならば、部隊の組織が維持できないだろう。
マフムートは渋い顔で部屋を行ったり来たりする。
「うむ。それに陸戦隊にも動揺がはしっとる。まるでこちらの防衛戦力を……」
そこまで独り言のように呟いて、マフムートははっとしたように顔を上げる。
「もしや……敵(ルテティア)の狙いはこの、アル・カーヒラの方か?」
「ストロモフカを放っておいて、こちらのプレートを接収しようとしていると?」
一連のプレート4(ストロモフカ)への工作が囮で、本命はプレート2(アル・カーヒラ)の完全な併合と直接統治だとでもいうのか。
「ですがストロモフカの守りを放棄して、帝国に奪われれば共和国全体としての力は低下しますわ。それにうちのアル・カーヒラと正面切って交戦すれば、ルテティアの軍だって無傷では済まないでしょうし。それでは結果的に帝国に負けることになると思いますが……」
キアラは控えめながらも理知的に考察を述べた。
マフムートは髭をしごく。
「頭のおかしい輩は、これだから恐ろしい。理にかなわんことを平気でやってのけるのだから……まったく、行動が読みきれんよ。それとも裏に合理的な理由があるのか……ところでブレイク・ハートは? てっきりここにいると思っておったが」
キアラは問いかけられてようやく思い出した様子だった。
「……ドックにでもいるんじゃないでしょうか?」
7
「ブレイク?」
レイ・アフロはポップコーンのような頭を掻いた。
「電話がきて、出かけた。クーフーから呼び出しだって……」
「そんなはずはない」
マフムート・パシャは血相を変えた。
「クーフーは、別の作戦に参加している。ブレイクを呼び出すはずがない」
「だったらどうしてそんな嘘……」
混乱するアフロにキアラが問いただす。
「どこかおかしな様子はなかった?」
「たしか、すぐに戻るって。なんでも、昨日の祭りの会場だとか……」
聞いていたセリムは紅葉の瞳をにわかに鋭くした。
「『すぐに戻る』に『お祭り会場』……たぶん、それは本当だと思うよ」
『妹を預かっている』
『昨日の夕方、ちょうど一緒にいたノスティッツの娘もだ』
『一人で来い、でなければ人質を殺す』
殴るような音。悲鳴。泣き叫ぶ声。
ブレイクはその声をよく知っていた。
ルテティアのオフィス。
ベルナール・ゴズは後ろ手に手を組んで飄々と眼下の町並みを見下ろしていた。
「外人部隊、長くてこずらせてくれたな……だがこれで、終わりだ」
「上手くいっているのですね」
「そうだ。指揮系統を殺せば、あとは焼くなり煮るなり、こちらの好きに出来る」
メイド服を着た秘書の問いかけに、ゴズは珍しく笑顔になっていた。
「自分の力を過信している者は、つまらない計略に倒れるものだよ。それに今の時代はもう、個人の力の時代ではない……アルス使いなど、テクネーで代用が利くのだから」
ゴズは機嫌よく饒舌を振るう。
「現代は……モノを動かし、操る『知恵』の時代なのだ。個人の技量(アルス)を磨く、などというのは時代遅れな考え方だ。そんな努力をしても、他人に利用されるための道具にしかなれない。むしろ他者を動かし、踊らせ、利用する。それこそが支配者としての資質なのだ。組織にしても社会にしても、機械装置(マッキナ)と同じ」
5
「いけッ! 今のうちにッ!」
ドン・クーフーはマイセンと取っ組み合いをやりながら怒鳴る。苦戦しているのは明らかだった。二周り大きな敵にも、多少優勢ではあるようだったが……力が拮抗していることは疑いを入れない。割って入って手助けする余地もなさげである。
「わかった、頼むよ、旦那……」
フェデリコは決意を決めて叫ぶ。
「総員、突入ッ!」
それを機に、漢たちは建物への突撃を開始する。
狭い場所ならばゴーレムはそうは動けはしない。さっさと建築物内部での、人間同士の乱戦にしてしまう方が得策でもあった。
ドン・クーフーは殴りあいながら見切っていた。
動作から敵ゴーレムの内部構造、そして脆い箇所と方向を。それから動作のクセを。
(自律制御行動のアルゴリズムは結構良くできているようだが)
