恋も料理もじっくり弱火で
アジフライを綺麗に食べ終え、手際よく後片付けが始まる。
シンクからは水仕事の小気味よい音が響き、一年生が皿を洗い、二年生が手慣れた様子で調理台を拭き上げている。
大誤解からの博多弁の乱、そして絶品アジフライを経て、いつもの穏やかな調理室に戻った――はずだった。
「……ねぇ、部長」
布巾で台を拭いていた二年生の一人が、いたずらっぽくニヤニヤしながら秋月にすり寄る。
「さっきの、一体何だったんですか?」
「?」
はシンクの横で布巾を固く絞りながら、怪訝そうに首を傾げた。
「何って、何のこと?」
「とぼけないでくださいよぉ! 『なーーんばしよっとね!』ですよ!」
「そうそう! 『指ば切ったらどがんするつね!』って、めちゃくちゃキレのいいネイティブでしたよ!」
大げさな身振りを交えた物真似が披露され、調理室は再びどっと大きな笑いに包まれた。
「あはははっ! 確かにすごかった!」
「部長、普段あんなにクールなのに、めちゃくちゃ焦って素が出まくってましたもんね!」
秋月の手がぴたりと止まる。みるみるうちに耳の裏まで真っ赤染まっていくのが、後ろから見ていても一目瞭然だった。
「……うるさい」
「あれ、博多弁だったよな?」
「えっ、秋月先輩って九州の出身なんですか!?」
ここぞとばかりに上級生からも一年生からも質問が次々に飛んでくる。秋月は逃げ場をなくしたように、小さく降参の溜息を吐いた。
「……中学まで、福岡に住んでた」
「やっぱり!」
「全然知らなかったです! いつも完璧な標準語だから、都会育ちだとばっかり思ってました!」
そんな賑やかな会話をすぐ横で聞きながら、柚葉は両手を合わせて目を輝かせた。
「秋月先輩!」
「……何、柚葉ちゃん」
まだ少しきまり悪そうに視線を逸らす秋月に、柚葉は一歩詰め寄って真っ直ぐに見上げる。
「さっきの博多弁、すっごくかっこよかったです!」
その直球すぎる一言に、先ほどまで茶化していた調理室が一瞬にして水を打ったように静まり返った。部員達の視線が「おいおい、またかよ」と柚葉に集中する。
「え? かっこいい?」
「はい!」
柚葉は一ミリの迷いもなく首を縦に振る。
「なんだか熱血アニメの主人公みたいで、すごく頼りがいがあって映画のワンシーンみたいでした! それに、方言の響きがすごく温かくて、優しい言葉に聞こえて……。先輩が私のことを本気で心配してくれたの、すっごく伝わりました!」
それは、満開の向日葵のような無邪気な笑顔だった。
計算も、男の先輩をドキドキさせようという駆け引きも一切ない。ただ、本当に心からそう思ったから、感じたままを素直に口にしただけ。
秋月はそんな眩しすぎる柚葉を見つめ、破裂しそうなほど高鳴る鼓動を隠すように困ったように笑った。
「……あれは」
少し視線を逸らし、恥ずかしさを誤魔化すように髪をくしゃっとかいた。
「ただ本当にびっくりして、頭が真っ白になってつい地が出ただけだから」
「じゃあ、普段はわざと隠してるんですか?」
「隠してるっていうか……」
秋月は少し昔を思い出すようにして、苦笑を浮かべる。
「こっちの学校に転校してきた最初の頃、普通に話してるつもりの方言が全然友達に通じなくてさ。それで、意識してできるだけ標準語で話すようになったんだよ」
「そうだったんですね……」
柚葉は何処か愛おしそうに納得したように深く頷いた。そして、さらに一歩距離を縮めてにこりと微笑む。
「でも私は、標準語の優しい先輩も、さっきみたいに熱い博多弁の秋月先輩も、どっちも大好きですよ!」
その瞬間、秋月の思考回路が完全にフリーズした。
「……っ」
大好き。
たったそれだけの、四文字の言葉なのに。
もちろん、目の前の食いしん坊な後輩が「先輩の話し方や人柄が人間として好き」という意味で言っただけだということは、百も承知だ。
