レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

 二人がプレート2に帰り着いたのは、その日の黄昏時だった。
 飛行場から有線で連絡を入れ、所属機関の事務局に帰還報告に向かう。彼らの組織の建物は複合施設(第一モスク、モスク・ルージュ)の北側にあった。
 モスクは元は集団礼拝の場だったが、学校などの公共施設が付設されて現在の形になった。最も古くからある本体の部分はロの字型をしている。つまり正方形の建物の真中に、正方形の中庭がある格好になる。そして各辺に新しく付け足された建築物がつながっているのだった。
 東側に二つ並行している。やや南に十字架型の小ぶりな礼拝聖堂が生えている。これは古くから増改築が繰り返されてきた。北の辺の延長上には同じくらいに古い塔があり、ここは由緒ある天文気象観測台になっている。機能上、正方形の北にある大図書館と宙につられた橋で結ばれている。ブレイクとセリムの属する事務局はこの大図書館の四階にあった。
 南にはモスク本体の辺と並行して四階建ての洋館が渡り廊下で接続されている。それは魔法学校(セミナリオ)と律法学校(マドラサ)といった上級教育機関である。その南には公園と音楽ホールを兼ねた体育館がある。西側は北の辺を延長する形で病院になっており、西の正面は建物全体の入り口になっている。
 北の大図書館は煉瓦造りの構造物、白く塗られた壁の凹凸と並べられた青いタイルが外面の装飾だ。どことなしに不可思議さは幾何学的なデザインのせいなのだろうか。
 これがプレート2(アル・カーヒラ)の中心施設の一つ、第一モスクである。
 ブレイクたちはモスクを通らず、裏正面口から大図書館に入った。
 裏とはいっても、事実上の正面玄関である。その左右には石膏像がたたずんでいる。片方は書物を片手に柔和な顔立ちで、もう一体は剣を杖がわりにしていかめしい。青銅の扉には不可解な浮き彫りがある。扉上の半円のタンパンにも戯画化された人物の群れがあるのだった。
 全面タイル張りのロビーから正面の大階段をのぼり、途中のおどりばの分岐で左に進路を取る。ロビーを見下ろす形になっている二階の回廊に出る。空中に吊るされたシャンデリアを右手に眺めつつ、飾り気のない片開きのドアを開く。そこは小部屋になっており、寄木細工の床にはラビリンスの模様がある。それは魔法の文様であり、侵入者に迷宮に迷いこんだかのような錯覚を起こさせる。入り口から見て、奥と右側の壁に階段がある。右側の専用階段へと進み、折り返しの踊り場にある認証魔法陣を二つばかりくぐりぬける。
 四階の廊下は西から東へ一直線で、両側にドアが並んでいる。
 二人はそのうちの一つ、学長室のドアをノックした。
「どーぞー」
 部屋の中からの返事はいつもながらに能天気だった。
 二人が部屋に入ると、奥からこちらを向いた大机でアルジャノンが頬杖をついていた。机上にはトランプのピラミッドが積まれている。
 二人は声をそろえて正式に挨拶する。
「ブレイク・ハート並びセリム・トレルビー両名、ただいまプレート3から戻りました」
「うん。お疲れ……あんまり揺らさないでくれ」
 トランプのピラミッドは積みあげて四段目。
 総長アルジャノン・ヒッピアスは丸サングラスで真剣に懇請した。
「ここまできたのは、ひさしぶりなんだ」
 黒い長髪に髭。外見は怪しい奇術師だ。これが学校と大図書館の頂点に立つ総長である。
 セリムは左の壁面を冷たく一瞥した。
 水着やらもっときわどい写真のピンナップやらが所狭しと整列している。金具があるのは来客によってはタペストリーをかけ、この惨状を隠蔽しなければならないからだ。さらに反対側の壁にはダーツの的があり、回りに少なからぬ傷が付いている。最初は入り口のドアに吊り下げてあったのを、職員たちの『危険だ』という指摘で移動したのだ。挙句の果て、天井には古代竜の骨格模型がぶら下がっている。
 諦めたらしいセリムは冗談交じりの皮肉を口にする。
「『崩れたら、また何回でもやりなおせばいい』……以前にご自身で、おっしゃりましたが?」
「されども、最初から崩さないに越したことはないのさ」
 アルジャノンは机の引出しから瞬間接着剤を取り出し、ごく真剣にキャップを外す。かりそめのトランプのピラミッドを、永久保存でもするつもりなのだろうか。
 セリムはその言葉を予期していたようだった。
「ええ、おっしゃるとおりです。それで、その『最初から崩さないこと』の件でお話、いえ、お願いがあるのですが」
 並んで立っていたブレイクはV字眉をひそめて様子を見守っている。両者、セリムとアルジャノンの芯にある頑固さは、超合金なみの筋金入りだと熟知しているからだ。
 アルジャノンはしばし黙り込んだが、次の発言は正鵠を射るものだった。
「プレート4の独立騒ぎかね」
 セリムは図星を突かれて返事に詰まる。アルジャノンは頬杖をやめて身を起こした。
「ちょっと考えれば判るさ。冷静な君のその慌て具合を見ればだ、ね」
 アルジャノンは空いたままの引出しから、一枚の書類を取り出した。
「昼頃に司書、キアラから教えてもらった。独立運動のリーダー格の一人が、旧連邦の同郷人のようだね……ひょっとして、君の知り合いかい?」
「……はい。写真と名前をみるかぎり、おそらくは」
「でも、もう長いこと連絡を取ってなかったんじゃないのかな? もしつきあいがあったなら、君だって先に、それと察しただろうし」
「はい。ほんの子供のころ、家が近くて。それと内戦が激しくなって、共和国に移る前にも、偶然会って何回か話をする機会がありました」
 アルジャノンは「ふむ」とうなずいた。
「それで、君はどうしたいのかね?」
「会って話をきいてみたいと。いったいどういう経過で、こういうことになったのかと」
 アルジャノンは顎の髭をなでた。
「それは、うちの職員としてかね? それとも個人的にか」
「個人的に、です。そのためにしばし休暇を頂ければと」
 セリムがあえて事情をしゃべったのには、余計な疑惑を避ける意図もあったのだろう。秘密裏に接触すれば、当局から独立運動に加担しているとみなされかねない。だが先にアルジャノンに事情を打ち明けておけば、証人にもなってくれるだろう。
 アルジャノンはカードのピラミッドを手でひとなでする。トランプは一瞬で束になり、白手袋の手の中に収まる。素早くシャッフルし、三枚のカードを引き出して並べた。
 オープン。
 カード占いの名手は結果を見て言った。
「では、事務室で書類を書いて、提出しておきなさい。あとで認可しておこう。……それはそうと、ブレイク。この二週間、お前も疲れただろう。三日ばかり休暇をやる。羽を伸ばしてきていいぞ。セリムも三日までは特別休暇扱いだ。でも、四、五日のうちにはもどってくれよ」
 アルジャノンは先ほどの調査書類をセリムに手渡す。
 二人は一礼して部屋を出た。
< 8 / 55 >

この作品をシェア

pagetop