雨の降る日はジャズバーへ ――Cats that gather at night――
◇◇◇
僕は多分、菫さんが好きだと思う。今思えば、初めて出会った時から彼女の魅力に恋をしていた。雨の日に咲くスミレの花のように感じる歌声は、数多くの楽曲を聞いた耳は、彼女一色に染める程、惚れていた。
考え事をしながら散歩をしている最中、雨が降り始める。次第に強さが増して近くのトンネルに避難をした。雨は昔から好きで止むまで、邪魔にならない場所でカバンに入っていた1冊の本を取り出した。雨音を聞きながら小説を夢中で読んでいると、同じようにトンネルで雨宿りをしようと、駆け込んでいる女性が目に入った。
遠くからだと顔は見えないが、止まることなく歩いていた。傘を持ち歩いていないのに雨宿りしないんだなぁと、不思議に思い通り過ぎるとき顔を見上げた。この時、お互いに目が合い驚いた。そこに居たのは……。
「菫さん? 菫さんだよね! ずっと会いたかった」
だが、止まることはなく「人違いです」と立ち去ろうとしていた。
必死の思いで、腕をしっかりと掴み「菫さん行かないで」と呼び止める。それでも歩みを止めずに無視を貫いていた。それが嫌で、腕を強く引っ張り抱きしめる。
抱きしめると最初は抵抗していたが、力が抜けて立ち尽くしていた。
このまま自分の気持ちを伝えないと、2度と会えなくなるかも知れない。そう思うと言葉が出ていた。
「今言うのは本意じゃないけど……好きだよ。人生を一緒に歩んで欲しい」
沈黙が流れる。雨の強い音しか聞こえずに、長く感じる。表情を見ると嬉しそうに見えたが、ギュッと堪えているようにも見えた。
「ごめんない。貴方とは付き合えない」
覚悟を決めた言葉を耳にして、何も言えなくなってしまった。
「さよなら」
呆然と立ち尽くす事しかできずに、追いかけられずに振り返らない菫さんの姿を、見えなくなるまで見つめていた。
◇◇◇
雨の日以来から連絡もなく、会うことすらなかった。
歌う気持ちにもなれなくて、バーで時間を潰す日々を送っている。今まで求められることは沢山経験をしたが、恋に落ちることは初めての経験だった。こんなに恋をする事は辛いことだと知って、夢に見ていた世界とのギャップに、ただ辛くなる日々だった。
そんな時、いつものようにカウンター席で蹲《うずくま》っていると、隣に男性が座って来た。
「そこのシンガーさん。少し話さねぇか?」
何だと思い見ると、若そうな男性だった。
「僕に何かよう」
「うちの歌姫を立ち上がらせた人物って聞いていたから、どんなやつかと思ったらガキじゃねぇか」
「会っていきなり悪口かよ。今は相手にしている余裕がない。どっか行ってくれ」
「菫」
相手のその言葉に強く反応する。その男は語り出した。
「これ、最後の菫からのプレゼント」
チケットの紙を貰った。表には菫さんのバンド名が書いていて、裏には住所が書いてある。
「来るか来ないかお前が決めろ。来たとしても観客席でしか会うことは出来ない」
「どうして会えないの」
「アイツ話してないのか……だったら話す事は出来ない。これは俺との約束なんだが、ステージを見て、菫の居場所が自分の場所じゃないと思ったら2度と関わらないでくれ。……まだ不安そうな顔だな。そのライブが終わってしばらくしたら、嫌でも分かるさぁ」
「せめて、貴方の名前は」
「西田、ベース担当だ」
僕は多分、菫さんが好きだと思う。今思えば、初めて出会った時から彼女の魅力に恋をしていた。雨の日に咲くスミレの花のように感じる歌声は、数多くの楽曲を聞いた耳は、彼女一色に染める程、惚れていた。
考え事をしながら散歩をしている最中、雨が降り始める。次第に強さが増して近くのトンネルに避難をした。雨は昔から好きで止むまで、邪魔にならない場所でカバンに入っていた1冊の本を取り出した。雨音を聞きながら小説を夢中で読んでいると、同じようにトンネルで雨宿りをしようと、駆け込んでいる女性が目に入った。
遠くからだと顔は見えないが、止まることなく歩いていた。傘を持ち歩いていないのに雨宿りしないんだなぁと、不思議に思い通り過ぎるとき顔を見上げた。この時、お互いに目が合い驚いた。そこに居たのは……。
「菫さん? 菫さんだよね! ずっと会いたかった」
だが、止まることはなく「人違いです」と立ち去ろうとしていた。
必死の思いで、腕をしっかりと掴み「菫さん行かないで」と呼び止める。それでも歩みを止めずに無視を貫いていた。それが嫌で、腕を強く引っ張り抱きしめる。
抱きしめると最初は抵抗していたが、力が抜けて立ち尽くしていた。
このまま自分の気持ちを伝えないと、2度と会えなくなるかも知れない。そう思うと言葉が出ていた。
「今言うのは本意じゃないけど……好きだよ。人生を一緒に歩んで欲しい」
沈黙が流れる。雨の強い音しか聞こえずに、長く感じる。表情を見ると嬉しそうに見えたが、ギュッと堪えているようにも見えた。
「ごめんない。貴方とは付き合えない」
覚悟を決めた言葉を耳にして、何も言えなくなってしまった。
「さよなら」
呆然と立ち尽くす事しかできずに、追いかけられずに振り返らない菫さんの姿を、見えなくなるまで見つめていた。
◇◇◇
雨の日以来から連絡もなく、会うことすらなかった。
歌う気持ちにもなれなくて、バーで時間を潰す日々を送っている。今まで求められることは沢山経験をしたが、恋に落ちることは初めての経験だった。こんなに恋をする事は辛いことだと知って、夢に見ていた世界とのギャップに、ただ辛くなる日々だった。
そんな時、いつものようにカウンター席で蹲《うずくま》っていると、隣に男性が座って来た。
「そこのシンガーさん。少し話さねぇか?」
何だと思い見ると、若そうな男性だった。
「僕に何かよう」
「うちの歌姫を立ち上がらせた人物って聞いていたから、どんなやつかと思ったらガキじゃねぇか」
「会っていきなり悪口かよ。今は相手にしている余裕がない。どっか行ってくれ」
「菫」
相手のその言葉に強く反応する。その男は語り出した。
「これ、最後の菫からのプレゼント」
チケットの紙を貰った。表には菫さんのバンド名が書いていて、裏には住所が書いてある。
「来るか来ないかお前が決めろ。来たとしても観客席でしか会うことは出来ない」
「どうして会えないの」
「アイツ話してないのか……だったら話す事は出来ない。これは俺との約束なんだが、ステージを見て、菫の居場所が自分の場所じゃないと思ったら2度と関わらないでくれ。……まだ不安そうな顔だな。そのライブが終わってしばらくしたら、嫌でも分かるさぁ」
「せめて、貴方の名前は」
「西田、ベース担当だ」