黒猫と星は凪いでいる
【シェナ】


今日のホットケーキはいつもより甘かった。

フルーツもいつもより多かった。

大体なぜお昼にホットケーキだったのだろう。朝とお昼が逆ではないのか。

 甘いものが食べられないわけではないが、あまり食べたくはない。おやつは食べても食べないくても良いのでもちろんいつも食べていないが、お昼は食べないといけない。

私がヴェール先生を嫌っているのは、朝かお昼に必ず出て来る甘い食べ物のせいでもある。

 不満を募らせながら黙々とその甘い物体を口に詰め込んでいたせいで時間よりも早く食べ終えてしまった。

 どうしよう。部屋に戻りたい。

 早く食べ終わってしまうと隣の人が話しかけてくることがある。いつも話さない私に興味を持っている人がなぜか多いのだ。

それに、この孤児院は優しい人が多いので気を遣って話しかけてくる。申し訳ないけれど、本当に話しかけないで欲しい。

 そんな私の願いも虚しく、隣に座っている子が話しかけてきた。

「ホットケーキ美味しかったね、シェナちゃん」

「…はい」

私の部屋の向かい側にいる一つ年上の女の子だ。彼女はこの孤児院の子どもたちの中心的存在、というわけではないが比較的元気でたくさん話す子だ。

そして、私にもたくさん話しかけてくる子だ。

「ねえ、このあとお勉強時間の後みんなで鬼ごっこをするんだけど一緒にどう?」

「…いや…大丈夫、かな…です…」

「えー、でも楽しいよ?」

どうしよう。ここで断ったら嫌な人みたいになってしまうかもしれない。いや、しかし私がみんなと一緒にいて話せるわけがない。絶対邪魔になる。

「で、でも、その…へ、部屋で休みたいですし…」

「うーん、そっかぁ」

よかった、なんとか納得してくれたみたいだ。

「じゃあさ、部屋で休んだ後は?」

……え

「夜ご飯の後に一緒に部屋で話そうよ」

今日この人の隣に座ったのが間違いだったかもしれない。部屋で話すのが一番苦手だ。

それに夜ご飯の後はさっさと寝たい。話している時間なんかのせいで睡眠時間を減らしたくない。

 でも、これ以上断ると流石に嫌われてしまうかもしれない。

承諾するしかないのか。

「シェナ」

 私が覚悟を決めて口を開こうとした時、後ろから声がした。

振り返るとそこにはメアリー先生が立っていた。

「明日のことについて話しておきたいことがあるから、夕食の後私の部屋に来てもらえる?」

「あ、はい」

「ありがとう、じゃあまた夕食後」

そう言ってメアリー先生は食堂を出て行った。

「えー、じゃあ部屋に行くのは無理かあ。しょうがない、また今度にしよう?」

「あ、はい」

…助かった。ちょうど良いところで断る理由ができた。これで角は立っていないはずだ。

 その後の勉強時間も自由時間も夕食も何事もなく終わった。

時々話しかけてきた子にもちゃんと会話をした。

ちょっと達成感を感じつつ、メアリー先生の部屋に向かって歩く。

オールは部屋に置いてきた。話中にちょっかいを出されると面倒だからだ。

 明日のことと言っていたので引き取り人のことについてだろう。今まで引き取られた子の時は呼ばれている人を見なかったので、重要な人物なのだろうか。何を話すのか不思議に思いつつ、メアリー先生の部屋の扉をノックする。

「どうぞ」

中から声がして私は扉を開ける。

「よく来たわ、シェナ。どうぞここに座って」

先生は私に椅子を薦める。そこに座ると先生は紅茶を机に二つ置いてから反対側に座った。

「よかったらお茶飲んでね」

「…はい」

そう言われて私は教わった通りの正しい所作でお茶を一口飲む。そうすると先生はとても満足そうにニコニコした。どうやら合っていたようだ。ほっと息をついて先生に向き直る。

「あの、先生」

「ん?」

「えっと、話…?ってなんですか…?」

「ああ、そうだわ。では本題に入りましょう」

そう言うと、先生は少し引き締まった顔をした。それほどに重要な話なのか。ドキドキしながら先生の手元を見る。

「明日、あなたの引き取り人の方がここに来るでしょう?その方はね、青の魔法使い様なの」

「…え、青?」

この国には魔法使いの階級がある。青は上から三番目の地位の色だ。青の魔法使いなんてなかなかお目にかかれない結構すごい魔法使いだ。なぜそんな人が私の引き取り手に?