人間の達人に比べれば単調であった。それでも想定内の「一般的な」敵が相手ならば、パワーとスピードだけで、かえって効率的に押し切れるのだろう。
だが標準化された行動基準だけでは特殊なケースには対応できない。型どうりでしかない動作には柔軟性がなく、「個」への対応がなっていないのだ。
それでは真の達人には通用しない。
(設計思想の愚かしさは、如何ともし難い)
振り下ろされるソードはてんで空を切るばかり。クーフーは大柄な図体にもかかわらず、俊敏で繊細な動作で身をかわす。最小限の動きで攻撃を逸らし、毎回のようにカウンターを食らわせている。
(動きだけならフェデリコのほうがまだ上手い)
光のローキックで左前脚を壊す。同時に内廻しの足払いで右前脚の関節を薙ぐ。倒れ込んできたゴーレムの胸の部分に掌をポンと当て、突き上げるように……零距離から必殺の一撃を打ち込む。それは鎧をつけた相手を倒すための、特殊な打撃法であった。瞬発的な衝撃は強固なカリオンナイト装甲を突き抜け、内部のメカニズムを崩壊させた。
「意志も思考力もない人形ではな……」
考える能力とアルゴリズムどおり動く機能は似て非なるもの。想定の枠を越える事態に直面すれば、その差は歴然としてくるものなのだ。
「鍛錬された超人には程遠いものよ」
クーフーの足下には、とうに二体の残骸が転がっていた。
フェデリコはナイフで切りつけてきた敵兵に、素手で対処した。
手首をつかみ、肘関節をきめる。そのまま肩まできめて半円に振り回し、頭からガラスに突っ込ませる。三階の窓を突き破って転落していく。
旧式の一連射くらわせて牽制し、角に身を避ける。遮蔽物の背後で手榴弾のピンを抜く。
投げる。明後日の方向へ。
手榴弾は天井と壁でバウンドし、曲がり角を九十度の方向へ転がり込む。
すぐに爆発音と共に悲鳴が上がった。
(もう許さねえぞ……!)
最初の最初は、ほんの少しだけ「降参したら許してやろう」と考えていた。なぜなら、行政局分室職員の全部が全部、必ずしも悪人とは限らないからだ。おそらく本当に一番悪い人間は、とっくに逃げている。残っているのは何も知らされないままに置き去りにされた者たちなのだろう。いくらかは同情の余地もあった。
けれどもゴーレム・マイセンの不意打ちで、憐憫の感情は蒸発し、消えうせてしまった。敵の戦意は明白だし、手加減する余地があるとも思えない。
防空軍の兵士たちはビルの内部で、見つけるなり、撃った。
今さら手を挙げて降参しても、遅い。遅すぎる。
敵の警備部隊が出迎える。こちらもそれ相応に対応する。
凄まじい銃火の応酬が繰り広げられていく。全面ガラス張りのビルは、電飾されたクリスマスツリーのように煌いた。窓ガラスの片っ端から割れる音、散発する爆発音。銃声が夜の闇にもけたたましい。
階下ではクーフーや、駆けつけた陸戦隊のアルス使いが、ゴーレムと戦い続けている。
まさしく戦場であった。
これは戦争であった。
6
夜が白み始める頃。
病室を見舞った統領マフムートは、付き添っているキアラに訊ねた。
「アルジャノンは?」
キアラは悲しげに首を左右する。
ベッドに横たわったアルジャノンは酸素マスクをつけられて深い眠りに落ちている。まだ意識が戻らないのだ。
マフムートは深く溜息して呟いた。
「まさかルテティアめ、こんなタイミングで事を仕掛けてくるとは……わしも考えておらんかった」
「………どういうつもりなんでしょう?」
キアラの疑問ももっともだった。
プレート間接近による、対帝国のストロモフカ防衛戦も近い。今このときに内ゲバなどをやらかせば、共和国の存続そのものが危機に曝されることになる。ところがプレート1ルテティアの中央行政局はアベコベに、かえって対立を煽るような行動に出たのである。
これでは理にかなわない。
マフムート老は顎に手を当てて思案する。
「単に過激派が調子づいた線も考えうるが……そこまで考えなしとも思えぬ。我々アル・カーヒラの戦力を削ごうとしていると考えるのが妥当か……」
