結婚してもおひとり様を貫きますから~俺様御曹司は孤独な契約妻に愛されたい~
 とりあえず訪ねてみようと、社長室へ向かう。

 扉の前で立ち止まり、ゆっくりと息を吸い込む。それから慎重に腕を持ち上げて、遠慮がちにノックをした。

『はい』

 聞こえてきた冬馬さんの声に、よかったとほっとする。

『青山です。書類をお持ちしました』

『入ってくれ』

 扉を開けると、机に向かう彼が視界に入った。その前には、電源の入ったパソコンや資料などが開かれている。

『お忙しいところすみません』

 出社していないどころか、この様子だともうずいぶん前から仕事を始めていたようだ。
 邪魔をして申し訳なく思いつつ、彼に近づく。そうして私の分を書き終えた婚姻届を手渡した。

 手を止めた冬馬さんが、ようやく顔を上げる。それから、記入漏れがないかすぐに目を通した。

『たしかに。俺の方で、今日中に提出しておく』

『よろしくお願いします』 

 この人と夫婦になるなんて、ここまできてもあまり想像できないでいる。

『引っ越しだが、今週末になった』

『わかりました』

 余計な感情を挟ます、事を淡々と進めてくれることはかえって助かっている。戸惑う暇もないまま予定が決められていき、私はそれに従うだけでいいのだから。

『それでは、失礼します』

 もう数日後には、この人との暮らしが始まる。生活費は負担すると言われているし、私が借りていたマンションも解約をするから経済的にはずいぶんと余裕ができる。

 けれど、それを手放しで喜ぶほど図太くはなれない。
 会長には、父の借金をすべて返済してもらっている。さらに冬馬さんは、すでにやり手の弁護士を雇ってくれた。そのおかげで、長年苦しめられてきた両親との関係もすっきりできそうだ。

 万が一、父が再び借金をしても、私には返す義務がないと専門家が突っぱねてくれる。もう怯える必要はないのだと、心底安堵した。
 会長や冬馬さんから得られるメリットは大きくて、はたして私は期待されている以上の返しができるのかと心配になる。せめて夫
婦を演じる以外にも、私にできることを見つけていこうと思っている。


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