レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載
4
統領官邸。
戦況報告を受けたマフムート・パシャは安楽椅子で手を叩き、相好を崩していた。
「アッハッハッ! 天誅だ! ざまあみろ!! 汚い手ばかり使いおるから、とうとうバチが当たりおったんだ、。くっくっく……こちらにだってテクネーの切り札はある。それから人材もだ。あやつらは人間の価値がわかっておらん。いくら優れたテクネーだけがあっても、それを活用できる人材がいないのではな……」
はしゃぐ老人にキアラは目を丸くする。母性愛めいた、微笑ましい感情が湧いたらしい。
(あらあら、男の方って……いつまでたっても子供みたいに)
マフムート老人はつと真顔になり、司書に目配せした。
「ところでキアラ」
「はい……なんでしょう?」
急に呼びかけられて、キアラは車椅子に姿勢を正した。
「通信、いや広報を頼みたいのだが」
司書キアラは専用の通信装置、水晶玉にアルスを集中する。
アル・カーヒラの統領は、次なる一手を打とうとしていた。
ブレイク・ハートのロクシアス・スターバックによる攻撃は布石に過ぎない。
戦闘空域に暗号化されないマフムート・パシャからの演説、勧告の語りかけが流される。
敵(人民合衆国軍)の一部、特定の相手に向けて。
そして敵の全軍に良く聞こえるように。
『ノスチーノ(北華)軍に告ぐ。今ならば、まだ間に合う……横にいるルテティア軍を攻撃してくれないか? 前方と側方の二方向からかかれば、殲滅できる』
マフムート・パシャは敵を心理的に揺さぶろうとしていた。
人民合衆国の航空隊には、新共和連邦構想に加わる予定だったプレートが混じっている。老獪な統領は、彼らに「もう一度裏切れ」「こちらの陣営に戻れ」と唆しているのだ。
もちろんそんな勧告に、素直に従うとは限らない。むしろ希望的な観測でしかない。
真意は別にあった。
ノスチーノ軍には秘密交渉で人民合衆国についた前科がある。たとえその気がなくとも、誰もが疑いを抱くはずだった。「裏切られるのではないか」「横や後ろから攻撃されるのではないか」と敵軍は互いに疑心暗鬼になる。そこに隙が生まれる余地がある。
「全軍、前進!」
タイミングを見計らった、「海軍」総司令グリエルモの号令で、アル・カーヒラ第一・第二艦隊は一斉に速度をあげ総攻撃を仕掛ける。
「敵が陣形を立て直す前に、混乱しているうちに叩いて潰せ!」
その先頭を切るのは外人部隊の快速艇複数、そしてアルジャノンの赤い旗艦。
会戦、両軍の激突はすぐそこに迫っている。
5
「全軍だと……馬鹿な!」
ベルナール・ゴズはうめく。敵艦隊は二つとも迎撃に立ち現れたのである。
「連中はイチかバチかの賭けに出たのだ」
「これでは……」
「慌てるな! これはチャンスだ!」
ゴズは断ち切る。
「ここを突破すれば、本土はがら空きだ!……輸送隊を迂回させろ! 攻撃目標はプレート本土だ。そうすれば戦力を防衛に裂かせることにもなる」
予想通り、本土を守っているのは防空軍とごく少数のアルス艦艇のみだった。
アル・カーヒラはもはや隠した切り札もなく、背水の陣なのだった。
十分も待たず、人民合衆国航空隊とアル・カーヒラのアルス艦隊は衝突。
正午を目前にして全面的な交戦に入った。
7
『輸送機が迂回しようとしている! 落せ!』
グリエルモが指令を発する。
斜め後方の部隊が動くが、全てをカバーできるものではない。
『突破されます!』
戦火が空を覆う。無数の閃光が入り乱れ、あちこちで爆発の火花が散る。
激戦の最中、アルジャノンは遠く離れたマンフレッド号に指示を出した。
『ブレイク、セリム! 聞いたとおりだ!』
「おうよ!」
『追いかけて数を減らせ! 輸送機を……』
8
アル・カーヒラ上空。
複合攻撃機シルバースターが澄み切った青い空を旋回していく。
まるで湖に黒鳥の群れが戯れるかのように。
けれども現実はのどかには程遠い。
黒鳥は銀の星の印とエレメントガンを備えていた。
