恋も料理もじっくり弱火で
掴まれた手首の強さと、普段からは想像もつかない気迫に、柚葉も目を丸くしてパチパチと瞬かせる。
「せ、先輩……? あの……えと、 博多弁……?」
「あ……」
我に返った秋月は、自分がとんでもない素の自分を出してしまったことに気づき、みるみるうちに顔を真っ赤に染めた。慌てて柚葉の手首を離し、口元を片手で覆う。
「……すまん、いや、ごめん。ちょっと、焦って……」
「ううん、怒ってくれてありがとうございます! でも、怪我はしてないです、ほら!」
柚葉は全く怯むことなく、綺麗な指先をぱっと広げて見せた。それを見て、秋月は心底安心したように、深く、長い溜息を吐く。
「……本当に心臓に悪い。今日はずっと調子が狂う……」
「調子が狂う? 先輩、今日やっぱりなんか元気ないですよね。お腹空いてるんですか?」
あまりにも直球な柚葉の言葉に、秋月は自嘲気味にふっと笑った。もう、隠し通す気力もなくなっていた。
「お腹は空いてないよ。……ただ、昼休みに、君が寛太とお弁当の遣り取りをしてるのを見ちゃって」
「え? あ、寛太君とですか?」
「……うん。すごく仲が良さそうだったし、君が毎日お弁当を作ってあげてるのかなって思ったら、なんだか午前中からずっと……その、モヤモヤしてて」
あえて『嫉妬』という言葉を使わずに告白した秋月は、きまり悪そうに顔を背けた。
すると、柚葉は一瞬きょとんとした後、爆発したように「ぷっ……あはははは!」と笑い声を上げた。
「え、笑うところ!?」
「だって、だって先輩! 誤解です! 大誤解です!」
柚葉は涙目を拭いながら、慌てて手を振る。
「寛太くんは私の『いとこ』ですよ! 家も隣同士なんです!」
「……え? いとこ?」
「はい! あのお弁当も、私が作ったんじゃなくて、私のお母さんが作ったんです! 寛太くんが朝、寝坊して忘れて行ったから、お母さんに『寛太君がお腹を空かせて倒れる前に渡してあげて』って頼まれて!」
柚葉はふんす、と鼻を鳴らした。
「だから私、お弁当を渡す代わりに、ご褒美として購買の焼きそばパン引換券を寛太くんから奪い取ったところだったんです! 『すっごく美味しそう(焼きそばパンが)』って言ってたんですよ!」
つまり、秋月が見た「申し訳なさそうな寛太」はパン券を奪われた哀愁であり、「満面の笑みの柚葉」は戦利品を手に入れた食いしん坊の笑みだったのだ。
頭をぽんぽんされていたのも、「お前は本当に食い意地が張ってるな」という呆れ半分の従兄の仕草に過ぎなかった。
「……そう、だったんだ……」
全てのパズルのピースが「食欲」という名の強引な力で噛み合い、秋月はへなへなとその場に崩れ落ちそうになった。これまでの自分の苦悩と黒い嫉妬心は、一体何だったのか。
「なんだ、いとこかぁ!」
「部長、まさかの勘違いで一日中ブルーだったんですか? 可愛いところあるじゃん!」
事情を把握した周りの上級生たちが、ドッと笑い声を上げる。
「……もう、皆うるさい。静かにアジを捌いて」
真っ赤になった耳を隠すように、秋月は再び出刃包丁を握り直した。けれど、その横顔からは、先ほどまでの冷たいトゲは綺麗に消え去っていた。
「あの、先輩」
「……何?」
おずおずと覗き込んできた柚葉に、秋月が少しだけぶっきらぼうに応じる。すると柚葉は、照れくさそうにえへへと笑った。
「私がお弁当を作るのは、世界で一番私の料理を美味しいって言ってくれる、先輩だけですよ!」
その無自覚なクリティカルヒットに、高嶺の王子様は今度こそ完全にノックアウトされ、「……ずるいちゃん、あんたは」と、消え入るような博多弁で呟くのが精一杯だった。
