レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

第十四話 帝国からの来訪者/プレート地上戦


 水色一色の空。
 洗骨した頭蓋骨のように白い月。
 ブランシュ・ノスティッツは恍惚として銃を乱射していた。
(死ね、死ね、みんな死ねっ!)
 引き金を引くたびに、奇怪なマスクの兵士たちが倒れていく。ある者は頭を吹き飛ばされ、胸板をぶち抜かれて転倒する。真っ二つになる者もいる。
「ずっとずっと! あなたたちが憎かった、嫌いなのよ! 死んじゃえ!」
 ブランシュはアルスを振るう、力と快感に酔いしれている。
 ここまでの力があるとは、自分でも思ってもみなかった。最初はびっくりしたが、すぐに自然なこととして事実を受け入れていた。溢れ出す狂気と共に。
「アッハハッ!」
 笑いが止まらない。楽しくて愉快でどうしようもない。
 何人射殺しただろう?
 ゴーレムも、正確に関節を撃ち抜いて何体か壊している。
 まるで誰かに操られているようだった。意識の裏に隠れていたもう一人の自分に、体を乗っ取られたみたいだ。それはきっと美しい堕天使なのだろう。
(このまま消えてしまえたらいいのに)
 うっとりとそんな考えがよぎる。
(このまま黒い天使になって、心がなくなってしまったらいい……)
 頭の根っこのところがぼんやりとしてしまい、恐怖も疲労も、何も感じなくなっている。惰力で転がり落ちていく車輪のように止まらなくなってしまう。
「人間風情が! 生意気なのよっ!」
 これが体の奥に潜む、雷帝神族の血なのだろうか?
 最強の異種族の姫君、全てを踏みしだく魔界の女王様に変貌している。杖のかわりにエレメントライフル・アルテミスを振りかざしている。
「そうよ、わたしが殺してあげる! 感謝しなさい! 豚どもッ!……跪け! 逝ってしまえばいいの……這いつくばって、這いつくばって、くたばってしまえばいいのよ……」
 年頃に似つかわしくもない、妖艶で邪悪な微笑を浮かべている。十三歳の美少女はためらいもなく、命を奪う引き金を引き続けていた。

 不思議な感覚だった。自分の中に他人がいる。
 過去の祖先から引き継いできた魂なのだろうか。
 自分の意志が自分の意志ではない。
 どうやら心に宿る自我は一つではないらしい。
 数え切れない悪霊にとり憑かれているようだった。
 悪霊たちは呪いをかけるように闘争を命じている。
 そのくせ自分たちが命じた闘争を歎き悲しんでいるのだった。
 肉体を失った魂たちは生きている子孫の中で互いに争いあっている。
 乱反射する自我の合わせ鏡を遡っていけば、因果の起点にまで辿り着けるのだろうか。
 それとも「終末」が見えるのだろうか?



 上空にはノスチーノの戦艦。無数の砲門でハリネズミのように光線を放つ姿はまさしく空中要塞であった。味方の複葉機はなすすべもなく落されていく。
 マンフレッド号のセリムは鼻の奥に焦げつくような感覚を覚える。

 手をつないで横一列になって、追い立てられて平原を歩かされた記憶。
 地雷を除去するために。
 左七メートルで爆発が起き、目の前まで千切れた腕が転がってきた。
 心臓がおかしくなったのは、死ななかった報いだと思っていた。
 試作品の、機械の心臓を移植する手術をしたのはその二年後。
 本当は何ともなかった心臓を切り取られた(変調は心因性のものだった)。
 そして彼は今でも生きている。

(あのときとそっくりだ、お前らは……あの追い立てた兵隊たちに!)
 ほとんど生理的な反感だった。
 セリムの唇に引きつれた笑みが走る。
「どっちの運が強いか、試してみようじゃあないか?」
 少年時代の異常な体験は今でも彼に強迫観念の影を落としている。
 彼は試さねばならなかった……生を実感するために。それは心の病である。
(死にたくない! 生きていたいんだ!)
「ぼくは生き残るッ!」
 まるきり矛盾した叫びを上げて、セリムは操縦桿を倒す。
 マンフレッド号は特攻をかけ、空中戦艦のブリッジにめり込んだ。