パトリシア・グランリュートはハロルド号のコックピットで操縦桿を握りしめていた(ブレイクとセリムのお下がりであった)。そして甲板ではエレメントガンを携えた、アフロとモヒカンがたむろしている(彼らのボート級六番は、三ヶ月前のプラネット3‐4の戦闘で撃破され、全壊していた)。皮肉なことに自分をリンチしようとしたこの二人が、今は頼みの綱である。
『だからさァ、何べん言えば判るわけ?』
『判らぬものは、判らん』
二人の外人部隊兵士は激しく議論を戦わせている。会話はコックピットにも聞こえてくる。その内容が彼女に動揺を誘う。
『メイドキャラは、かわいい系のパンツだろ、やっぱ』
『君はエレガンスの美学を理解していない。黒いレース以外にありえぬ!』
『なんだと、この鶏ヤロウ……幼女にエレガントな下着なんて、ぜってーおかしーだろーが! 縞々パンツかクマさん模様くらいが……』
外人部隊。ならず者たちの集団と見られる一方で、マニアと偏執狂の軍団という見方もできる。あのブレイク・ハートにしても、軍務をこなしながら「趣味で」博士号取得を目指している時点で普通でない(打ち込んでいる対象が学問だからインテリとして分類されるだけで、本質は似通っている)。
『水玉のパンチラ、かわいいだろうが! どうしてそんな簡単なことが……』
必死で釈明するアフロに、モヒカンは見下すように肩をそびやかした。
『ロリコンは黙れ。メイドは淑女の職業と昔から決まっている』
『っるっせーぞ、この熟女マニアが!』
アフロはついにキレたようだった。サインペンで顔を書いた、鎖付きの真ん丸い鉄球を振り回そうとする。モヒカンは気取った仕草で剣の柄に手をかける。
『決闘か、それもよかろう』
しょうもない議論は喧嘩腰に過熱している。今にも暴力沙汰が始まりそうだった。
(ふ、不安……すごい不安。この人たち、大丈夫なのかしら……絶対に頭がおかしい……)
パトリシアは両手で頭を抱える。
しかも初陣である。同じ船でも貿易船とは根本的に違うのだ。
(どうなってしまうんでしょう? どこで道を間違え……)
後方待機……安全なようでいて、必ずしもそうではない。
もしも敗戦し、アルス艦隊が脱出してしまった場合……逃げ遅れる危険が大だった。
それでもまだ快速艇に乗っている分、脱出のチャンスがあるだけ幸運だろうか。万が一占領されれば、プレート地上の人員は絶望的である。塔でライフル片手に敵を待ち構えている、防空軍のフェデリコや少年兵のヤコブ君、対ゴーレム戦に備えているドン・クーフーも命があるまい(敵軍につかまれば百パーセント、戦犯として処刑される)。
けれどもパトリシアだって簡単には逃げられないのだ……息子がプレートにいる以上は。抜擢されたことにはその辺りの事情も考慮されているのだろう。
彼女はイヤイヤするように激しく頭を振る。
(ああ、自爆装置があるのなら、一思いに何もかも終わりにしてしまいたい)
レーダーに反応があった。
「あ、あのう!」
『あん?』
戦闘員たちの凄みのある声に惧れをなしながら、パトリシアは勇気を出す。
「て、敵です」
『ぬ』
『ふむ』
二人のならず者は一秒で戦士の顔に戻る。態度を一変してキビキビと戦闘準備に入る。
(敵が来てほっとしてるわたしって、いったい……でもこの人たちは……)
破局が差し迫る中でパトリシアは場違いに自問自答するのだった。
9
マンフレッド号は合流した味方の快速艇と共に輸送機の群れに攻撃を仕掛けていく。
攻撃は主にセリムの担当であった。
「駄目だ! 数が多すぎるぜ!」
ブレイクは単発射撃で手助けしている。
「よし、もう一回ロクシアスを起動する」
『出来ないよ。回路の疲労が……それにブレイクだって……』
「やってみなけりゃ、わからねえよ」
ブレイク・ハートの体が再び金色に輝き始める。
しかしそれが限界だった。じきに光は失せてしまう。
通話機から、スイッチをパチパチやる音とセリムの声がした。
『回路が反応しなくなった……焼ききれたんだ、たぶん……』
「ちくしょうが!」
ブレイクはスターバックを再度狙撃モードにし、狙いをつける。
威力が落ちている上に、なかなか当たってくれない。命中してもしばしば弾かれてしまう始末だった。新型の全翼機は動きが速すぎるし、輸送機は輸送機で守りが堅い。