「実は、少し前にその方はここにいらっしゃってて、その時にシェナを見かけたようなの」

…え、嘘。

私は基本的に人目につかないところにいるから外部の人と会いにくいのに。

「ほら、この前広場の木陰で本を読んでいたでしょう?」

「…あ」

「その時にシェナの魔力量に驚いたそうなの。赤や青の魔法使いに匹敵するって」

「あ、はあ」

「それで引き取りたいとおっしゃてたの」
「は、はあ」

「それでなんだけどね、シェナ」

 そう言ってメアリー先生はかつてないほどの真剣な顔で私を見た。

「別に嫌なら行かなくてもいいの。あなたの人生だから。ここにいてもいいし、行ってもいい。自分で自分の道を決めるの。ただ、行く場合は必ず魔法使いの道を進むわ。そこはとても過酷かもしれない」

「…は?」

この人は何を言っているんだ。そんな偉い魔法使いが来た時点でここに残ると言う選択肢はないはずだ。断ったらこんな吹けば飛ぶような小さい孤児院、すぐに取り壊しだ。

 彼女なりの心配だとは思うが、選択肢がないことくらい彼女もわかっているはずだ。

それなのにこんな選択肢を提示するのはどういうことか。もう少しましな選択肢はなかったのか。こんなの、どちらが正解かなんて赤子でもわかる。

「引き取られれば、今まで感じてきたものよりもっと辛い可能性もあ」

「いや、いいです。行きます」

「…本当に?」

「はい」

なんなんだこの茶番みたいな話し合いは。長々とこんな話されても私が出ていくという事実は変わらないはずだ。

そろそろ話すのも疲れてきたし、早く部屋に戻りたい。オールも静かにしているか心配だ。

「…わかったわ。じゃあ、明日の話はお願いする方向でいいわね?」

「はい」

「それじゃあ、今日はもう遅いから明日起きたら私のところに来てね。色々説明と準備があるから」

「…はい」


 その日はそれで解放された。

 しかし、なぜ私なのだろうか。魔力量が多いだけでは魔法使いにはなれない。

基本的に発現したものの強さで魔法使いの強さは変わる。と言うか、魔力量が多いかなんて相手を見ただけではわからないはずだ。

嘘をついてまで煽てて私が欲しい理由が他にあるのか、もしくは本当に魔力量が見える類の魔法で、私の魔力を見たのかもしれない。

 まあどうせ明日になればわかることなのでもう良いだろう。元々どこかの魔法使いの元に行かなければならなかった訳だし、ちょうど良い。青の魔法使いに魔法を教えてもらえるなら願ったり叶ったりだ。

上手く使えそうなのであれば魔法を使って仕事をしてもいいし。部屋に入ると、もう寝てしまっているオールの横に倒れ込んですぐに寝た。


 翌朝、いつもより少し早く起きてメアリー先生のところに向かった。

ノックをしようとすると、足音が聞こえたのか中から先生がガチャリと開けた。

「よく来たわ、さあ時間がないから早く入って」

先生は私の返事を待たずに私の腕を引っ張って部屋に入れた。

「さあ、私は色々準備するからあなたも準備なさい。まずはこれを着て」

見ると、ベッドには皺ひとつない綺麗な若草色のワンピースが置いてあった。

「私は先に応接間に行ってくるから、着替えたら来てちょうだい。ブーツもこっちにしてね」

「…はい」

 それだけ言うと先生は忙しそうに部屋を出ていった。


「綺麗な色だね」

 先生が部屋を出て行ったところでオールが後ろからひょこっと出てきた。

 ワンピースは、襟がついていて裾にフリルがついている。普段着ているものに比べるとずいぶん派手な色合いだが、どことなく上品さを感じる。私が着るには勿体無いくらいいいワンピースだ。こんなものがこの孤児院にあったとは。


 着替え終わって一度鏡の前に立ってみる。

「うん、とっても可愛いよ!」

「ね、このワンピース私には勿体無いくらい可愛いよね」

「いや、そうじゃなくて…まあ、いいや」

「?ワンピース、可愛いでしょ?」

「うん、可愛いよー」

「何それ。さ、行くよ」

「はあい」

本当に呑気な精霊だ。

 そんなオールに背を向けて私は応接間に向かった。

 応接間ではメアリー先生を中心にして先生たちが忙しなく準備に追われていた。とても声をかけられる状態ではないし、ここで誰かに
声をかけられるほどの勇気が私にはないので窓際に移動して待っていることにした。

 窓の外を見ると、いつも通り他の子達が遊んでいた。もちろん全員で。この光景をもうすぐです眺めることができなくなると考えると、少し胸に穴が空いたような心地がした。

裏山だってそうだ。あと数回しか登れないかもしれない。

ここにきてから五年間、特に嬉しい思い出や記憶に残ることはしなかったが、それでも私はこの日常が好きだった。

「シェナ、ここにいたのね。さあ、お客様がもう時期いらっしゃるわ。ついてらっしゃい」

「…はい」
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