朝日有希の本当の名前を、僕はまだ知らない
その数分後、非常口のドアがまた開けられる。

その小さな手は、少し震えている。

血が頭に回っていないようで。

少女はふらつきながら、手すりを支えにしてゆっくりと歩く。



さっきまでの活発で、力のこもった瞳からは光が消えている。

エレベーターに乗り、湊月のいる東病棟とは逆側の西病棟へと向かう。

まだ夜中ということもあり、誰にも見つからなかった。

見つかったとて、トイレに行っていたとか、眠れなくて散歩していたと、言い訳は100個は軽く思いついた。

流石に、あっちもきっと上手くやってるだろう。




901号室




そこが、”彼女”の病室だった。




震える足で、震える手で、震える声で彼女は呟く。




「ごめんね……。私の体。あと少しだけ頑張って」




窓から見える月は少しだけ欠けていて、まるであの人みたいだと思った




「託したいのは……こっちだよ。湊月ーー」




そう言って、彼女は嘘に嘘を重ねた自分を笑いながら、ベッドの上に横になった。

一筋だけ、熱い涙が流れて。

彼との唇の感触を、まるで世界で最後の希望のように愛おしく感じていた。



4話・ [完]
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