レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載
第十三話 天空を燃やす光芒/決戦
1
空域の彼方、人民合衆国の航空隊が姿を現したのは三日後だった。
ベルナール・ゴズは旗艦、軍司令官ボナパルテの隣で座を占めている。二日前には副統領に昇進していた。現在、爆撃軍を含めた人民合衆国連合の全軍は彼の指揮下にある。
「堅信挺身艦隊を先方に立てよ」
ゴズの指示に軍司令官ボナパルテは頷く。打ち合わせどおりであった。
「盾がわりですな」
「そうだ。死んでも構わん、むしろ合法的に数を減らすにはいい機会だと思わんかね」
「おっしゃるとおりです。不要な人員を整理するには、この機を逃してありませんな」
ルテティアのアルス魔法機関の人員は、中央行政局直属の「堅信挺身会」として再編成されていた。彼らは家族を人質にされ、どんな命令にも逆らうことはできない。反抗的な者たちは週の頭の電撃的大粛清で、軒並みに処刑されていた。見せしめである。
「マッキナ(機械)とマムルーク(奴隷軍人)部隊があれば、もう奴らは用済みだ」
「ええ。あの新型なら、アル・カーヒラの防空軍など物の数ではありません。問題はアルス艦隊ですが……本当に勝てるのでしょうか」
「勝てる」
「ですが……」
ボナパルテは苦いものを噛み潰したみたいに不安げだった。
古参であるが故になお更なのだろう。標準人の操るYP飛行機がアルス使いの専用艇に勝てないことは、長年の経験からの常識。無知故にではなく、知っているからこそ怯えていたのである。いくら数値データや理論上の勝算を示されても、本能的な恐怖がすぐにぶり返すのだった。
しかし新しい副統領、ベルナール・ゴズは落ち着き払っていた。
「心配することはない。第一、数ではこちらが圧倒的なのだ」
断言するゴズに、金モールの司令官はほっと顔を和ませる。
「そうですな。それに迎撃に出てこられるのは、せいぜい艦隊の半分でしょう。プレートの防衛にも裂かねばなりませんからな」
「そうだ、防空軍だけで守りを固めるなど不可能なのだ。全軍を出せば、プレートの本土ががら空きになる。だからこれまで、二つの艦隊のうち一つを常に守りに置いていたのだ……奴らには我々のように優れたテクネーがない。ゴーレムを使ったプレート地上戦では、性能でも数でも、全面的にこちらが優勢なのだからな」
しかし旗艦の動力管理を担っているのは、不当に逮捕されたアルス使いたちであった。鎖に繋がれ、銃を持った兵士に見張られている。
そもそもアルス使いの専用艇を標準人が動かせない主な理由は、YP制御と計器操作の難しさにある。YP飛行機のものよりも格段に強力な動力源は、個々のアルス能力によって直感と感覚でコントロールするしかない(パワーが増せば、それだけ計器のコントロールも複雑になる)。
アルス使いには直感的にやれることが、標準人ではこなしきれない……だからどうしてもアルス使いが乗っていなくてはならなかった。もしも同じことを純粋にテクネーだけでやろうとすれば、巨大な制御装置が必要になってしまうからだ。
ルテティアでは制御装置の完成と小型化にも成功していた。彼らのYP飛行機はアルス快速艇に対抗できる……けれども大型艦となると、まだアルス使いが必要なのだった。
そこに不安要素が残っている。
ざらつくような唸りを上げて、YP飛行機の大部隊が空を埋め尽くしていた。それは複葉機ではなく、金属の色に輝く、半分に割った角錐のような形状の全翼機である。ゴーレムや強化された兵士を満載した輸送機も混じっている。
前方には強制動員されたアルス使いたちの船団が追い立てられていた。
2
同時刻。午前十一時四十分。
先行したマンフレッド号はルテティア航空隊に忍び寄りつつあった。
甲板ではブレイク・ハートが長距離砲スターバックを構えている。
『見えた!』
ブリッジのセリムがうわずった声をあげた。これから成すことを知っているからだ。
「よし! ロクシアス起動」
ブレイクは金色の杖を両手で構える。甲板に設置してあった差込口に鍵のようにつきたて、レバーさながらに廻す。
『ロクシアス・システムを起動する』
セリムはブリッジで復唱し、パネルを操作する。