「せ、先輩……? あの……えと、 博多弁……?」
「あ……」
我に返った秋月は、自分がとんでもない素の自分を出してしまったことに気づき、みるみるうちに顔を真っ赤に染めた。慌てて柚葉の手首を離し、口元を片手で覆う。
「……すまん、いや、ごめん。ちょっと、焦って……」
「ううん、怒ってくれてありがとうございます! でも、怪我はしてないです、ほら!」
柚葉は全く怯むことなく、綺麗な指先をぱっと広げて見せた。それを見て、秋月は心底安心したように、深く、長い溜息を吐く。
「……本当に心臓に悪い。今日はずっと調子が狂う……」
「調子が狂う? 先輩、今日やっぱりなんか元気ないですよね。お腹空いてるんですか?」
あまりにも直球な柚葉の言葉に、秋月は自嘲気味にふっと笑った。もう、隠し通す気力もなくなっていた。
「お腹は空いてないよ。……ただ、昼休みに、君が寛太とお弁当の遣り取りをしてるのを見ちゃって」
「え? あ、寛太君とですか?」
「……うん。すごく仲が良さそうだったし、君が毎日お弁当を作ってあげてるのかなって思ったら、なんだか午前中からずっと……その、モヤモヤしてて」
あえて『嫉妬』という言葉を使わずに告白した秋月は、きまり悪そうに顔を背けた。
すると、柚葉は一瞬きょとんとした後、爆発したように「ぷっ……あはははは!」と笑い声を上げた。
「え、笑うところ!?」
「だって、だって先輩! 誤解です! 大誤解です!」
柚葉は涙目を拭いながら、慌てて手を振る。
「寛太くんは私の『いとこ』ですよ! 家も隣同士なんです!」
「……え? いとこ?」
「はい! あのお弁当も、私が作ったんじゃなくて、私のお母さんが作ったんです! 寛太くんが朝、寝坊して忘れて行ったから、お母さんに『寛太君がお腹を空かせて倒れる前に渡してあげて』って頼まれて!」
柚葉はふんす、と鼻を鳴らした。
「だから私、お弁当を渡す代わりに、ご褒美として購買の焼きそばパン引換券を寛太くんから奪い取ったところだったんです! 『すっごく美味しそう(焼きそばパンが)』って言ってたんですよ!」
つまり、秋月が見た「申し訳なさそうな寛太」はパン券を奪われた哀愁であり、「満面の笑みの柚葉」は戦利品を手に入れた食いしん坊の笑みだったのだ。
頭をぽんぽんされていたのも、「お前は本当に食い意地が張ってるな」という呆れ半分の従兄の仕草に過ぎなかった。
「……そう、だったんだ……」
全てのパズルのピースが「食欲」という名の強引な力で噛み合い、秋月はへなへなとその場に崩れ落ちそうになった。これまでの自分の苦悩と黒い嫉妬心は、一体何だったのか。
「なんだ、いとこかぁ!」
「部長、まさかの勘違いで一日中ブルーだったんですか? 可愛いところあるじゃん!」
事情を把握した周りの上級生たちが、ドッと笑い声を上げる。
「……もう、皆うるさい。静かにアジを捌いて」
真っ赤になった耳を隠すように、秋月は再び出刃包丁を握り直した。けれど、その横顔からは、先ほどまでの冷たいトゲは綺麗に消え去っていた。
「あの、先輩」
「……何?」
おずおずと覗き込んできた柚葉に、秋月が少しだけぶっきらぼうに応じる。すると柚葉は、照れくさそうにえへへと笑った。
「私がお弁当を作るのは、世界で一番私の料理を美味しいって言ってくれる、先輩だけですよ!」
その無自覚なクリティカルヒットに、高嶺の王子様は今度こそ完全にノックアウトされ、「……ずるいちゃん、あんたは」と、消え入るような博多弁で呟くのが精一杯だった。