『黒薔薇館の十三夜』
最終章 黒薔薇館の真実
資料室は静まり返っていた。
黒いレインコートの男が拳銃を構えたまま、一歩ずつ近づいてくる。
美咲は紗奈を背中へかばい、息を殺した。
霧島だけが、男の顔をじっと見つめている。
「……やはり、あなただったのですね。」
男は鼻で笑った。
「気付くのが遅かったな、霧島。」
ゆっくりとフードを外す。
現れたのは、五十代半ばほどの男だった。
鋭い目つきに白髪混じりの髪。
その顔を見た霧島は、小さく目を閉じる。
「黒薔薇家の元顧問弁護士……相馬隆一。」
美咲たちは顔を見合わせた。
「弁護士……?」
「二十年前、黒薔薇家の財産管理を任されていた男です。」
相馬は薄く笑う。
「紹介ありがとう。」
そして拳銃を少し下ろした。
「もっとも、本物の弁護士だったのは昔の話だがな。」
◇
健人は設計図を握り締めながら前へ出た。
「全部、あなたがやったんですね。」
「黒い少女」も。
夜中の足音も。
閉まる扉も。
消えた紗奈も。
相馬は拍手をするように手を叩いた。
「優秀だ。」
「この館は隠し通路だらけだ。」
「壁の中を歩けば、どこへでも行ける。」
だから、
部屋の前で足音を止めることも。
ノックをすることも。
姿を見せず移動することも。
全部、人間にできた。
「じゃあ黒い少女は!」
美咲が叫ぶ。
相馬は紗奈を見る。
「彼女だ。」
全員が息を呑んだ。
「え……?」
紗奈は震えながらうつむいた。
「ごめんなさい……。」
涙が床へ落ちる。
「私……脅されてたの。」
◇
三日前。
館へ来た最初の夜。
紗奈は眠れず、一人で廊下へ出た。
その時、相馬に見つかった。
地下へ連れて行かれ、
「協力しなければ仲間を殺す」
と脅されたという。
黒いドレスを着せられ、
決まった時間に廊下を歩かされ、
結衣の前にも、美咲の前にも姿を見せた。
少女の笑い声も、
録音した音声を隠しスピーカーから流しただけだった。
「じゃあ、あの日……。」
美咲は思い出す。
通路で紗奈が突然消えたこと。
「あれも。」
相馬は答える。
「床下の通路へ落とした。」
床板は横へスライドする仕掛けだった。
健人が見つけた傷は、そのレールの跡だったのである。
◇
「でも、どうしてこんなことを?」
悠斗が睨みつける。
相馬は静かに資料棚を見上げた。
「ここにある証拠を消すためだ。」
契約書。
新聞記事。
土地売買の記録。
黒薔薇家が過去に行った不正。
そして、それを隠すために改ざんされた書類。
「私は黒薔薇家の命令で証拠を隠した。」
「だが時効が近づき、すべて公になる。」
相馬は苦く笑う。
「だから館ごと燃やすつもりだった。」
全員の顔色が変わる。
「燃やす……?」
「そのために君たちは招待した。」
「館に若者が泊まっていたという事実があれば、事故として処理されやすい。」
あまりにも身勝手な理由だった。
美咲は拳を強く握り締める。
「そんな理由で……!」
「人の命を!」
◇
その瞬間。
パンッ!
