朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師
 ヒルが自室から出て執務室へと向かおうとした時、前方から誰かが歩いてくる姿が見えた。
 昼の城の金色の背景には似合わない漆黒のドレスと長い黒髪の女性。その重い色と気配だけで誰であるかは認識できる。
 挨拶が交わせる距離にまで近付いた時にヒルの方から声をかける。そこに笑顔はない。

「ここは昼の城だ。夜の妻が何をしに来た?」

 足を止めたポーラは無表情でヒルの赤い瞳に目を合わせる。手にはトレイを持っていて、白いお皿の上に甘い香りの焦げ茶色の焼き菓子が二つ乗っている。

「……ランナとヒル様に。マフィンを焼きましたので」

 感情のない瞳と抑揚のない言語。今のポーラはまるで心のない人形に見える。ヒルは表情を緩めずに、赤い瞳を細めて鋭い視線を突き刺す。それは敵を見る目だ。

「ふーん、わざわざ、ありがとな」

 わざとらしいヒルの棒読みの感謝の言葉には感情がこもっていない。ヒルはポーラの手からトレイを乱暴に奪い取る。

「ランナと二人きりで食べたい」
「……はい。では失礼します」

 ポーラは少しも瞳を動かさずに背中を向ける。来た道を戻るポーラの背中を見つめるヒルの背後に足音もなく、もう一人の気配が現れる。
 ヒルは振り向かない。それがメイドのカレンだと分かっているからだ。

「ヒル様。そちら、お預かりします」
「あぁ、頼む」

 カレンはヒルからトレイを受け取ると、ポーラが立ち去った方向とは逆の廊下を進んでいく。ヒルは部屋に戻らず執務室へと向かう。
 金色の廊下を静かに歩くカレンは、ヒルの自室の扉を通り過ぎて階段を下る。一階の端まで進むと城の裏口のドアを開けて外へと出る。
 昼間でも薄暗い城壁の隅には鉄製のダストボックスが数個並んでいる。そのうち1つの蓋を開けると片手でお皿を持ち、中に二つのマフィンを落としていく。
 そのカレンの黒の瞳はポーラと同じく無感情だが光は宿っている。素早く蓋を閉めると、固く閉ざした唇が少しだけ和らぐ。

「……任務完了」

 誰かに届く訳でもない独り言を囁くと改めてトレイを両手で持つ。ただの白いお皿を運ぶメイドは、何事もなかったような顔で城の中へと戻る。
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