甲板上に三次元の魔法陣が出現する。
球形の籠のような空間に青白い光が満ちていく。
『充填率三十パーセント』
杖の先端で青い宝石が赤く瞬いている。
『五十、七十…………』
ブレイク・ハートの燃え立つような毛並みが輝きを増し、金色に輝き始める。さながら太陽が出現したかのような眩さで、月のかさのように輪になった虹までが現れる。
ロクシアスは一種の増幅装置なのだ。
アルス能力を天文学的に増大させ、天災のような巨大なる現象を引き起こす。効果は使用者ごとに異なっており、そもそも扱える者からして限られる。コストの面でも極めて高くつく。しかも一度の発動で装置は使用不能になり、復旧と修復が必要になるのもネックだった。……一撃必殺だ。
『九十! 敵航空隊の座標データを送る』
「おうよ!」
ブレイク・ハートは引き金を引いた。
発射! そして光が果てしない距離の天空を飽和させる。
ルテティアの飛行艇の一つ。
「ん……?」
ブリッジではにわかに妙な変化が生じている。
空気の明るさの濃度が増し、温度が上がっていくようだった。
「大変です!」
オペレーターが悲鳴をあげた。ベルナール・ゴズは本能的に異変を察知する。
「どうしたっ!」
「み、味方が……」
まるで太陽の軌道が落ちてきたようだった。
巨大な光の柱が航空隊のど真ん中を焼き滅ぼしていく。
刹那に四・五百人は死亡したことだろう。
「こいつは大量殺戮だぜ……どっちが悪党だか、判ったモンじゃねえな」
ブレイク・ハートは黒煙のたなびく遠い空にポツリと呟く。
だが……。
『ブレイク、どうかした?』
セリムの声はいつもながらに平静そのものだ。ブレイクは歯を噛み締める。
「くたびれただけだ」
そこは本当に言葉どおりだ。クタクタで、アルスの力はほとんど空っぽに使い果たしてしまっている。けれども気疲れもかなりのものだった。
『…………悪意に善意で臨めば刺されるだけだよ。暴力に対抗できるのはそれを上回る暴力だけだし、向こうはこちらを殺す気でいるんだ』
「…………本当に撃つべきなのは、兵隊じゃなくて命令してる奴なんだぜ」
『でも今は戦力を削ることが優先だよ。それに指示してる黒幕が、何処にいるかもはっきりわからないんだし』
死んだ敵の兵士たちにはいかにも気の毒な話であった。本質的に無駄死である。
原因は自分の攻撃、しかも確信犯であった。
ブレイク・ハートは赤い肩をわなわなと震わせている。
「オレは……そいつがもしこの場にいなくても、いつか必ず追い詰めてケジメつけてやるぜ。空はつながってるのによぉ、自分だけ安全地帯にいて他人の命を奪おうなんて、虫がよすぎるんだ。だったら犠牲になった奴らの……無念を味わわせてやらねえと、気がすまねえ」
そういう考え方すらも一種の責任転嫁、精神の自己防衛なのだろう。
セリムは冷静に、強い口調で答えた。
『ぼくもそのつもりでいる』
他人や自分自身の痛みを無視し、利用しさえするから戦い抜くことが出来る。
遺憾ながらそれが現実の真相であった。
3
ルテティアの総司令官、ボナパルテが立ち上がって絶叫する。
「散開しろ! まとまっていれば危険だ!……この距離から攻撃してくるとは……」
隣のベルナール・ゴズは冷静だった。むしろ自分に当たらなかった偶然を、天の意志とさえ感じていたほどである。
「被害は?」
「全軍の二割程度かと……」
(二割、大打撃だ……)
血の気が引いていくのが自分でわかる。周囲に悟られないように、思索家のように手を額に当てる。それから青ざめているオペレーターに、邪悪な知恵者はブリッジの全員に聞こえるように大きな声で告げた。
「ならば八割方は無事、そういうことだな」
ものは言いようであった。彼は言葉の心理的効果を熟知している。
「は、はい……」
(まずい、兵士たちは怯えている)
ゴズはボナパルテに目配せした。
「少将、これが何度も撃てるとは考えにくい。もしそうならば、とっくにルテティアに先制攻撃を仕掛けているはずなのだからな。ならばこれは、虎の子の切り札だろう……こけおどしだ。作戦どおりに戦えば、勝てる」
冷静な口調で分析する、前・審問官の現・副統領。
オペレーターは震えながらも、いくらか落ち着きを取り戻したらしかった。