乾いた銃声が資料室に響いた。
誰もが目を閉じる。
しかし撃たれたのは美咲ではなかった。
相馬の手だった。
拳銃が床へ転がる。
「ぐっ!」
相馬が苦痛に顔をゆがめる。
その後ろには霧島が立っていた。
古い警備用の警棒を振り下ろしていたのだ。
「今です!」
悠斗と蓮が同時に飛び出す。
二人は相馬へ体当たりし、そのまま床へ押さえ込んだ。
健人が拳銃を遠くへ蹴り飛ばす。
「終わりです。」
霧島が静かに言った。
相馬は力なく笑った。
「……澪お嬢様。」
その言葉だけを残し、目を閉じた。
◇
翌朝。
昨夜の嵐が嘘のように晴れ渡っていた。
山道にはようやく警察車両が到着し、館は騒然としていた。
地下資料室から見つかった大量の資料は、二十年前の事件を裏付ける決定的な証拠となった。
相馬はすべてを認め、紗奈も無事に保護された。
そして霧島は、自ら警察へ真実を語った。
「もっと早く話していれば、皆様を危険な目に遭わせずに済みました。」
深々と頭を下げる霧島に、美咲は首を振る。
「もう終わりました。」
「これからは、隠さなくていいんです。」
霧島の目には、涙が浮かんでいた。
◇
館を出る前。
美咲は一人で玄関ホールへ戻った。
あの傷付けられていた少女の肖像画。
霧島が丁寧に修復し、新しい額へ飾り直していた。
美咲は静かに手を合わせる。
「澪さん。」
風が窓から吹き込み、黒薔薇が一輪だけ揺れた。
それはまるで、
長い間閉じ込められていた真実が、ようやく外の世界へ解き放たれたことを喜んでいるようだった。
振り返ると、仲間たちが待っている。
悠斗が笑う。
「帰ろう。」
美咲も笑顔で頷いた。
「うん。」
七人で訪れた黒薔薇館。
帰る時も、七人だった。
失われかけた友情も、隠され続けた真実も、すべてを乗り越えて――。
山道を下る車の窓から、黒薔薇館が少しずつ遠ざかっていく。
朝日に照らされたその洋館は、もう不気味には見えなかった。
長い年月をかけて閉ざされていた秘密は終わりを迎え、館はようやく静かな時を取り戻したのだ。
美咲は胸の中でそっと呟く。
「どんなに深い闇にも、必ず光は差し込む。」
その言葉を乗せた車は、朝焼けの道をまっすぐ未来へ走り続けた。
――完――
黒いレインコートの男が拳銃を構えたまま、一歩ずつ近づいてくる。
美咲は紗奈を背中へかばい、息を殺した。
霧島だけが、男の顔をじっと見つめている。
「……やはり、あなただったのですね。」
男は鼻で笑った。
「気付くのが遅かったな、霧島。」
ゆっくりとフードを外す。
現れたのは、五十代半ばほどの男だった。
鋭い目つきに白髪混じりの髪。
その顔を見た霧島は、小さく目を閉じる。
「黒薔薇家の元顧問弁護士……相馬隆一。」
美咲たちは顔を見合わせた。
「弁護士……?」
「二十年前、黒薔薇家の財産管理を任されていた男です。」
相馬は薄く笑う。
「紹介ありがとう。」
そして拳銃を少し下ろした。
「もっとも、本物の弁護士だったのは昔の話だがな。」
◇
健人は設計図を握り締めながら前へ出た。
「全部、あなたがやったんですね。」
「黒い少女」も。
夜中の足音も。
閉まる扉も。
消えた紗奈も。
相馬は拍手をするように手を叩いた。
「優秀だ。」
「この館は隠し通路だらけだ。」
「壁の中を歩けば、どこへでも行ける。」
だから、
部屋の前で足音を止めることも。
ノックをすることも。
姿を見せず移動することも。
全部、人間にできた。
「じゃあ黒い少女は!」
美咲が叫ぶ。
相馬は紗奈を見る。
「彼女だ。」
全員が息を呑んだ。
「え……?」
紗奈は震えながらうつむいた。
「ごめんなさい……。」
涙が床へ落ちる。
「私……脅されてたの。」
