レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

 ルテティアの中央行政局ビル。
「ですが、全員拘束しているアルス使いを銃殺せよとは……彼らは出頭したのですよ?」
「銃殺だ」
「しかし……」
「考えることは君の仕事ではない。君の仕事は実行することだ」
 抗弁する若い少佐にベルナール・ゴズは断じた。
「余計なことは考えなくて良い。人間は役割相応に最適化されるべきなのだ」
「……はい」
 未熟な少佐は素直に答えて退出する。
 ゴズはこみ上げる愉悦を噛み殺した。
(命令されたことであっても、やったことは自己責任だ。お前に考える権利はないが、それでも責任を背負うのはお前自身だ……罪を問われるのはわたしじゃあない。人身御供になって死ねと命じられたら、素直に死ぬのが正しい)
 内線に手を伸ばし、命じる。
「中佐、銃殺が済み次第、銃殺を指揮した現場責任者を『人道に背いた罪』に問う」
『ハズレくじですね』
 この中佐、あの人身御供予定の少佐よりは脳があった。要は責任転嫁の片棒担ぎである。本質は割に合わない汚れ仕事だと理解しているあたりが小賢しい。
 他者の自我は粉砕せねばならなかった。
「ハズレくじではない」
『?』
「これは義務なのだ」
『嫌なお願いですねえ』
「お願いなどではない。成さねばならない職務なのだ」
 中佐は保身を考慮しているかどうか、のらりくらりとはぐらかそうとする。
 ベルナール・ゴズは言葉巧みにたたみかける。
「わたしの言葉の綾を、頭の悪い士官が取り違えた可能性がある。それを危惧し、正す使命が発生すると考えるのだ。だからわたしは、君に必要なことを伝えた。君は対処する責務があることになる。もし使命を果たさないならば、職務怠慢の罪に問われるのは仕方がないことだろう?」
 婉曲に仄めかすような恐喝であった。そもそも言い方次第で責任の所在などどうとでもなる。立派に落ち着き払い、あくまでも「正義の人」としての「立場」から発言する。
 蛇の道は蛇であった。今度は打てば響くような答えが返ってくる。
『ふふっ、了解しましたよ。審問官殿』
 この中佐は保身と出世にしか関心がない。だからゴズに媚びる重要性は熟知している。
 これですべて思惑通りになるだろう。あの少佐も続いて絞首刑だ。
(運と立ち位置の悪さこそが最大の罪なのだよ……)
 ベルナール・ゴズはもっともらしく「よろしい」とだけ告げ、受話器を置いた。



「あなたは……」
 パトリシア・グランリュートは独房を見舞った人影に小さく驚く。反応がわずかなのは、気力を使い果たしてしまっているせいなのだろう。半分独り言のように、繰言みたく呟きはじめる。
「あの子が……」
「聞いている」
 アルジャノンは引き継ぐように断ち切る。彼はさっさと結論を示した。
「そう心配することもない」
「どうしてそんなことが言えるんです? 気休めですか? わたしはあなたを殺そうとしたんです……笑ってください……殺してくれるんですよね?」
 あまりにも暗い反応にアルジャノンは冗談でも聞いたときのように噴出した。
「どうも勘違いしているな」
「勘違い?」
 アルジャノンは砕けた態度で鉄格子にもたれた。
「君を殺しに来たわけじゃあないし、子供のことも気休め言ってるって訳じゃあない。ちゃんと論拠があるんだ」
「論拠?」
 キョトンとするパトリシアにアルジャノンは再びニヤッとする。
「わたしも若い頃は……似たようなウルトラ英才教育のおかげで、『アルスの血筋を全部根絶やしにして、最後には自分も自殺する』とか真剣に考えてたんだ。アルス使いのくせに、標準人原理主義者だったのさ……しかも二十歳前まで。……アイタタ、って感じだろう? イタイなんてもんじゃないなー」
 予想外の言葉に、パトリシアは対話者の顔をまじまじと見つめる。狐につままれたような顔で、信じかねているのがありありと見て取れる。からかっているのかどうか見極めようとしている様子だった。
「それでも、きっかけさえありゃ、人間は変われる……それはそうと。ちょっと手伝ってくれないかね? わたしは使える奴は使う主義なんだ。元々、外人部隊はそういうそしきなんだからな」

 小一時間ほど前。
 アルジャノンは統領マフムートとの間で、迎撃作戦を詰めていた。一緒に議論していたのはカテドラルのグリエルモ、それにシナゴークの室長。
『「ロクシアス」はプランBで使用する』
 アルジャノンは若干の難色を示したが、同意が前提である。合理的に考えれば他に手段はなかった。むしろ遺憾の表明である。
「できれば避けたかったですが。真っ先に死ぬのは、徴兵された兵隊ですし」
『致し方あるまい。プランAの手の内はばれてしまっておる。あのやり方が二度通用するとは考えにくい』
 統領の言葉に、グリエルモ・シャーが意味深長に頷いた。
 そして老人は一同を見回し、眼光をギラリと閃かせた。
『乾坤一擲だ。あやつら、今度という今度は目に物を見せてくれよう』
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