レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載
6
翌朝。
トーストを焼こうとしたものの、なんとなく違和感があった。
そうだ、これでは食い足りない。
ブレイクはまだ眠っているセリムの枕もとに書置きし、そっとハロルド号のキャビンを抜け出した。アップルパイとパンプキンパイの紙袋はテーブルに置いていく。
向かった先は広場のオープン・カフェだ。
小春日和で風も凪いでいたから、マントをつける必要もない。元々寒さには強いものの、昨晩は小雨までが降っていたのだ。それももうやんで、空は明るく晴れわたっている。砂利道舗装の路面には水溜りの名残があった。そういえば昨晩遅く、いっとき雨脚が強かった。まどろんでいるときにドックのトタン屋根を雨音が響いていたような気がする。
石や煉瓦造りの家の間の通りを足早に進んでいく。
作戦本部から指定されたカフェは、早朝から各プレートから召集された人々でにぎわっていた。服装はまちまちだったが、多くは襟や胸元にバッジをつけている。急遽設置された椅子とテーブルで食事をとっているのだった。店の規模は通常の三倍にもなっているのだろうか。その中には地元の住民らしき姿もみられた。
事前に支給された食券を出せば、簡素ながら充分な量が食べられる。昨晩は作業中のセリムのことがあったので、プレート3行政部推奨の商店街でパン屋によったのだ。事前に混雑を予測して、色々と準備がなされていたのである。
列に並んで受け取った献立は、大型ホットドックと大盛りポテトサラダ、ホットコーヒー。ブレイクは夢中でぱくつき、ほおばった。皿の上の食物はみるみるうちに、胃袋の藻屑と消え去った。
それからあの商店街でパイと山盛りのマカロニサラダを調達し、新聞も入手した。ブレイクはさっさとハロルド号が待つドックへ帰ることにする。
ハロルド号のキャビンでは、目を覚ましたセリムがココアで朝食をとっていた。
「かえったぜ」
「おかえり」
セリムはベッドの縁に腰かけ、サイドテーブルにカップをおく。やや寝ぼけ眼で暗緑色の髪に寝癖がついている。エメナルドグリーンのジャージに白いカッターシャツを身につけていた。そんなくつろいだ姿に風格はなく、どこか頼りなげで繊細な雰囲気だ。
「おい、サラダ」
ブレイクはそう言ってマカロニサラダのパックを取り出し、スプーンでトーストの皿に二杯ほど山盛る。
「ありがとう。ブレイクは?」
「オレは食ってきた。今からでもカフェにいってきたらどうだ?」
セリムは微苦笑する。まだちょっと寝ぼけているみたいだった。
「ぼくは朝は……ブレイクもココア飲んだら?」
「ああ」
ブレイクは階段を下りてすぐの壁についている、小さな腰かけをひらく。手渡されたミルクパウダー入りのココアを片手に、新聞を広げた。
一面は昨晩のプラネット3‐4の事故と戦闘。二面には「本日中にも仮設住宅村を新たに設置」「プラネット3‐4の復旧目処立たず」の記事。社説では帝国との国際関係悪化が論じられていた。三面で現在の帝国の動向について書かれ、その中に気がかりな小見出しがある。旧連邦のプレートについてだ。
ブレイクはじろっと、新聞の上の辺からセリムをうかがう。
ろくでもないニュースを知らせるべきかどうか、迷う。
本日未明、旧連邦プレートの一つで大規模な武力衝突が起き、裏で帝国が糸を引いているらしいという内容だった。思い起こせば昨日接近したプレートも、かつて旧連邦の一部を構成していたものだ。五年前に帝国が混乱に乗じ、武力で併合したのだった。
セリムは種族間の内戦で分裂・滅亡した旧連邦プレートの出身である。種族浄化によるジェノサイド(大虐殺)の被害者でもあった。母親が木精種族の出身で、父親が人間。だから人間と木精が共存している共和国に逃れてきたのだ。
ブレイクは何食わぬ顔で新聞をめくる。
もっと嫌なニュースが書いてあった。
共和国の木精種族自治区、プレート4で一部の独立派がデモ行進。木精種族の統領とプレート議会は「共和国離脱の予定はない」と言明してはいるが……。
ブレイクは新聞をとじた。
ふと顔を上げると、セリムがこちらをじいっと観察していた。
「どうしたの?」
抑揚がなく、明らかに勘ぐっている声だった。
「いや、なんでもない」
「ふうん」
セリムは切れ長な目を細める。疑惑の眼差しだった。
「ブレイク」
セリムがテーブルに身を乗り出してくる。
「何か隠してない?」
「ない」
「ほんとに?」
「ウン、モチロン」
「隠してるでしょ」
その言葉は問いかけではなく断定だった。
(こーゆーとき、やたらと勘がいいんだよな……)
ブレイクは返答に窮する。気質として、内面が態度に直結しているタイプである。
セリムの骨細な手が新聞に伸び、ブレイクが制止する間もなく紙面を開く。
表情には変化が見られなかったが、目にかすかな怒気が宿っている。押し殺しているだけに、かえって内面の感情の激しさを予感させる。セリムは黙って新聞をおき、ボトルから水を注いで一息に飲み干した。
それから思い直したように、再び新聞を開く。独立運動のデモのところだ。
セリムの紅葉の視線はある名前を注視していた。一秒ののちに顔を上げ、問いかける。
「ブレイク。出航の手続きは?」
「まだだけど」
「昼前に行ってきてくれないかな? ぼくはこれからハロルドの調整を済ませる。できるだけ早く出発しよう」
