土佐弁男子は気まぐれ猫さん
第二章、文化祭です
それから数日後。
「それじゃあ、文化祭の出し物を決定します」
学級委員の掛け声と共に、ホームルーム終了のチャイムが鳴る。
その瞬間、さっきまでどこか退屈そうにワイワイと喋っていた教室の空気がガラリと変わる。机を叩いて盛り上がる子、身を乗り出して黒板を見つめる子、面倒くさそうに溜め息をつく子——。
​各自が思い思いの反応を見せ、静まりかえっていた教室が一気に熱を帯びた騒がしさに包まれた。
「よっしゃぁぁ!」
「今年は頑張ろうね!」
すると、さっそく結衣が私の席までやって来て、声をかけてきた。
「やっと決まって良かったよねー」
「本当だねー。一時はどうなるかと思ったけど、これで一安心かな」
​私がホッと息をつくと、結衣はニヤニヤしながら私の机に肘をついた。
「一部の男子VSその他。みたいになってたもんねー」
水着(マーメード)喫茶にならなくて良かったよね」
私が呆れたように苦笑いすると、結衣は「ねー!」とお腹を抱えて笑った。
そうなのだ。こんなに出し物を決める話し合いが長引いたのは、男子の一部が熱烈に掲げていた『マーメイド喫茶』とやらのせいだ。
最終的には王道の『メイド&執事喫茶』に着地した。
『だーかーらー、男のロマンとしてマーメイド喫茶で良いやろが!』
『良かねーよ!中学校の文化祭でなんてもん出すんだよ!』
​少し前のホームルームで繰り広げられた激しい押し問答を思い出して、思わず苦笑いが漏れる。
「ほんとそれ。あの時の委員長の顔、完全に角が生えてたもんね……」
​結衣が思い出して身震いする真似をすると、私もつられてクスクスと笑ってしまう。あの時、怒りで青筋を立てていた委員長は『怒らせたら本気でヤバい』とクラス全員が思った。
​「でもまあ、最終的に『メイド&執事喫茶』でまとまって良かったよ。メニューもクレープとか紅茶なら、うちのお店の少しは活かせるかもしれないし」
​「あ!確かに!莉子のご実家、カフェだもんね!これは心強いわ〜」
​​結衣がパッと表情を明るく輝かせた、その時。
「莉子ちゃーん!衣装どっちがえい?」
元気いっぱいの声とともに、龍馬がクラス全員に配られたアンケートプリントを差し出してくる。
​二つ折りにされたプリント用紙には、手書きの可愛らしい二種類の衣装デザインが描かれていた。
​執事服の選択肢は、正統派でビシッとした『ロングの燕尾服風』と、少し動きやすそうでスタイリッシュな『ベストスタイル』。
​一方でメイド服の方は、クラシカルな『ロング丈の正装風』と、フリルが華やかな『膝丈の定番スタイル』だった。
​ちなみに、料理を作る担当以外は全員衣装を着ることになっている。
私は可愛い服が好きなので、迷わず華やかな定番スタイルの方に丸を付けた。普段からカジュアルな服装が多い結衣は、大人っぽいロング丈にチェックを入れている。
「じゃ、頑張って縫いますかー」
「……待って。縫う……って、今言った?」
​手元のプリントに丸を付け終えた私がぽつりと呟いた一言に、結衣が「あ」と固まった。
​「そうだよ、莉子。衣装担当が『全部既製品を買うと予算オーバーになるから、ベースの服にフリルとかリボンは自分達で縫い付ける!』って、言ってたじゃん!」
​「嘘でしょ……!私、裁縫なんて家庭科の授業レベルしかできないよ!?」
​フリルたっぷりの定番スタイルに丸を付けてしまったことを、私は早くも後悔し始めた。ロング丈よりも圧倒的にフリルの量が多くて、作業工程が多そうだ。
私が頭を抱えて撃沈していると、横からプリントを覗き込んでいた龍馬が、不思議そうに首を傾げた。
「莉子ちゃんはお裁縫苦手が?」
「正直苦手。細かい作業苦手だし……不器用だし」
