白霧ペンションの七日間

終章 記録の終わり

「崩壊でいい。」

健太の言葉が落ちた瞬間、空気が止まった。

管理者は一瞬だけ無表情のまま固まる。

そして静かに言った。

『選択を受理しました』

地下3-Cの壁から、文字が消えていく。

ファイル棚、台帳、名前、数字。

すべてが“意味を失うように”薄れていく。

美咲は思わず叫ぶ。

「何が起きてるの!?」

健太が短く言う。

「記録が消えてる。」

「この宿そのものが、存在の根拠を失ってる。」



真理子がその場に立ち尽くす。

「私は……?」

その声はもう揺れていない。

ただ、静かだった。

管理者が一歩前に出る。

『最終処理を実行します』

空間が歪む。

そして――

高橋の体が淡く光り始めた。

美咲が息を呑む。

「高橋さん……!」

高橋は静かに笑った。

「やっぱり、こうなるか。」

健太が叫ぶ。

「逃げろ!」

しかし高橋は首を振る。

「逃げても意味はない。」

「これは“記録の収束”だ。」

高橋はゆっくり言う。

「俺は最初から九人目だった。」

「でも不完全だった。」

「だからずっとズレを生んでいた。」

美咲の目に涙が浮かぶ。

「じゃあ、真理子さんは……」

高橋は静かに首を振る。

「彼女は“俺の代わりに作られた仮の存在”だ。」

管理者が告げる。

『九人目、確定』

その瞬間。

高橋の姿が光にほどけていく。

健太が一歩踏み出す。

「やめろ!」

しかし間に合わない。



高橋は最後に言った。

「ありがとう。」

「これでやっと終われる。」

そして――消えた。



崩壊の後

全てが静かになる。

地下施設の壁が崩れ、台帳が灰のように消えていく。

管理者の声が最後に響く。

『記録システム、停止』

『存在定義、解除』



そして。

世界が“ただの山のペンション”に戻っていく。

ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー



霧が晴れていた。

ペンションの外には、普通の山道。

圏外表示もない。

電話もつながる。

まるで何もなかったかのように。



ロビーに残っていたのは三人だけ。

健太。美咲。結衣。

修一も奈々も、真理子もいない。

最初からいなかったように。



美咲が小さく言う。

「……夢だったのかな。」

健太は首を振る。

「違う。」

「記録が消えただけだ。」

そのとき、美咲のスマホが震える。

通知もないのに、画面が勝手に点く。

そこには一行だけ表示されていた。

宿泊者:8名

美咲は息を呑む。

健太が画面を見る。

そして静かに言った。

「まだ終わってない。」



画面が一瞬だけ揺れる。

その中に、誰かの影が立っていた。



そして、ゆっくりと暗転する。
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