せめて万全であったならば。
ロクシアスによる一撃で、力を使い果たしているのが致命的だった。
「ええい! なんで落ちねえんだ、あいつらはようっ!」
『とにかく輸送機を落そう! 接近してロケットをぶつける!』
事態を察した防空軍は迎撃に動いていた。
危険を冒してプレート上空の空域から踏み出してきたのだ。
「落ちたら、死ぬな」
「ええ、下は辺獄ですからね」
「不時着する足場もねえ」
パイロットのルジェロは生きた心地がしなかった。
後部座席のアルス使い、砲撃手兼管制が告げた。
「回避に専念してください。わたしが仕留めます」
シルバースターの左右の翼には一対のエレメントガンが控えていた。
これこそアル・カーヒラ防空軍の目玉だ。純粋なYP複葉機ではなく、アルス艇との複合である。それぞれ得意分野を担当するわけだ。標準人とアルス使いが対立するルテティアには実現不可能なプランだった。
10
プレート本土。
本来なら大市が立つ日の真昼だというのに、バザールのエリアは森閑としている。
ルテティア勢の侵攻のせいで人々は息を潜めている。
けれども戦うために、避難所を抜け出した少女がいた。
(今日でわたしの世界が終わる)
ブランシュは電磁ライフル・アルテミスを抱いて、煉瓦の建物の屋上に待ち構えている。
(黙って殺されるなんて嫌。世界が狂ってるのに、まともでいろなんて無理よ)
その銃は父親の形見だった。
彼女の父親は、ルテティアに打ち合わせで呼び出されたまま帰ってきていない。多分、粛清に巻き込まれて殺されてしまったのだろう。母親はとうに他界していた。
「このプレートも滅びて、みんな死ぬ……戦って死ぬの」
暗い瞳で呟く少女の小さな肩に放電の火花がパチパチ散っていた。
11
第二防衛線での空戦は性能だけならば五分だった。
けれども数で劣っている。人民合衆国の別働飛行隊はついに防衛ラインを突破した。
プレートに迫る輸送機にはゴーレムとマムルーク軍(薬漬けの奴隷軍人部隊)が出番を待っていた。
敵はついにプレート本土に上陸する。
その兵士たちは生きながらに死んでいた。
すすんで薬漬けの人形になり、心に人工の天国を受け入れた。
束の間の永遠と引き換えに魂を売り渡し、「今」の苦しみから解放された。
彼らは疲労も痛みも感じなかった。
二度と思い悩むこともなかった。
腕や足が千切れようが、背骨が折れようが一向に構いはしない。
命令どおりに、プレート制圧作戦を敢行する。
ハラワタを引きずりながらも、命を顧みることもない。
彼らは理想的な兵士であった。
12
マンフレッド号はアル・カーヒラの上空にまで差し掛かっていた。
『セリム、ちょっくら地上戦をやってくる』
武装の多いマンフレッド号なら、ブレイクがいなくとも戦うにさして不都合はない。
「だけど……ブレイクは力が」
『単発のスターバックなら、ピンポイントで撃ちゃ、どうにか戦える。接近戦ならまだやれるし。オメーは上空で防空軍を援護してくれ』
止めて聞くわけもない。
しかもアル・カーヒラがこのまま敵に占拠されれば、逃げる場所もなくなるのだ。
だからセリムはあえて止めなかった。
「わかった。死なないでよ」
マムルークの奴隷兵士たちは一様にグロテスクな樹脂の仮面をつけていた。
旧式の銃で一斉射撃をかけてくる。
「てぇい!」
巻き起こる炎が飛来する弾丸を消し飛ばす。
ブレイクはマムルークたちを、三節棍でなぎ倒した。
「俺たちゃなあ、人間に下げる頭なんて、持ち合わせちゃいねーんだよ」
アラビアン・アーツの教えにはこうある。至高者(アッラー)にのみ、絶対的に帰依せよと。裏返せば人間を相手には魂を売らないこと、人間による人間の支配を否定したことになる。
この世界では互いに意志が衝突し、渡り合う歴史が永久に続いていく。そうでなくては諸々の美徳、戦う勇気や運命を開く知恵も、人間的な信義や魂の高貴さもありえない。
だから世界が本質的に善である事を信じ、一生を戦い抜くしかない。
彼は英雄の教えを継承した勇者だった。自分の意志を放棄するなどありえなかった。