私が正直に打ち明けると、龍馬は「なぁんだ、そんなことか!」と言わんばかりに、破顔して胸を張った。
​「心配はいらんぜよ、莉子ちゃん! わしが莉子ちゃんの裁縫の手伝いをするきね!」
​「……えっ? 龍馬、お裁縫できるの!?」
​まさかの申し出に目を見開くと、龍馬は自信満々に腕を組んで頷いた。
​「任せとおき!毛糸玉を転がしたり、紐を追いかけたりするのは誰よりも得意じゃったきね! 糸をピッ引っ張るくらいはお安い御用ぜよ!」
​「いや、それ手伝いっていうか、ただの邪魔……!」
​思わずツッコミを入れると、結衣がお腹を抱えて大爆笑した。
​「あはは!龍馬くん、それ糸を絡ませて余計に大変になるやつじゃん!」
​「何を言うがか!わしは真剣ぜよ!莉子ちゃんが針で指をチクッとしたらいかんき、わしが隣でしっかり糸を押さえておくがじゃ!」
​龍馬は瑠璃色の瞳をキラキラと輝かせながら、自分のプリントの『ベストスタイル』の希望欄に、力強い丸を書き込んだ。
​「よし!わしもこのベストのボタンくらいは自分で縫い付けてみるきね!莉子ちゃん、放課後は居残りで一緒に衣装作りぜよ!」
​「……龍馬にボタン付けができるのかな……」
​不安でいっぱいになりつつも、彼のまっすぐなやる気と優しさが伝わってきて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「まあまあ、馬くんも手伝ってくれるみたいだし、衣装班の子達にもコツを教えてもらいながら一緒に頑張ろうよ!」
​結衣に背中をぽんと叩かれ、私はようやく苦笑いを浮かべた。
✳✳✳
それから一週間後。放課後の家庭科室。
​夕日が差し込む静かな室内で、私はチクチクと集中して針を動かし、布地にフリルを縫い付けていた。
「痛っ……!」
​「莉子ちゃん大丈夫かっ!?」
​指先にチクッと走った小さな痛みに、私が思わず声を漏らすと、目の前で裁縫箱を広げていた龍馬が弾かれたように跳ね起きた。
「大丈夫。手縫いってやっぱり難しいね.....」
「ミシンもあるよー」
​結衣が作業台の奥を指差しながら、軽やかな声で教えてくれた。
​「えっ! ミシンあるの!? 早く言ってよー!」
​「だって莉子、黙々と手縫いに集中してるから、すっかりこだわり派なんだと思ってさ」
​結衣はおかしくって仕方がないというようにケラケラと笑う。私は机の上に重ねられた白いフリルの山を見つめて、がっくりと肩を落とした。
「こだわり派って……全然違うよ〜!ただ必死だっただけ!」
​私がガクッと机に突っ伏すと、結衣の楽しそうな笑い声が家庭科室に響いた。
​「まあまあ!でもフリル半分くらいはもう付け終わってるし、手縫いの柔らかい感じが出ててめっちゃ可愛くなってるよ?」
「本当?……でも残り半分は絶対ミシン使う……」
​私が涙目で立ち上がり、部屋の隅にあるミシンに向かおうとしたその時、ずっと真剣な顔で自分のベストと格闘していた龍馬が、「できたぜよ……!」と大きく息を吐き出した。
​胸を張って見せてきた彼のベストには、かなり怪しい角度で、しかしこれでもかというほど頑丈にボタンが縫い付けられていた。糸が何重にもグルグル巻きに固められていて、もはや小さな毛糸玉のようになっている。
「……うん、絶対に取れなさそうだね」
果たして、このフォローの仕方は合っているのだろうか?
私の返答に、龍馬は「じゃろ!」とドヤ顔で胸を張った。
​それから小一時間。
ミシンの力は偉大で、あんなに苦戦していたフリル付けがあっという間に終わってしまった。
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