雨の降る日はジャズバーへ ――Cats that gather at night――

第7話 雨の日に咲くスミレの花 後編

 ***【レン視点】

 あれから一ヶ月が経過した。
 菫さんは毎回ジャズバーに訪れて、僕の歌を見に来てくれる。その後はそのまま一緒にお酒を飲んで楽しく話す。そんな充実をした日々を過ごしていた。

 そんな時、菫さんの家に招待をされる。最初は楽しみにしていたが、今玄関の目の前に立って、緊張という2文字しか頭に浮かばない。このままではダメなので、勢いに任せてインターホンを鳴らす。

 菫さんがドアを開けると、顔を見て何だか安心した。満面な笑みで「菫さん今晩は」と挨拶をすると、そのまま綺麗なテーブルが置いてある場所に案内をされて腰を下ろした。

 家から選んで持ってきたワインを開けて、おつまみを用意してから話し始める。最初は、最近のたわいもない話しから始めて、それが終わると気になっていた事を聞いてみることにした。

「菫さんはどんなお酒が好きなの? 20歳になったばかりで、お酒の知識ないんだよね」
「ヴァイオレットフィズ、私が好きなカクテル」
「菫さんにピッタリなお酒だね。今度作れるようになったら飲んでくれる?」
「好きな女性が出来たら作ってあげて」

 距離が突然離れるように感じる言葉に、少し寂しくなったが、作れるようになりたいとも思う。様子を見るように目線が動き、話し始めた。

「私からも質問。何でステージに立つ時、マイクを持つ手が震えているの」

 すぐに言葉が出ずに、下を向いて黙り込む。なぜなら、誰にも話したことのない悩みだったからだ。自分の弱い姿を見せるのは嫌に感じる。でも、菫さんには話したいとも思う。顔を上げると言葉に表せない表情で見つめていた。心配そうにも見えるし、力になりたいと思える覚悟の表情にも見えた。その姿を見て話すことを決める。

「怖いんだ。一人でステージに立つの。でも、歌は自分の力だけで表現したい」

 菫さんは、フゥーと息を吐いてほっとした顔に変わる。
「何ーだ。そんな事か、もう大丈夫」

 手に付けている銀色のバングルを外して、僕の腕に付けると、手を両手でギュッと握る。

「一人が怖いとき、このバングルを思い出して。貴方は一人じゃないから」

 その言葉を聞いて、バングルを見ると、心が穏やかに感じた。嬉しさのままに伝える「ライブの時は必ずつけるよ! 凄く嬉しい」


 その後は、好きな音楽を交互に選んで、並んで座り鑑賞をした。有意義な時間を過ごしていると、今更部屋の壁に飾っているバイオリンに気が付いた。

「菫さん。今気付いたんだけど、ここにあるバイオリンって」
「あー、あれね。私が今でも時々弾いているバイオリンだよ」
「え! 聞いてみたい」
「もう、しょうがないなー」

 防音室のある部屋に移動をして、奏で始めた。
 長年の積み重ねを感じるほど、洗練された音色は耳を虜にして、興味が沸いた。

「凄いよ。僕もこんな素敵な音色を奏でたいな」
「少しやってみる?」
「いいの!!」

 菫さんが僕の後ろに立ち、腕を握りながら教わる。数分教えてもらっただけで綺麗な音色を出せた。喜びを伝えようと思うと同時に、今の状態に恥ずかしさを感じてしまった。

 後ろから抱きつくように肌は密着していて、心臓の音が聞こえてきそうなぐらいに近かい。今までこんなに密着をしたことはないので、慌てて離れて感謝を伝えた。

「本当に何でも出来ちゃうのね。あれ、顔が少し赤いけど疲れちゃった? 戻って鑑賞の続きをしよっか」

 リビングに戻ると、お酒を飲みながら朝まで楽しんだ。
 お互いにお酒は強いが、流石に眠くなり始めたので帰る事……玄関を出ると薄明の空が広がっていた。

「じゃ、行くね。今日は本当にありがと」
「楽しかった! 気を付けて帰ってね」

 ◇◇◇

 それから更に月日は流れて5ヶ月が経過した。
 この間の期間も、バーに必ず来てライブを見てくれる。以前のように震えもなくなった。菫さんに貰ったバングルは、お守りみたいな存在になっている。

 お互いの生活にも変化があった。菫さんは活動を復帰して、最近は楽しそうにライブの出来事を話している。僕は2ヶ月前からママにカクテルの作り方を教えて貰い勉強中だ。

 今はもう、菫さんが好きと言ったヴァイオレットフィズも作れるようになるまで成長した。まだ振る舞ったことはないけれど、今度来るときに驚かせようと決めていつものようにバーで待っていた。

 だが、いつも来る時間に来ない。連絡をしても返信はなかった。復帰したてで忙しい日々を送っているのか? そう思うと最初は不安に襲われる事はなかった。だけど、自分の思いとは違い扉を開くことは、何日経っても来なかった。
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