「外人部隊をまとめるのは、この人でなくては無理ですわ」
キアラはこの上なく優しい手つきで眠るアルジャノンの額を撫でる。
愛情による欲目を別として。気の荒い集団を心服させる指導力があるのはアルジャノンだけである。
キアラはそれなりに信頼され、愛されている。ブレイクだって仲間たちから一目置かれてはいる。……けれども……キアラは聡明で洞察力があっても情に脆いのが弱点になる。そもそも文官で参謀教育を受けていなう上、腕力で劣る点でも荒くれ者を従えるには難があるだろう。
そしてブレイクも勇敢ではあるが、心根が幾分お人好しだった。おまけに知力の傾向も学者タイプに近く、政治的なセンスが乏しい。戦術規模の部隊指揮では優秀でも、戦略や政治レベルで指導力を発揮できる力量はない。性格的にも組織の管理には向かない。
二人とも個人としての能力だけなら最高レベルの逸材だったろうが、総合的な長としての適性、冷徹な判断力・決断力ではアルジャノンに遠く及ばなかった。流浪者の集まりに、精神的な支柱までを与えられるとは思えないし、絶対的なカリスマ性のようなものに欠けている。
他の部隊に編入するにしても、外人部隊のメンバーはクセが強すぎる。
総司令官のグリエルモは多忙な上、歳をとりすぎて部隊の戦闘指揮は無理がある。唯一可能性があるとすれば提督のネルソンだが……これも微妙だった。剣の達人である上に人柄を含め、名将として非常に尊敬されてはいるが、いかんせん毛並みが違いすぎるのだ(ネルソンはアルジャノンと対称的に、至って潔癖で生真面目な性格である)。生粋のエリートであるゆえに、はぐれ者たちの心理を充分把握できるとも考えにくかった。子飼いの配下、海兵隊の隊員たちと揉め事が起きる惧れもある。
もしもこのままアルジャノンが死、あるいは意識が戻らないならば、部隊の組織が維持できないだろう。
マフムートは渋い顔で部屋を行ったり来たりする。
「うむ。それに陸戦隊にも動揺がはしっとる。まるでこちらの防衛戦力を……」
そこまで独り言のように呟いて、マフムートははっとしたように顔を上げる。
「もしや……敵(ルテティア)の狙いはこの、アル・カーヒラの方か?」
「ストロモフカを放っておいて、こちらのプレートを接収しようとしていると?」
一連のプレート4(ストロモフカ)への工作が囮で、本命はプレート2(アル・カーヒラ)の完全な併合と直接統治だとでもいうのか。
「ですがストロモフカの守りを放棄して、帝国に奪われれば共和国全体としての力は低下しますわ。それにうちのアル・カーヒラと正面切って交戦すれば、ルテティアの軍だって無傷では済まないでしょうし。それでは結果的に帝国に負けることになると思いますが……」
キアラは控えめながらも理知的に考察を述べた。
マフムートは髭をしごく。
「頭のおかしい輩は、これだから恐ろしい。理にかなわんことを平気でやってのけるのだから……まったく、行動が読みきれんよ。それとも裏に合理的な理由があるのか……ところでブレイク・ハートは? てっきりここにいると思っておったが」
キアラは問いかけられてようやく思い出した様子だった。
「……ドックにでもいるんじゃないでしょうか?」
7
「ブレイク?」
レイ・アフロはポップコーンのような頭を掻いた。
「電話がきて、出かけた。クーフーから呼び出しだって……」
「そんなはずはない」
マフムート・パシャは血相を変えた。
「クーフーは、別の作戦に参加している。ブレイクを呼び出すはずがない」
「だったらどうしてそんな嘘……」
混乱するアフロにキアラが問いただす。
「どこかおかしな様子はなかった?」
「たしか、すぐに戻るって。なんでも、昨日の祭りの会場だとか……」
聞いていたセリムは紅葉の瞳をにわかに鋭くした。
「『すぐに戻る』に『お祭り会場』……たぶん、それは本当だと思うよ」
『妹を預かっている』
『昨日の夕方、ちょうど一緒にいたノスティッツの娘もだ』
『一人で来い、でなければ人質を殺す』
殴るような音。悲鳴。泣き叫ぶ声。
ブレイクはその声をよく知っていた。