しかしいきなり鋭い悲鳴が上がる。
「もぉいやだあぁッ!」
別のオペレーターの一人がバネのように立ち上がり、走り出す。壁の窓ガラスに顔を押し付けてすすり泣きはじめる。
「死んじまう、死んじまうんだ……」
ベルナール・ゴズは椅子から立ち上がり、確固たる足取りで歩みよる。瞬く間に平手打ちを喰らわせる。
「しっかりしろ! 貴様、それでも軍人か!」
「そんなこと言われたって……好きでやってるんじゃないんですよぉ。だって、だって、徴兵されたから……ひいいっ」
恐怖でパニックになった上等兵に、ゴズは殺意すら感じた。だが衝動をぐっと押さえ込む。落ち着いた口調で語りかける。
「上等兵、使命を思い出すのだ」
「…………」
「ここにいる経緯がどうであれ、君はこの決戦の場にいる。それは運命なのだ……これは人間が『人間らしく』生きられる、そういう未来を築くための戦いなのだ。そのことに誇りと歓びを感じるべきなのだ」
上等兵は何か言いかけたが、ゴズはそれを制する。
「さっき、あの大量破壊兵器を見ただろう? ……ここでもしも我々が負ければ、無力で善良な人間が力ある者たち、アルス使いや異種族に力づくで支配される歴史が続いていくことになる。我々が自由を勝ち取らねば、子や孫の代にまで苦しみと業を持ち越していくことになる……わたしは、そんな未来は許せぬのだ!」
ゴズは感動的に声を高めて、上等兵の肩を叩いた。
「我々が人間を解放する! これまでの歴史を変えるのだ! しっかりしろ、上等兵!」
歪みがあるとはいえ、その信念そのものに嘘はない。こればかりは本心の言葉である。
「……はい……」
正気を取り戻したらしい上等兵は、気恥ずかしげに自分の座席に戻る。
(愚民が……)
ゴズは内心で毒づきながら考えを巡らせる。
(どうにも、アクシデントだ。わたしまで前線に出てきたのは失敗だったかもしれん。どうにかして、自分だけでも安全を確保できぬものか? しかし今さら逃げては格好がつかぬし……)
考慮した末、彼は横の席の司令官に告げる。
「この艦を後方に下げよう。もし落されれば、指揮系統に混乱が生じる」
「そうですな」
司令官兼艦長ボナパルテは否応なく賛成する。彼とて命は惜しかった。
空域の彼方、人民合衆国の航空隊が姿を現したのは三日後だった。
ベルナール・ゴズは旗艦、軍司令官ボナパルテの隣で座を占めている。二日前には副統領に昇進していた。現在、爆撃軍を含めた人民合衆国連合の全軍は彼の指揮下にある。
「堅信挺身艦隊を先方に立てよ」
ゴズの指示に軍司令官ボナパルテは頷く。打ち合わせどおりであった。
「盾がわりですな」
「そうだ。死んでも構わん、むしろ合法的に数を減らすにはいい機会だと思わんかね」
「おっしゃるとおりです。不要な人員を整理するには、この機を逃してありませんな」
ルテティアのアルス魔法機関の人員は、中央行政局直属の「堅信挺身会」として再編成されていた。彼らは家族を人質にされ、どんな命令にも逆らうことはできない。反抗的な者たちは週の頭の電撃的大粛清で、軒並みに処刑されていた。見せしめである。
「マッキナ(機械)とマムルーク(奴隷軍人)部隊があれば、もう奴らは用済みだ」
「ええ。あの新型なら、アル・カーヒラの防空軍など物の数ではありません。問題はアルス艦隊ですが……本当に勝てるのでしょうか」
「勝てる」
「ですが……」
ボナパルテは苦いものを噛み潰したみたいに不安げだった。
古参であるが故になお更なのだろう。標準人の操るYP飛行機がアルス使いの専用艇に勝てないことは、長年の経験からの常識。無知故にではなく、知っているからこそ怯えていたのである。いくら数値データや理論上の勝算を示されても、本能的な恐怖がすぐにぶり返すのだった。
しかし新しい副統領、ベルナール・ゴズは落ち着き払っていた。
「心配することはない。第一、数ではこちらが圧倒的なのだ」
断言するゴズに、金モールの司令官はほっと顔を和ませる。
「そうですな。それに迎撃に出てこられるのは、せいぜい艦隊の半分でしょう。プレートの防衛にも裂かねばなりませんからな」