命令調でこそなかったが、凛として有無を言わせない強い響きがあった。
翌朝。
トーストを焼こうとしたものの、なんとなく違和感があった。
そうだ、これでは食い足りない。
ブレイクはまだ眠っているセリムの枕もとに書置きし、そっとハロルド号のキャビンを抜け出した。アップルパイとパンプキンパイの紙袋はテーブルに置いていく。
向かった先は広場のオープン・カフェだ。
小春日和で風も凪いでいたから、マントをつける必要もない。元々寒さには強いものの、昨晩は小雨までが降っていたのだ。それももうやんで、空は明るく晴れわたっている。砂利道舗装の路面には水溜りの名残があった。そういえば昨晩遅く、いっとき雨脚が強かった。まどろんでいるときにドックのトタン屋根を雨音が響いていたような気がする。
石や煉瓦造りの家の間の通りを足早に進んでいく。
作戦本部から指定されたカフェは、早朝から各プレートから召集された人々でにぎわっていた。服装はまちまちだったが、多くは襟や胸元にバッジをつけている。急遽設置された椅子とテーブルで食事をとっているのだった。店の規模は通常の三倍にもなっているのだろうか。その中には地元の住民らしき姿もみられた。
事前に支給された食券を出せば、簡素ながら充分な量が食べられる。昨晩は作業中のセリムのことがあったので、プレート3行政部推奨の商店街でパン屋によったのだ。事前に混雑を予測して、色々と準備がなされていたのである。
列に並んで受け取った献立は、大型ホットドックと大盛りポテトサラダ、ホットコーヒー。ブレイクは夢中でぱくつき、ほおばった。皿の上の食物はみるみるうちに、胃袋の藻屑と消え去った。
それからあの商店街でパイと山盛りのマカロニサラダを調達し、新聞も入手した。ブレイクはさっさとハロルド号が待つドックへ帰ることにする。
ハロルド号のキャビンでは、目を覚ましたセリムがココアで朝食をとっていた。
「かえったぜ」
「おかえり」
セリムはベッドの縁に腰かけ、サイドテーブルにカップをおく。やや寝ぼけ眼で暗緑色の髪に寝癖がついている。エメナルドグリーンのジャージに白いカッターシャツを身につけていた。そんなくつろいだ姿に風格はなく、どこか頼りなげで繊細な雰囲気だ。
「おい、サラダ」
ブレイクはそう言ってマカロニサラダのパックを取り出し、スプーンでトーストの皿に二杯ほど山盛る。
「ありがとう。ブレイクは?」
「オレは食ってきた。今からでもカフェにいってきたらどうだ?」
セリムは微苦笑する。まだちょっと寝ぼけているみたいだった。
「ぼくは朝は……ブレイクもココア飲んだら?」
「ああ」
ブレイクは階段を下りてすぐの壁についている、小さな腰かけをひらく。手渡されたミルクパウダー入りのココアを片手に、新聞を広げた。
一面は昨晩のプラネット3‐4の事故と戦闘。二面には「本日中にも仮設住宅村を新たに設置」「プラネット3‐4の復旧目処立たず」の記事。社説では帝国との国際関係悪化が論じられていた。三面で現在の帝国の動向について書かれ、その中に気がかりな小見出しがある。旧連邦のプレートについてだ。
ブレイクはじろっと、新聞の上の辺からセリムをうかがう。
ろくでもないニュースを知らせるべきかどうか、迷う。
本日未明、旧連邦プレートの一つで大規模な武力衝突が起き、裏で帝国が糸を引いているらしいという内容だった。思い起こせば昨日接近したプレートも、かつて旧連邦の一部を構成していたものだ。五年前に帝国が混乱に乗じ、武力で併合したのだった。
セリムは種族間の内戦で分裂・滅亡した旧連邦プレートの出身である。種族浄化によるジェノサイド(大虐殺)の被害者でもあった。母親が木精種族の出身で、父親が人間。だから人間と木精が共存している共和国に逃れてきたのだ。
ブレイクは何食わぬ顔で新聞をめくる。
もっと嫌なニュースが書いてあった。
共和国の木精種族自治区、プレート4で一部の独立派がデモ行進。木精種族の統領とプレート議会は「共和国離脱の予定はない」と言明してはいるが……。
ブレイクは新聞をとじた。
ふと顔を上げると、セリムがこちらをじいっと観察していた。
「どうしたの?」
抑揚がなく、明らかに勘ぐっている声だった。
「いや、なんでもない」
「ふうん」
セリムは切れ長な目を細める。疑惑の眼差しだった。
「ブレイク」
セリムがテーブルに身を乗り出してくる。
「何か隠してない?」
「ない」
「ほんとに?」
「ウン、モチロン」
「隠してるでしょ」
その言葉は問いかけではなく断定だった。
(こーゆーとき、やたらと勘がいいんだよな……)
ブレイクは返答に窮する。気質として、内面が態度に直結しているタイプである。
セリムの骨細な手が新聞に伸び、ブレイクが制止する間もなく紙面を開く。
表情には変化が見られなかったが、目にかすかな怒気が宿っている。押し殺しているだけに、かえって内面の感情の激しさを予感させる。セリムは黙って新聞をおき、ボトルから水を注いで一息に飲み干した。
それから思い直したように、再び新聞を開く。独立運動のデモのところだ。
セリムの紅葉の視線はある名前を注視していた。一秒ののちに顔を上げ、問いかける。
「ブレイク。出航の手続きは?」
「まだだけど」
「昼前に行ってきてくれないかな? ぼくはこれからハロルドの調整を済ませる。できるだけ早く出発しよう」
命令調でこそなかったが、凛として有無を言わせない強い響きがあった。