「ブレイク・ハートと見受けるが?」
 その男は人間種族ではなかった。
 青銅のような髪を褐色の首筋に躍らせた姿は威容が備わっている。全身を金属の甲冑で煌びやかに固めている。帝国の武神族(マーウォルス)であった。彼らのラティウム公国(帝国の選帝侯国の一つ)は傭兵稼業でも有名である。
「どうして……」
 武神族の男は赤き覇獣に答えた。
「傭兵稼業さ。ルテティアの人間どもに雇われたんだ……プラネット3‐4のときには話が決まっていて。あの戦いも、貴様らの力を削ぐための策だったんだそうだ。だからルテティアはあのとき、ほとんど軍を出さなかっただろう?」
「待てよ。あのヒューマニズム原理主義の奴らが、お前らを雇うなんて……」
「現に我輩がここにいるだろう? フン、政治とモラルは別物さ」
 国内では異種族を弾圧しながら、異種族の外国とは協力する。ルテティアの無節操な方便には限度がない。現実はそういうものだった。
「それで、お前らに何の得がある?」
 ブレイク・ハートは皆既日食のコロナのような静かな闘気を漲らせている。
 武神は質問に声を立てて笑った。
「言っただろう、金さ。貧弱な人間や木精相手に楽な戦いで稼げるなら、いい商売だろう? アル・カーヒラが崩壊すれば、ストロモフカを手に入れられる。人民合衆国とやらには、どうせ受け皿はないのだからな……もちろんキューレボルン侯国になど渡さん。我々の公国の属領にするのだ」
 この戦いには帝国内部の勢力争いまで絡んでいるらしい(世界はリンクしている!)。
 男は幅のある両刃の大剣を背中から抜き放つ。
「だが一番の目的は『狩り』だ。貴様のその赤い毛皮をはいで、兜飾りの帽子にしたいとかねがね思っていた。……会えて嬉しい、今日は吉日だ!」
 武神のアルスが発動される。並大抵の気迫ではない。
「ほざけ!」
 ブレイク・ハートは紅炎のような全身の毛を励起させる。太陽風のようなオーラが放散される。彼はサイコキネシスの衝撃波を炎の一振りで薙ぎ払った。ぶん回した三節棍でそのまま打ちかかっていく。
 銀色の剣撃と炎の打撃が入り乱れた。銅鑼のような衝突音が早鐘を打つようにこだまする。無数の火花が瞬く様は壮絶であった。気合を入れるでもなく、速度だけが極限まで上昇していく。常人の目には眩い光芒が増していくとしかしか見えまい。両者の間に輝く空間が出現し、ただ光と熱だけが放射されている。
 三節棍の痛烈な一撃が兜を弾き飛ばす。
 その刹那……武神は剣で、空中の兜を叩く。変形した兜は砲弾のようにブレイクを襲う。ブレイクはジャンプして身を避ける。
「おおッ!」
 武神は勝負に出た。鋭い踏み込みを刻んで、鉄塊の如き剛剣が強引に振り下ろされる。大気を鳴動させ、風圧が唸りを上げる。狙いはブレイクの着地点だ。だがブレイクははしっこい。横に転がった。
 目方のある大剣の打ち込みは地面を二つに割った。
 ブレイクは回転しながら棍で地面を叩く。弾みで上方に飛び、高飛びの要領で敵の頭上を飛び越える。着地しない。再び地面を棍で叩き、反動でホバーリングする。空中でアクロバティックに回転して、土星の輪のような火炎の半円を見舞う。
 その背面への一撃を、しかし男は前転してかわした。それでもかすめた棍の先が火花を散らす。身のこなしは秀で、互いに距離をとってすぐに体勢を立て直す。
 相手を倒すために双方迫る。両者とも闘争心を爆発させて。
 ブレイクは足で火炎を蹴りながら、三段跳びで接近する。いきなり三節根を投げた。地面すれすれ、敵の足許に燃えるフリスビーのように攻撃する。武神はとっさに反応してしまう。防御のために剣先を下げる。ブレイクは素手で突進していく。金色の眼光は殺気に閃いている。
「うおおおッ!」
「ッあああ!」
 互いに必殺の気合で衝突した。
 ブレイクは素早く突きこんでくる片手を伝う。さっきの投擲はそのためだ。枝を走るリスのように。スライディングキックで、腕伝いに顔面を狙った(もう頭を守る兜はない)。とっさに首を曲げてかわす武神。だが蹴りはかわせても炎までは防げはしない。ブレイクはさながら小さな太陽である。頭の半分がパッと燃え上がり、一瞬で消し炭になる。脳を焼かれては生きておれない。
「焼死ッ千万ッ!」
 着地したブレイク・ハートは自分の黒い喉元を爪のある親指で切る。まさしく勝利の雄叫びであった。

