レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

 アレキサンドリア号の同型艦パレルモ号は、ネルソン提督の一時的な旗艦となっていた。
 ネルソンはプレート上空、パレルモ号のブリッジから統領官邸に報告する。
『独断でキューレボルン侯国と、対ルテティアの暫定協定を結びました』
「ふむ」
 提督と統領は互いに顔が見えなかったが、どんな顔をしているか予想がついた。
『軍法会議は覚悟しております』
 帝国構成国と協定など結べば、帝国内部の対立や紛争に巻き込まれかねない。
 けれども帝国とは、遅かれ早かれ戦争になる可能性がある。その際にたとえ一国であったとしても、敵陣営にこちらに好意的な国があればかえって有利にもなりうる(参戦せずに中立を守ってくれたり、講和の仲立ちをしてくれるだけであっても効用は大きいだろう)。それにキューレボルン侯国ならば、うまくいけば完全に味方につけることも不可能ではない(君主制の国ではあったが、自治や元老院の制度が発達しており、実態は共和制に似通った一面がある)。
 第一に、この一戦でアル・カーヒラが主権を失えば、将来もへったくれもありはしない。
 みすみす絶好のチャンスを逃すとすれば、それこそ裏切りに等しいだろう。
 だからネルソンの政治的判断と行動は、あながち間違ってはいなかった(しかも統領のマフムート本人が、一応は事前に外交権限を与えている)。
「上出来だ。詳しい話は後で聞こう」
 マフムート・パシャはそう結論した。

『ところで、パレルモ号に移植したロクシアス・システムは?』
「はい。問題ありませんが……」
 ネルソンは不吉な予感が脳裏をよぎった。マフムート・パシャは粛然として命じた。
『ロクシアス・プランCを準備せよ』
「ま、まさか……」
 ネルソンはいきなり冷や水を浴びせかけられたようになる。
「まさか、味方ごと……」
 現在、沖合いの空域では敵味方入り乱れて交戦中である。もしもネルソンがロクシアスを使えば、味方も無事ではすまないだろう。最前線にいる者たち、特にアルジャノンの率いるモスク・ルージュの外人部隊は。
『……念のため、だ。最悪の場合のことは、常に考えておかねばならん』
「しかし……」
『犠牲がやむをえぬときもありうるのだ。万が一、逆転できぬ場合には、外人部隊に死んでもらう』
 ネルソンはぐっと黙り込む。
 合理的に考えれば、理屈はその通りだった。負けてプレートが占領されるくらいなら、外人部隊や一部の味方を生贄にしてでも勝利せねばならない。……もちろん必要ならば、自分自身が捨て身で攻撃することも勘定に入れねばならない。高潔な人柄のネルソンからすれば自分が特攻する方がマシであった。
「ならば我々、海兵隊が突入して……」
 いくらキアラの愛を巡る確執があったとはいえ、アルジャノンは盟友である。チャペル・ブルー海兵隊の提督サラーフ・ネルソンは信義を重んじる男であった。
 マフムート・パシャは穏やかに慰め、宥めるように言った。
『海兵隊には、引き続き本土に上陸した敵を一掃してもらう。いざというときのためだ。それに、都合のいいチャンスがないとも限らん。その好機をつかめば、外人部隊を死なせずに済む』
「……了解しました」
『共に武運を祈ろう』
「はい」
『彼らの脱出のために、もちろん時間の猶予は与える』
 その言葉にネルソンは顔を輝かせた。
「ありがとうございます!」
『だが覚悟はしておいてくれ』
 通信が終わると、サラーフ・ネルソンは二人の兵士と甲板に昇った。一人は人間で、もう片方は木精だった。提督はおもむろに訊ねた。
「メッカはどっちだろう。なんならヴァチカンかエルサレム、ブッダガヤでもいい」
 いずれも辺獄の闇に沈んだ聖地の名であった。この天空の世界では、古い時代の宗教は一つに融合している。種族やプレートによって違いはあったが、あくまで表面的な形式や宗派の違いに過ぎないとされる(ゆえにこの時代には宗教戦争などは少なかった)。
 木精の兵士がコンパスと緯度計を見て答えた。
「メッカはあちらの方かと……」
「うん、ありがとう」
 ネルソンは甲板の上に跪くと、静かに祈り始める。頭を何度も地面に擦りつけるようにしている。二人の兵士も立ったまま、厳粛に頭を垂れる。
 苦しいときの神頼み。
 とっくに打てる手段は打ち尽くし、出来る努力はやりつくしていた。
 特別信心深い自覚もなかったが、もはや彼らにできることといえば、戦友たちの幸運を祈るくらいのものなのだ。昼寝をしてチャンスを待つには彼らは生真面目だっただけのことである。そもそもくつろげる精神状態でもなかった。
 共同食事の晩餐での「感謝の祈り」などをはじめ、古風な習慣が身に付いているせいもあるのだろう。戦没者のための追悼ミサでは、ネルソンは自らパイプオルガンで葬送曲や賛美歌を演奏する。…………客観的に見れば、彼ら海兵隊は「共和国最後の修道騎士団」と目されていた。外人部隊の「山賊団」と異なり、こちらは皮肉よりも賞賛の意味合いが強い。戦闘力・品位共に最上級の精鋭であり、特に一部の帝国貴族たちからは親近感さえもたれている。
 彼らは一心不乱に祈祷する。
(勝利のためとはいえ、友人を自分の暴風で吹き飛ばしたいでしょうか?)
 ネルソンは床にぶつけた額から血を流していた。もはや運命を拝み倒すしかない。
(ああ、神さま! お願いですから、そんな酷いことはさせないでください)