だが劣勢は明らかだ。プレート本土の陥落は時間の問題であった。
統領官邸。
戦況報告を受けたマフムート・パシャは安楽椅子で手を叩き、相好を崩していた。
「アッハッハッ! 天誅だ! ざまあみろ!! 汚い手ばかり使いおるから、とうとうバチが当たりおったんだ、。くっくっく……こちらにだってテクネーの切り札はある。それから人材もだ。あやつらは人間の価値がわかっておらん。いくら優れたテクネーだけがあっても、それを活用できる人材がいないのではな……」
はしゃぐ老人にキアラは目を丸くする。母性愛めいた、微笑ましい感情が湧いたらしい。
(あらあら、男の方って……いつまでたっても子供みたいに)
マフムート老人はつと真顔になり、司書に目配せした。
「ところでキアラ」
「はい……なんでしょう?」
急に呼びかけられて、キアラは車椅子に姿勢を正した。
「通信、いや広報を頼みたいのだが」
司書キアラは専用の通信装置、水晶玉にアルスを集中する。
アル・カーヒラの統領は、次なる一手を打とうとしていた。
ブレイク・ハートのロクシアス・スターバックによる攻撃は布石に過ぎない。
戦闘空域に暗号化されないマフムート・パシャからの演説、勧告の語りかけが流される。
敵(人民合衆国軍)の一部、特定の相手に向けて。
そして敵の全軍に良く聞こえるように。
『ノスチーノ(北華)軍に告ぐ。今ならば、まだ間に合う……横にいるルテティア軍を攻撃してくれないか? 前方と側方の二方向からかかれば、殲滅できる』
マフムート・パシャは敵を心理的に揺さぶろうとしていた。
人民合衆国の航空隊には、新共和連邦構想に加わる予定だったプレートが混じっている。老獪な統領は、彼らに「もう一度裏切れ」「こちらの陣営に戻れ」と唆しているのだ。
もちろんそんな勧告に、素直に従うとは限らない。むしろ希望的な観測でしかない。
真意は別にあった。
ノスチーノ軍には秘密交渉で人民合衆国についた前科がある。たとえその気がなくとも、誰もが疑いを抱くはずだった。「裏切られるのではないか」「横や後ろから攻撃されるのではないか」と敵軍は互いに疑心暗鬼になる。そこに隙が生まれる余地がある。
「全軍、前進!」
タイミングを見計らった、「海軍」総司令グリエルモの号令で、アル・カーヒラ第一・第二艦隊は一斉に速度をあげ総攻撃を仕掛ける。
「敵が陣形を立て直す前に、混乱しているうちに叩いて潰せ!」
その先頭を切るのは外人部隊の快速艇複数、そしてアルジャノンの赤い旗艦。
会戦、両軍の激突はすぐそこに迫っている。
5
「全軍だと……馬鹿な!」
ベルナール・ゴズはうめく。敵艦隊は二つとも迎撃に立ち現れたのである。
「連中はイチかバチかの賭けに出たのだ」
「これでは……」
「慌てるな! これはチャンスだ!」
ゴズは断ち切る。
「ここを突破すれば、本土はがら空きだ!……輸送隊を迂回させろ! 攻撃目標はプレート本土だ。そうすれば戦力を防衛に裂かせることにもなる」
予想通り、本土を守っているのは防空軍とごく少数のアルス艦艇のみだった。
アル・カーヒラはもはや隠した切り札もなく、背水の陣なのだった。
十分も待たず、人民合衆国航空隊とアル・カーヒラのアルス艦隊は衝突。
正午を目前にして全面的な交戦に入った。
7
『輸送機が迂回しようとしている! 落せ!』
グリエルモが指令を発する。
斜め後方の部隊が動くが、全てをカバーできるものではない。
『突破されます!』
戦火が空を覆う。無数の閃光が入り乱れ、あちこちで爆発の火花が散る。
激戦の最中、アルジャノンは遠く離れたマンフレッド号に指示を出した。
『ブレイク、セリム! 聞いたとおりだ!』
「おうよ!」
『追いかけて数を減らせ! 輸送機を……』
8
アル・カーヒラ上空。
複合攻撃機シルバースターが澄み切った青い空を旋回していく。
まるで湖に黒鳥の群れが戯れるかのように。
けれども現実はのどかには程遠い。
黒鳥は銀の星の印とエレメントガンを備えていた。