「そうだ、防空軍だけで守りを固めるなど不可能なのだ。全軍を出せば、プレートの本土ががら空きになる。だからこれまで、二つの艦隊のうち一つを常に守りに置いていたのだ……奴らには我々のように優れたテクネーがない。ゴーレムを使ったプレート地上戦では、性能でも数でも、全面的にこちらが優勢なのだからな」
しかし旗艦の動力管理を担っているのは、不当に逮捕されたアルス使いたちであった。鎖に繋がれ、銃を持った兵士に見張られている。
そもそもアルス使いの専用艇を標準人が動かせない主な理由は、YP制御と計器操作の難しさにある。YP飛行機のものよりも格段に強力な動力源は、個々のアルス能力によって直感と感覚でコントロールするしかない(パワーが増せば、それだけ計器のコントロールも複雑になる)。
アルス使いには直感的にやれることが、標準人ではこなしきれない……だからどうしてもアルス使いが乗っていなくてはならなかった。もしも同じことを純粋にテクネーだけでやろうとすれば、巨大な制御装置が必要になってしまうからだ。
ルテティアでは制御装置の完成と小型化にも成功していた。彼らのYP飛行機はアルス快速艇に対抗できる……けれども大型艦となると、まだアルス使いが必要なのだった。
そこに不安要素が残っている。
ざらつくような唸りを上げて、YP飛行機の大部隊が空を埋め尽くしていた。それは複葉機ではなく、金属の色に輝く、半分に割った角錐のような形状の全翼機である。ゴーレムや強化された兵士を満載した輸送機も混じっている。
前方には強制動員されたアルス使いたちの船団が追い立てられていた。
2
同時刻。午前十一時四十分。
先行したマンフレッド号はルテティア航空隊に忍び寄りつつあった。
甲板ではブレイク・ハートが長距離砲スターバックを構えている。
『見えた!』
ブリッジのセリムがうわずった声をあげた。これから成すことを知っているからだ。
「よし! ロクシアス起動」
ブレイクは金色の杖を両手で構える。甲板に設置してあった差込口に鍵のようにつきたて、レバーさながらに廻す。
『ロクシアス・システムを起動する』
セリムはブリッジで復唱し、パネルを操作する。
甲板上に三次元の魔法陣が出現する。
球形の籠のような空間に青白い光が満ちていく。
『充填率三十パーセント』
杖の先端で青い宝石が赤く瞬いている。
『五十、七十…………』
ブレイク・ハートの燃え立つような毛並みが輝きを増し、金色に輝き始める。さながら太陽が出現したかのような眩さで、月のかさのように輪になった虹までが現れる。
ロクシアスは一種の増幅装置なのだ。
アルス能力を天文学的に増大させ、天災のような巨大なる現象を引き起こす。効果は使用者ごとに異なっており、そもそも扱える者からして限られる。コストの面でも極めて高くつく。しかも一度の発動で装置は使用不能になり、復旧と修復が必要になるのもネックだった。……一撃必殺だ。
『九十! 敵航空隊の座標データを送る』
「おうよ!」
ブレイク・ハートは引き金を引いた。
発射! そして光が果てしない距離の天空を飽和させる。
ルテティアの飛行艇の一つ。
「ん……?」
ブリッジではにわかに妙な変化が生じている。
空気の明るさの濃度が増し、温度が上がっていくようだった。
「大変です!」
オペレーターが悲鳴をあげた。ベルナール・ゴズは本能的に異変を察知する。
「どうしたっ!」
「み、味方が……」
まるで太陽の軌道が落ちてきたようだった。
巨大な光の柱が航空隊のど真ん中を焼き滅ぼしていく。
刹那に四・五百人は死亡したことだろう。
「こいつは大量殺戮だぜ……どっちが悪党だか、判ったモンじゃねえな」
ブレイク・ハートは黒煙のたなびく遠い空にポツリと呟く。
だが……。
『ブレイク、どうかした?』
セリムの声はいつもながらに平静そのものだ。ブレイクは歯を噛み締める。
「くたびれただけだ」
そこは本当に言葉どおりだ。クタクタで、アルスの力はほとんど空っぽに使い果たしてしまっている。けれども気疲れもかなりのものだった。
『…………悪意に善意で臨めば刺されるだけだよ。暴力に対抗できるのはそれを上回る暴力だけだし、向こうはこちらを殺す気でいるんだ』
「…………本当に撃つべきなのは、兵隊じゃなくて命令してる奴なんだぜ」
『でも今は戦力を削ることが優先だよ。それに指示してる黒幕が、何処にいるかもはっきりわからないんだし』