「ふっ、ネルソンめ」
 戦場の甲板。アルジャノンは額の汗を拭って獰猛な笑みを浮かべる。
 盟友の強烈な思念を、遠くかすかに感じ取ったからだ。
「これではサボるにもサボれないじゃないか……」
 モスク・ルージュの総長は赤い旗艦の八連装近距離砲から、凄まじい電光を放射する。
 まるで超新星爆発のようなものだ。それこそ回避不能の面攻撃に近い。散弾銃で吹き飛ばされた雀のように、四機の敵機が粉微塵になる。同時に右手の荷電粒子砲が一条の閃光をほとばしらせて、頭上に迫った二機を蒸発させた。
 そして断末魔の叫びを感じ取る。
「ゲームオーバーだ、お前らは! 運が悪い奴は死ぬだけだ!」
 死霊たちの苦悩の残響など意に介さない。何十年もかけて慣れきっている。
(殺しに来るなら百万回でも殺してやる!)
 四方八方を雷電で乱撃する。
(黙れッ! やかましいぞ、ハゲがッ! 用があるのは生きている人間だけだ! 歴史を紡ぐのは死者ではないッ!)
 酷薄さがどれほど救いになるか判らない。
 人には生来の残酷さ、もしかしたら嗜虐性さえあるだろう。
 生ける者皆平等に、「あなたもわたしも泥人形」。
 この男の本質は正真正銘、共和制原理主義の「魔王」であった。



 祈りは天に通じたらしい。
 半時間後には主戦場の空域で、援軍を得たアル・カーヒラ軍が優勢となる。プレート内の敵も徐々に掃討されかけている。

『提督! 追撃せよ!』
 統領の指示を受けたネルソンはパレルモ号に進撃を命じた。
 プレート上空の縁から、近づいていた戦闘の最前線へと突進していく。

 プレートに引き上げる外人部隊の旗艦プロメテウス号とすれ違って。
 アルジャノンは海賊の首領さながら、大型のハルバートン(槍斧)を片手に手巻き煙草をふかしているところだった。
「ようっ、総仕上げか?」
「アレキサンドリア号の仇をとる!」
 この青服のビーバー、真面目なだけに執念深く根に持つタイプである。
 甲板で怒鳴りあった次の瞬間には、アルジャノンは後方に飛び去っていた。

 上手い具合に、強制動員されたアルス使いの船は左右に分かれていた。
 その隙間から、ストレートに本陣を狙う。
 ネルソンの増幅されたアルス、巨大な竜巻が、追い立てる鞭のように襲いかかる。轟音を立てて旋回する大気の車輪は、巻き込んだ飛行機を石臼のようにすりつぶしていく。あおりをくって墜落する者も数知れず。
 ベルナール・ゴズとボナパルテの乗った旗艦も窓ガラスが軒並みに割れた。
 敵は散り散りになって逃げ去るしかない。
 人民合衆国軍は出陣していた航空部隊の過半(全兵力の三分の一近い)を失う大敗北を喫することとなった。



