レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載
第二話 禁呪の国の少女たち(前編)/旧知
1
次の日の昼さがり、ブレイクは十日ぶりにいきつけのイタリアン食堂に顔を出した。
窓のついたドアをあけて、からんとチャイムを鳴らす。カウンターのマスターが振り返り、親しげに声をかけた。
「いらっしゃ……ブレイクじゃないか」
このマスターは大柄なパンダであった。ワインレッドのエプロンからはみだした肩には筋肉が盛り上がっている。
「おうよ、アニキ」
ブレイクが「アニキ」と呼ぶのにはわけがある。なぜなら武術で同門の先輩だからだ。その実力、ファーティマ派アラビアン・アーツ伝承者。その昔、金呪を受けてすぐの荒れていた頃に出会い、しばし手ほどきを受けたことがある。武器に三節棍を覚えたのはそのときだ。
「やっぱり、プレート3に行ってたのか?」
「そう! そうなんだ、二週間も警戒態勢だった。昨日の晩に帰ってきたところで……」
二人の会話は俗ラテラノ語のロタリア弁であった。
同じ公用語でもアラビア語と違い、俗ラテラノ語はプレートごとに方言の差が大きい。プレート1(ルテティア)のオック・フレンチ弁やイスパニア弁とならば、ロタリア弁でもまだどうにか会話できる。プレート3・4に至ってはゲルマン弁の系統で、ほとんど別の言語である。ちなみに帝国ではゲルマン弁の分派が多いのだが、イスタンブル・スラヴ弁はロタリア弁やフレンチ弁とはかけはなれており、アラビア語に近い(厳密には違うらしいが)。ちなみにセリムの母語はアラビア語トルク弁で、ブレイクには意味を理解するどころか、発音を聞き取ることすら困難であった(トルク弁で話した場合、アル・カーヒラのアラビア語話者とさえもコミュニケーションに難があるほどである)。
ブレイクはマカロニグラタンを注文する。パンダのマスターはサービスだと言って、食前酒のかわりに天然オレンジジュースを出してくれた。果物全般は好物である。
透明なグラスからストローで賞味しつつ、道行く人々を眺める。「無関係」という奇妙な寂寥感からか、ブレイクはしんみりとした顔になる。
V字の眉がぴくっと動き、彼のゴールデン・アイは一点に引きよせられる。
二人連れの女生徒が肩を並べて歩いていく。十三くらいだろうか。モスクの魔法学校(セミナリオ)初等科の制服ローブを身につけている。午前中に寄宿の学科中等学校(コレジオ)での授業を終えて、これからモスクの魔法学校に専門講義を受けに行くのかもしれなかった。珍しくもない。
しかしブレイクがひたすらに注目したのは赤毛と金髪の二人連れだった。
「どうしたんだい、ブレイク」
グラタンを持ってきてくれたマスターが、不思議そうに呼びかけた。
ブレイクは我にかえる。
ガラスがくもるほどに顔を近づけ、口をあんぐりと半開きにしていた。
「あの子、新入生かな?」
「うーん、そうじゃないかな。そういう季節だし」
マスターが大きな頭をひねる。
「あの子たちがどうかしたのかい?」
「妙に気になって……知ってる気がするっていうか。ちょっとそんな気がしただけなんだ」
ブレイクは難しい顔をした。
次の日の昼さがり、ブレイクは十日ぶりにいきつけのイタリアン食堂に顔を出した。
窓のついたドアをあけて、からんとチャイムを鳴らす。カウンターのマスターが振り返り、親しげに声をかけた。
「いらっしゃ……ブレイクじゃないか」
このマスターは大柄なパンダであった。ワインレッドのエプロンからはみだした肩には筋肉が盛り上がっている。
「おうよ、アニキ」
ブレイクが「アニキ」と呼ぶのにはわけがある。なぜなら武術で同門の先輩だからだ。その実力、ファーティマ派アラビアン・アーツ伝承者。その昔、金呪を受けてすぐの荒れていた頃に出会い、しばし手ほどきを受けたことがある。武器に三節棍を覚えたのはそのときだ。
「やっぱり、プレート3に行ってたのか?」
「そう! そうなんだ、二週間も警戒態勢だった。昨日の晩に帰ってきたところで……」
二人の会話は俗ラテラノ語のロタリア弁であった。
同じ公用語でもアラビア語と違い、俗ラテラノ語はプレートごとに方言の差が大きい。プレート1(ルテティア)のオック・フレンチ弁やイスパニア弁とならば、ロタリア弁でもまだどうにか会話できる。プレート3・4に至ってはゲルマン弁の系統で、ほとんど別の言語である。ちなみに帝国ではゲルマン弁の分派が多いのだが、イスタンブル・スラヴ弁はロタリア弁やフレンチ弁とはかけはなれており、アラビア語に近い(厳密には違うらしいが)。ちなみにセリムの母語はアラビア語トルク弁で、ブレイクには意味を理解するどころか、発音を聞き取ることすら困難であった(トルク弁で話した場合、アル・カーヒラのアラビア語話者とさえもコミュニケーションに難があるほどである)。
ブレイクはマカロニグラタンを注文する。パンダのマスターはサービスだと言って、食前酒のかわりに天然オレンジジュースを出してくれた。果物全般は好物である。
透明なグラスからストローで賞味しつつ、道行く人々を眺める。「無関係」という奇妙な寂寥感からか、ブレイクはしんみりとした顔になる。
V字の眉がぴくっと動き、彼のゴールデン・アイは一点に引きよせられる。
二人連れの女生徒が肩を並べて歩いていく。十三くらいだろうか。モスクの魔法学校(セミナリオ)初等科の制服ローブを身につけている。午前中に寄宿の学科中等学校(コレジオ)での授業を終えて、これからモスクの魔法学校に専門講義を受けに行くのかもしれなかった。珍しくもない。
しかしブレイクがひたすらに注目したのは赤毛と金髪の二人連れだった。
「どうしたんだい、ブレイク」
グラタンを持ってきてくれたマスターが、不思議そうに呼びかけた。
ブレイクは我にかえる。
ガラスがくもるほどに顔を近づけ、口をあんぐりと半開きにしていた。
「あの子、新入生かな?」
「うーん、そうじゃないかな。そういう季節だし」
マスターが大きな頭をひねる。
「あの子たちがどうかしたのかい?」
「妙に気になって……知ってる気がするっていうか。ちょっとそんな気がしただけなんだ」
ブレイクは難しい顔をした。