パトリシア・グランリュートはハロルド号のコックピットで操縦桿を握りしめていた(ブレイクとセリムのお下がりであった)。そして甲板ではエレメントガンを携えた、アフロとモヒカンがたむろしている(彼らのボート級六番は、三ヶ月前のプラネット3‐4の戦闘で撃破され、全壊していた)。皮肉なことに自分をリンチしようとしたこの二人が、今は頼みの綱である。
『だからさァ、何べん言えば判るわけ?』
『判らぬものは、判らん』
二人の外人部隊兵士は激しく議論を戦わせている。会話はコックピットにも聞こえてくる。その内容が彼女に動揺を誘う。
『メイドキャラは、かわいい系のパンツだろ、やっぱ』
『君はエレガンスの美学を理解していない。黒いレース以外にありえぬ!』
『なんだと、この鶏ヤロウ……幼女にエレガントな下着なんて、ぜってーおかしーだろーが! 縞々パンツかクマさん模様くらいが……』
外人部隊。ならず者たちの集団と見られる一方で、マニアと偏執狂の軍団という見方もできる。あのブレイク・ハートにしても、軍務をこなしながら「趣味で」博士号取得を目指している時点で普通でない(打ち込んでいる対象が学問だからインテリとして分類されるだけで、本質は似通っている)。
『水玉のパンチラ、かわいいだろうが! どうしてそんな簡単なことが……』
必死で釈明するアフロに、モヒカンは見下すように肩をそびやかした。
『ロリコンは黙れ。メイドは淑女の職業と昔から決まっている』
『っるっせーぞ、この熟女マニアが!』
アフロはついにキレたようだった。サインペンで顔を書いた、鎖付きの真ん丸い鉄球を振り回そうとする。モヒカンは気取った仕草で剣の柄に手をかける。
『決闘か、それもよかろう』
しょうもない議論は喧嘩腰に過熱している。今にも暴力沙汰が始まりそうだった。
(ふ、不安……すごい不安。この人たち、大丈夫なのかしら……絶対に頭がおかしい……)
パトリシアは両手で頭を抱える。
しかも初陣である。同じ船でも貿易船とは根本的に違うのだ。
(どうなってしまうんでしょう? どこで道を間違え……)
後方待機……安全なようでいて、必ずしもそうではない。
もしも敗戦し、アルス艦隊が脱出してしまった場合……逃げ遅れる危険が大だった。
それでもまだ快速艇に乗っている分、脱出のチャンスがあるだけ幸運だろうか。万が一占領されれば、プレート地上の人員は絶望的である。塔でライフル片手に敵を待ち構えている、防空軍のフェデリコや少年兵のヤコブ君、対ゴーレム戦に備えているドン・クーフーも命があるまい(敵軍につかまれば百パーセント、戦犯として処刑される)。
けれどもパトリシアだって簡単には逃げられないのだ……息子がプレートにいる以上は。抜擢されたことにはその辺りの事情も考慮されているのだろう。
彼女はイヤイヤするように激しく頭を振る。
(ああ、自爆装置があるのなら、一思いに何もかも終わりにしてしまいたい)
レーダーに反応があった。
「あ、あのう!」
『あん?』
戦闘員たちの凄みのある声に惧れをなしながら、パトリシアは勇気を出す。
「て、敵です」
『ぬ』
『ふむ』
二人のならず者は一秒で戦士の顔に戻る。態度を一変してキビキビと戦闘準備に入る。
(敵が来てほっとしてるわたしって、いったい……でもこの人たちは……)
破局が差し迫る中でパトリシアは場違いに自問自答するのだった。
9
マンフレッド号は合流した味方の快速艇と共に輸送機の群れに攻撃を仕掛けていく。
攻撃は主にセリムの担当であった。
「駄目だ! 数が多すぎるぜ!」
ブレイクは単発射撃で手助けしている。
「よし、もう一回ロクシアスを起動する」
『出来ないよ。回路の疲労が……それにブレイクだって……』
「やってみなけりゃ、わからねえよ」
ブレイク・ハートの体が再び金色に輝き始める。
しかしそれが限界だった。じきに光は失せてしまう。
通話機から、スイッチをパチパチやる音とセリムの声がした。
『回路が反応しなくなった……焼ききれたんだ、たぶん……』
「ちくしょうが!」
ブレイクはスターバックを再度狙撃モードにし、狙いをつける。
威力が落ちている上に、なかなか当たってくれない。命中してもしばしば弾かれてしまう始末だった。新型の全翼機は動きが速すぎるし、輸送機は輸送機で守りが堅い。
