恋も料理もじっくり弱火で
「いただきます……!」
柚葉は震える手でスプーンを握り、黄金色に輝く卵の表面にそっと刃を入れた。
刹那、ぷるんとした繊細な膜が弾け、中からとろっとろの半熟卵がチキンライスの山肌を滑らかに滑り落ちていく。視覚だけで脳髄まで美味さが突き刺さるような、完璧な仕上がりだ。
卵とチキンライスを一緒に掬い上げ、大きな口でぱくりと頬張る。
「……っ!」
言葉にならなかった。
口に入れた瞬間、バターの芳醇な香りと、生クリームを含んだ卵の圧倒的なコクが優しく舌を包み込む。
追ってやってくるチキンライスの、ケチャップの絶妙な酸味と鶏肉の旨味。
全てが口の中で完璧なハーモニーを奏でて、噛む必要すらないほどふわとろに解けていく。
「おいひいです……! 信じられないくらい、美味しいです先輩……!」
両頬をごちそうの温かさで満たしながら、柚葉の目から感動の涙がじわりと滲む。いつも通り、全身全霊で「食べる幸せ」を爆発させる姿。
その様子を正面の特等席からじっと見つめていた秋月は、張り詰めていた肩の力をふっと抜き、本当に愛おしそうな笑みをその端正な顔に浮かべた。
「よかった。今回は卵の火の入れ方、秒単位でこだわったけんね。あんたにそう言ってもらえるのが、一番ホッとする」
「もう、ホッとするどころか国宝級です! 毎日食べたいです!」
「あはは、毎日オムライスは飽きるやろ」
屈託なく笑う秋月。その崩れた笑顔と、耳に心地よく響く博多弁。
その瞬間、柚葉の脳裏に、昼休みに結菜達から言われた言葉がフラッシュバックした。
『男の人として好きってこと。それって完全に、恋でしょ?』
(――あ)
急激に、胃袋の幸福感の隙間から、自覚したばかりの熱い感情がせり上がってくる。
いつもなら「先輩の料理、世界で一番大好き!」と大騒ぎするところなのに、急に喉の奥がキュッと詰まったように狭くなる。
ただの『大好きな料理を作ってくれる憧れの部長』じゃない。
部活がオフなのに、自分が「来るんじゃないか」と思って、たった一人でこのオムライスを作って待っていてくれた、男の子。
私を心配して、あんなに熱い方言で怒ってくれた、特別な人。