彼女の頭の中の九割が食べ物で満たされていることも、よく分かっている。
シンクからは水仕事の小気味よい音が響き、一年生が皿を洗い、二年生が手慣れた様子で調理台を拭き上げている。
大誤解からの博多弁の乱、そして絶品アジフライを経て、いつもの穏やかな調理室に戻った――はずだった。
「……ねぇ、部長」
布巾で台を拭いていた二年生の一人が、いたずらっぽくニヤニヤしながら秋月にすり寄る。
「さっきの、一体何だったんですか?」
「?」
はシンクの横で布巾を固く絞りながら、怪訝そうに首を傾げた。
「何って、何のこと?」
「とぼけないでくださいよぉ! 『なーーんばしよっとね!』ですよ!」
「そうそう! 『指ば切ったらどがんするつね!』って、めちゃくちゃキレのいいネイティブでしたよ!」
大げさな身振りを交えた物真似が披露され、調理室は再びどっと大きな笑いに包まれた。
「あはははっ! 確かにすごかった!」
「部長、普段あんなにクールなのに、めちゃくちゃ焦って素が出まくってましたもんね!」
秋月の手がぴたりと止まる。みるみるうちに耳の裏まで真っ赤染まっていくのが、後ろから見ていても一目瞭然だった。
「……うるさい」
「あれ、博多弁だったよな?」
「えっ、秋月先輩って九州の出身なんですか!?」
ここぞとばかりに上級生からも一年生からも質問が次々に飛んでくる。秋月は逃げ場をなくしたように、小さく降参の溜息を吐いた。
「……中学まで、福岡に住んでた」
「やっぱり!」
「全然知らなかったです! いつも完璧な標準語だから、都会育ちだとばっかり思ってました!」
そんな賑やかな会話をすぐ横で聞きながら、柚葉は両手を合わせて目を輝かせた。
「秋月先輩!」
「……何、柚葉ちゃん」
まだ少しきまり悪そうに視線を逸らす秋月に、柚葉は一歩詰め寄って真っ直ぐに見上げる。
「さっきの博多弁、すっごくかっこよかったです!」
その直球すぎる一言に、先ほどまで茶化していた調理室が一瞬にして水を打ったように静まり返った。部員達の視線が「おいおい、またかよ」と柚葉に集中する。
「え? かっこいい?」
「はい!」
柚葉は一ミリの迷いもなく首を縦に振る。
「なんだか熱血アニメの主人公みたいで、すごく頼りがいがあって映画のワンシーンみたいでした! それに、方言の響きがすごく温かくて、優しい言葉に聞こえて……。先輩が私のことを本気で心配してくれたの、すっごく伝わりました!」
それは、満開の向日葵のような無邪気な笑顔だった。
計算も、男の先輩をドキドキさせようという駆け引きも一切ない。ただ、本当に心からそう思ったから、感じたままを素直に口にしただけ。
秋月はそんな眩しすぎる柚葉を見つめ、破裂しそうなほど高鳴る鼓動を隠すように困ったように笑った。
「……あれは」
少し視線を逸らし、恥ずかしさを誤魔化すように髪をくしゃっとかいた。
「ただ本当にびっくりして、頭が真っ白になってつい地が出ただけだから」
「じゃあ、普段はわざと隠してるんですか?」
「隠してるっていうか……」
秋月は少し昔を思い出すようにして、苦笑を浮かべる。
「こっちの学校に転校してきた最初の頃、普通に話してるつもりの方言が全然友達に通じなくてさ。それで、意識してできるだけ標準語で話すようになったんだよ」
「そうだったんですね……」
柚葉は何処か愛おしそうに納得したように深く頷いた。そして、さらに一歩距離を縮めてにこりと微笑む。
「でも私は、標準語の優しい先輩も、さっきみたいに熱い博多弁の秋月先輩も、どっちも大好きですよ!」
その瞬間、秋月の思考回路が完全にフリーズした。
「……っ」
大好き。
たったそれだけの、四文字の言葉なのに。
もちろん、目の前の食いしん坊な後輩が「先輩の話し方や人柄が人間として好き」という意味で言っただけだということは、百も承知だ。
彼女の頭の中の九割が食べ物で満たされていることも、よく分かっている。