◇
三日前。
館へ来た最初の夜。
紗奈は眠れず、一人で廊下へ出た。
その時、相馬に見つかった。
地下へ連れて行かれ、
「協力しなければ仲間を殺す」
と脅されたという。
黒いドレスを着せられ、
決まった時間に廊下を歩かされ、
結衣の前にも、美咲の前にも姿を見せた。
少女の笑い声も、
録音した音声を隠しスピーカーから流しただけだった。
「じゃあ、あの日……。」
美咲は思い出す。
通路で紗奈が突然消えたこと。
「あれも。」
相馬は答える。
「床下の通路へ落とした。」
床板は横へスライドする仕掛けだった。
健人が見つけた傷は、そのレールの跡だったのである。
◇
「でも、どうしてこんなことを?」
悠斗が睨みつける。
相馬は静かに資料棚を見上げた。
「ここにある証拠を消すためだ。」
契約書。
新聞記事。
土地売買の記録。
黒薔薇家が過去に行った不正。
そして、それを隠すために改ざんされた書類。
「私は黒薔薇家の命令で証拠を隠した。」
「だが時効が近づき、すべて公になる。」
相馬は苦く笑う。
「だから館ごと燃やすつもりだった。」
全員の顔色が変わる。
「燃やす……?」
「そのために君たちは招待した。」
「館に若者が泊まっていたという事実があれば、事故として処理されやすい。」
あまりにも身勝手な理由だった。
美咲は拳を強く握り締める。
「そんな理由で……!」
「人の命を!」
◇
その瞬間。
パンッ!
乾いた銃声が資料室に響いた。
誰もが目を閉じる。
しかし撃たれたのは美咲ではなかった。
相馬の手だった。
拳銃が床へ転がる。
「ぐっ!」
相馬が苦痛に顔をゆがめる。
その後ろには霧島が立っていた。
古い警備用の警棒を振り下ろしていたのだ。
「今です!」
悠斗と蓮が同時に飛び出す。
二人は相馬へ体当たりし、そのまま床へ押さえ込んだ。
健人が拳銃を遠くへ蹴り飛ばす。
「終わりです。」
霧島が静かに言った。
相馬は力なく笑った。
「……澪お嬢様。」
その言葉だけを残し、目を閉じた。
◇
翌朝。
昨夜の嵐が嘘のように晴れ渡っていた。
山道にはようやく警察車両が到着し、館は騒然としていた。
地下資料室から見つかった大量の資料は、二十年前の事件を裏付ける決定的な証拠となった。
相馬はすべてを認め、紗奈も無事に保護された。
そして霧島は、自ら警察へ真実を語った。
「もっと早く話していれば、皆様を危険な目に遭わせずに済みました。」
深々と頭を下げる霧島に、美咲は首を振る。
「もう終わりました。」
「これからは、隠さなくていいんです。」
霧島の目には、涙が浮かんでいた。
◇
館を出る前。
美咲は一人で玄関ホールへ戻った。
あの傷付けられていた少女の肖像画。
霧島が丁寧に修復し、新しい額へ飾り直していた。
美咲は静かに手を合わせる。
「澪さん。」
風が窓から吹き込み、黒薔薇が一輪だけ揺れた。
それはまるで、
長い間閉じ込められていた真実が、ようやく外の世界へ解き放たれたことを喜んでいるようだった。
振り返ると、仲間たちが待っている。
悠斗が笑う。
「帰ろう。」
美咲も笑顔で頷いた。
「うん。」
七人で訪れた黒薔薇館。
帰る時も、七人だった。
失われかけた友情も、隠され続けた真実も、すべてを乗り越えて――。
山道を下る車の窓から、黒薔薇館が少しずつ遠ざかっていく。
朝日に照らされたその洋館は、もう不気味には見えなかった。
長い年月をかけて閉ざされていた秘密は終わりを迎え、館はようやく静かな時を取り戻したのだ。
美咲は胸の中でそっと呟く。
「どんなに深い闇にも、必ず光は差し込む。」
その言葉を乗せた車は、朝焼けの道をまっすぐ未来へ走り続けた。
――完――