死んだ敵の兵士たちにはいかにも気の毒な話であった。本質的に無駄死である。
原因は自分の攻撃、しかも確信犯であった。
ブレイク・ハートは赤い肩をわなわなと震わせている。
「オレは……そいつがもしこの場にいなくても、いつか必ず追い詰めてケジメつけてやるぜ。空はつながってるのによぉ、自分だけ安全地帯にいて他人の命を奪おうなんて、虫がよすぎるんだ。だったら犠牲になった奴らの……無念を味わわせてやらねえと、気がすまねえ」
そういう考え方すらも一種の責任転嫁、精神の自己防衛なのだろう。
セリムは冷静に、強い口調で答えた。
『ぼくもそのつもりでいる』
他人や自分自身の痛みを無視し、利用しさえするから戦い抜くことが出来る。
遺憾ながらそれが現実の真相であった。
3
ルテティアの総司令官、ボナパルテが立ち上がって絶叫する。
「散開しろ! まとまっていれば危険だ!……この距離から攻撃してくるとは……」
隣のベルナール・ゴズは冷静だった。むしろ自分に当たらなかった偶然を、天の意志とさえ感じていたほどである。
「被害は?」
「全軍の二割程度かと……」
(二割、大打撃だ……)
血の気が引いていくのが自分でわかる。周囲に悟られないように、思索家のように手を額に当てる。それから青ざめているオペレーターに、邪悪な知恵者はブリッジの全員に聞こえるように大きな声で告げた。
「ならば八割方は無事、そういうことだな」
ものは言いようであった。彼は言葉の心理的効果を熟知している。
「は、はい……」
(まずい、兵士たちは怯えている)
ゴズはボナパルテに目配せした。
「少将、これが何度も撃てるとは考えにくい。もしそうならば、とっくにルテティアに先制攻撃を仕掛けているはずなのだからな。ならばこれは、虎の子の切り札だろう……こけおどしだ。作戦どおりに戦えば、勝てる」
冷静な口調で分析する、前・審問官の現・副統領。
オペレーターは震えながらも、いくらか落ち着きを取り戻したらしかった。
しかしいきなり鋭い悲鳴が上がる。
「もぉいやだあぁッ!」
別のオペレーターの一人がバネのように立ち上がり、走り出す。壁の窓ガラスに顔を押し付けてすすり泣きはじめる。
「死んじまう、死んじまうんだ……」
ベルナール・ゴズは椅子から立ち上がり、確固たる足取りで歩みよる。瞬く間に平手打ちを喰らわせる。
「しっかりしろ! 貴様、それでも軍人か!」
「そんなこと言われたって……好きでやってるんじゃないんですよぉ。だって、だって、徴兵されたから……ひいいっ」
恐怖でパニックになった上等兵に、ゴズは殺意すら感じた。だが衝動をぐっと押さえ込む。落ち着いた口調で語りかける。
「上等兵、使命を思い出すのだ」
「…………」
「ここにいる経緯がどうであれ、君はこの決戦の場にいる。それは運命なのだ……これは人間が『人間らしく』生きられる、そういう未来を築くための戦いなのだ。そのことに誇りと歓びを感じるべきなのだ」
上等兵は何か言いかけたが、ゴズはそれを制する。
「さっき、あの大量破壊兵器を見ただろう? ……ここでもしも我々が負ければ、無力で善良な人間が力ある者たち、アルス使いや異種族に力づくで支配される歴史が続いていくことになる。我々が自由を勝ち取らねば、子や孫の代にまで苦しみと業を持ち越していくことになる……わたしは、そんな未来は許せぬのだ!」
ゴズは感動的に声を高めて、上等兵の肩を叩いた。
「我々が人間を解放する! これまでの歴史を変えるのだ! しっかりしろ、上等兵!」
歪みがあるとはいえ、その信念そのものに嘘はない。こればかりは本心の言葉である。
「……はい……」
正気を取り戻したらしい上等兵は、気恥ずかしげに自分の座席に戻る。
(愚民が……)
ゴズは内心で毒づきながら考えを巡らせる。
(どうにも、アクシデントだ。わたしまで前線に出てきたのは失敗だったかもしれん。どうにかして、自分だけでも安全を確保できぬものか? しかし今さら逃げては格好がつかぬし……)
考慮した末、彼は横の席の司令官に告げる。
「この艦を後方に下げよう。もし落されれば、指揮系統に混乱が生じる」
「そうですな」
司令官兼艦長ボナパルテは否応なく賛成する。彼とて命は惜しかった。