 撤退中のルテティア旗艦のブリッジ。
 一人の高級将校がベルナール・ゴズに旧式の拳銃を突きつけていた。他にも同調した三人の士官が控えている。他の者たちは固唾を飲んで成り行きを見守っている。
「敗戦の責任はあなたにあります……あなたが我々を騙した」
「ほほう」
 ゴズは椅子に膝を組み、取り乱した様子も見せなかった。割れた窓ガラスからの冷たい風がそよいでいるせいか、凍てつくような場の空気だった。
 反乱した将校は怒りに顔を紅潮させて銃を持つ手を震わせていた。
「しかも上陸作戦中の兵士たちを見殺しにした!」
 ゴズは顔色一つ変えなかった。簡潔に言い返しただけだ。
「無責任なのは君たちの方だろう?」
「無責任? わたしたちが?」
「もし本当にまずいと思うのなら、どうしてわたしに従った? 本気で嫌ならば、最初から命がけで反抗しても良かったのではないのか? その勇気も判断力もないから、ノコノコとついてきた。挙句の果てに失敗したら、全部がわたしのせい? 冗談じゃあない!」
 ベルナール・ゴズは堂々と抗弁する。
「上陸中の兵士が気になるなら、どうして撤退前に止めなかった? 貴様は自分の命が大事だったんだろう? それが後ろめたいから、こういう愚かな行動に出る!」
 反乱した士官たちは言葉に詰まる。
「わたしにだけ罪があると思うなら、こんなふうに話などせずに撃てばよかった! それができないのは貴様らに迷いがあるからだ!」
 ゴズは喝破し、いきなり銃を抜いて発砲する。
 足を撃ち抜かれたリーダーの将校はその場に崩れ、へたり込んだ。
「この国家火急のときにくだらんヒステリーを! 反乱? ふざけるなッ! ルテティアに帰るまで、営倉で反省しておれッ!」
 すぐに憲兵が四人を引っ立てていく。
 空気を読み、匙加減する技量は抜群である。場の支配で彼に敵うはずなどなかった。



 アル・カーヒラのプレート本土。
「勝った、のか……」
 フェデリコは泥と煤で汚れた顔を手の甲でぬぐった。
 足許にはさっきまでマウントパンチをくらわせていた、帝国の傭兵が伸びている(猪のような土精の大男である)。腕力で勝っていても、技量ではアラビアン・アーツに太刀打ちできなかったらしい。操っていたゴーレムを破壊され、本人もボコボコである。
「そのようだな。あとは『掃除』だ」
 クーフーはバズーカを担いだまま、鷹揚に応じる。
「まだ油断するなよ」
「ああ、旦那」
 フェデリコは旧式の銃にホローポイントの弾倉を叩き込む。
 クーフーは二秒だけ青い空を見上げて呟く。
「この天空の世界が天国でないのなら……天国はどこにあるのかな」
 フェデリコは変な顔で呆れる。
「勝ったのに、どーしてネガティブになってるんだよ? ここは天国と呼ぶには高さが足りないだけさ」
「……もう数千年も、似たようなことを繰り返している。無明時代はまだ終わっていないんだ。たまにやりきれなくなる」
 クーフーはいつになく遠い眼差しだった。
「ま。お前が言うみたく、人類はだんだん向上しているとでも信じたくなるが。……ところがこの『夜明け』時代の歴史は永遠に終わらないんだな、これが」
「なんだよ、それ。見てきたような口ぶりだな」
 ドン・クーフーは肩をそびやかす。
 フェデリコはからかわれていると思ったらしく、声をあげて笑った。

 彼らは冷めたピザで小腹を膨らませ、再び戦いに帰っていった。
 永遠の闘争である。彼らは戦士であった。
 プレート本土での残党掃滅戦は散発的に夜半まで継続された。


10
 翌日にはアル・カーヒラの首脳はキューレボルン侯国の特別使節と会談した(使節の一行にはカレル・ノスティッツも含まれていた)。一週間弱の協議の末、「対ルテティア防共協定」と「通商条約」が結ばれることとなった。
 ストロモフカもまた侯国に一部のプラネットを貸借した上で、同様の条約を結ぶこととなった(事実上の保護国化も含まれるため、ストロモフカは名目上、侯国と共和国の両方に属することになった)。
 キューレボルン侯国が協力的だった理由は、他の帝国構成国との競合が原因であったらしい(帝国内部の主権国家同士でも、共和国同様の勢力争いがあるのだ。後には共和連邦の準加盟国になることになる)。
 新共和連邦が正式に発足したのは一ヵ月後。
 それにより天空の世界は三大勢力の拮抗する時代に入ったのであった。
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