 かくして帝国の傭兵は戦場での自然な死を遂げた。まだ生きているブレイクに、戦いは続いていく。直後にエレメントガンの銃撃をくらい、慌てて遮蔽物の陰に転がり込んだ。



 ブランシュは鼻がむずがゆくなった。
 手で触れると鼻血が出ていた。服が血まみれになっている。
(あ、わたし脳が壊れたのかも)
 ふとそんな気がする。頭の中で硝酸の小瓶が割れたみたく。目や耳から融けた精神が流れ出しそうだ。灰色の瞳孔は死者のように散大している。
 細い体がとても重い。華奢な造りの膝がガクガク震えている。はりつめた腿とふくらはぎの筋肉が疲れを訴えている。関節に水が溜まったみたいで、ぎこちない引っ掛かりを感じ、うまく動けない。それからあの黒い翼、小さな背中の刺青も焼けつくように痛かった。
(とっくの昔から壊れてるんだ、わたしは……)
 目がかすんで暗くなる。寒気がしている。骨の芯まで冷えていくみたいで肌が粟立つ。高いところから落下していくような、落ちていくような不安に襲われる。ぬるい空気中を漂っている微細な電流の刺激が全身の肌を刺している。まるで数千年の歴史に堆積した、断末魔の残留思念がまとわりつき、覆い被さってくるようだった。
 呪われていることを確信する。生まれたときから呪われていたのだ。
(もういいや……終わりにしよう。楽になりたい……わたしも悪霊になろう……)
 ブランシュはライフルを自害する刀のように白い喉に当てる。
 遠くで音楽が聞こえた。その音律は知っている響きによく似ていた。
 知っている電磁パルスの思念も混じっている。
『急げ! あいつらがまだ生きているうちに!』
「あ……」
 ブランシュは手からライフルを取り落とす。目に涙が溢れてしまった。



 個人の死闘の勝敗など、めったに大局には影響しない。
 決闘という形式からして時代遅れ。
 巨大すぎる舞台でものを言うのは物量だ。
 勝利にも関わらず追い詰められていく。それこそ最悪である。

 ブレイク・ハートはマイセン三機に包囲され、死に物狂いである。
 アルスの力も底をつき、スターバックはもう撃つことができない。炎の失せた三節棍の一撃は装甲に虚しく跳ね返るばかりである。囮になって敵をひきつけるのが精一杯。
 やがて殴り飛ばされ、地面に転がる。
 起き上がろうとした目の前に、白いゴーレムがカッターブレードを振りかぶっている。
(やられる……)
 ダメージが足にまで来ていた。もう攻撃をかわす力も残っていないだろう。
(ここまでか……あっけないもんだ)
 観念しかけたそのとき。
 突如。巨大な影が体当たりし、ゴーレムを吹き飛ばした。
「こいつは……」
 ブレイク・ハートは息を飲んだ。
 身の丈はゴーレムと同じくらい。しかし構成している物質は水で、表面がゆったりした衣服が風にそよぐように波立っている。胸の前辺りではホログラムで映し出されたモニターが明滅している。
(どうなってやがるんだ? 今度は……)
 これはキューレボルン水妖侯国の液体甲冑。それも一体ではなかった。
「ブレイク・ハート、無事か?」
 しかも知っている顔だった。ストロモフカ(プレート4)警備軍の木精兵士たちだ。
「フッガー大尉?」
 ブレイクは目を疑ってしまう。
 今は敵なのか? ならばなぜ助けた?
「遅くなってすまない。お前らのところのビーバーの提督が、うちの統領を説得したんだ……それと帝国の特使たちも……」
「帝国の使節が?」
 おそらくはストロモフカへの降伏勧告のためだろう。
 なぜ急にアル・カーヒラに協力を?
 わけがわからないブレイク・ハートに、フッガーはコワモテに笑みかけた。
「ほら。お前のツレの、カレル・ノスティッツが副使でな」

 サラーフ・ネルソン提督が引き連れてきたストロモフカの艦隊が、側面から長距離の精密砲撃を開始していた。海兵隊は主にプレート本土の防衛に廻っている。
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