せめて万全であったならば。
ロクシアスによる一撃で、力を使い果たしているのが致命的だった。
「ええい! なんで落ちねえんだ、あいつらはようっ!」
『とにかく輸送機を落そう! 接近してロケットをぶつける!』
事態を察した防空軍は迎撃に動いていた。
危険を冒してプレート上空の空域から踏み出してきたのだ。
「落ちたら、死ぬな」
「ええ、下は辺獄ですからね」
「不時着する足場もねえ」
パイロットのルジェロは生きた心地がしなかった。
後部座席のアルス使い、砲撃手兼管制が告げた。
「回避に専念してください。わたしが仕留めます」
シルバースターの左右の翼には一対のエレメントガンが控えていた。
これこそアル・カーヒラ防空軍の目玉だ。純粋なYP複葉機ではなく、アルス艇との複合である。それぞれ得意分野を担当するわけだ。標準人とアルス使いが対立するルテティアには実現不可能なプランだった。
10
プレート本土。
本来なら大市が立つ日の真昼だというのに、バザールのエリアは森閑としている。
ルテティア勢の侵攻のせいで人々は息を潜めている。
けれども戦うために、避難所を抜け出した少女がいた。
(今日でわたしの世界が終わる)
ブランシュは電磁ライフル・アルテミスを抱いて、煉瓦の建物の屋上に待ち構えている。
(黙って殺されるなんて嫌。世界が狂ってるのに、まともでいろなんて無理よ)
その銃は父親の形見だった。
彼女の父親は、ルテティアに打ち合わせで呼び出されたまま帰ってきていない。多分、粛清に巻き込まれて殺されてしまったのだろう。母親はとうに他界していた。
「このプレートも滅びて、みんな死ぬ……戦って死ぬの」
暗い瞳で呟く少女の小さな肩に放電の火花がパチパチ散っていた。
11
第二防衛線での空戦は性能だけならば五分だった。
けれども数で劣っている。人民合衆国の別働飛行隊はついに防衛ラインを突破した。
プレートに迫る輸送機にはゴーレムとマムルーク軍(薬漬けの奴隷軍人部隊)が出番を待っていた。
敵はついにプレート本土に上陸する。
その兵士たちは生きながらに死んでいた。
すすんで薬漬けの人形になり、心に人工の天国を受け入れた。
束の間の永遠と引き換えに魂を売り渡し、「今」の苦しみから解放された。
彼らは疲労も痛みも感じなかった。
二度と思い悩むこともなかった。
腕や足が千切れようが、背骨が折れようが一向に構いはしない。
命令どおりに、プレート制圧作戦を敢行する。
ハラワタを引きずりながらも、命を顧みることもない。
彼らは理想的な兵士であった。
12
マンフレッド号はアル・カーヒラの上空にまで差し掛かっていた。
『セリム、ちょっくら地上戦をやってくる』
武装の多いマンフレッド号なら、ブレイクがいなくとも戦うにさして不都合はない。
「だけど……ブレイクは力が」
『単発のスターバックなら、ピンポイントで撃ちゃ、どうにか戦える。接近戦ならまだやれるし。オメーは上空で防空軍を援護してくれ』
止めて聞くわけもない。
しかもアル・カーヒラがこのまま敵に占拠されれば、逃げる場所もなくなるのだ。
だからセリムはあえて止めなかった。
「わかった。死なないでよ」
マムルークの奴隷兵士たちは一様にグロテスクな樹脂の仮面をつけていた。
旧式の銃で一斉射撃をかけてくる。
「てぇい!」
巻き起こる炎が飛来する弾丸を消し飛ばす。
ブレイクはマムルークたちを、三節棍でなぎ倒した。
「俺たちゃなあ、人間に下げる頭なんて、持ち合わせちゃいねーんだよ」
アラビアン・アーツの教えにはこうある。至高者(アッラー)にのみ、絶対的に帰依せよと。裏返せば人間を相手には魂を売らないこと、人間による人間の支配を否定したことになる。
この世界では互いに意志が衝突し、渡り合う歴史が永久に続いていく。そうでなくては諸々の美徳、戦う勇気や運命を開く知恵も、人間的な信義や魂の高貴さもありえない。
だから世界が本質的に善である事を信じ、一生を戦い抜くしかない。
彼は英雄の教えを継承した勇者だった。自分の意志を放棄するなどありえなかった。
だが劣勢は明らかだ。プレート本土の陥落は時間の問題であった。