銀河の雫
『稟議書はこちらで対応しますので、ゆっくり休んでください』
「課長、すみません。お願いします」
火曜日、仕事を休んでしまった。
心が追いついて行かない。
ほんの一時の享楽の代償は、それほど大きかったということだ。
水曜日、重たい身体をベッドから起こし、なんとか出社した。
ロッカールームに着くと、薫さんが待っていた。
「どうしたの、心配してたんだよ。LINEも既読つかないし……」
「……」
「ねぇ、なんか誤解させたかな……嫌われちゃってない、あたし」
「薫さん……いつもの場所で話そう」
「ねえ、薫さん、落ち着いて聞いて」
「うん」
「私たち……二股掛けられてる」
「はぁ?」
「私ね、実は日向所長が最後に出社した日、この場所でふたりの会話を聞いちゃったの」
「……えっ?」
しばしの沈黙が流れた。
「しずくさん……聞いたって、何を聞いたの?」
「だから……薫さんが告白をして、所長が自分も好きだったって薫さんに……」
薫さんは私の話を聞いて、ぽかんとしていた。
そして、そこらじゅうに響くのではと思うような、大きな声で叫んだのだった。
「はぁあああ?」
「だから……」
「ちょ……待って、あのとき、話してたのは橘さんのことだよ」
「……えっ……橘さんって、薫さんが言ってた運命の?」
「あの日……橘さんのこと知ってるかって聞かれて。はい、ずっと好きでしたって答えた。……そしたら俺も……橘統括本部長には学生の頃から世話になってて、一番慕っている先輩だって」
「……えっ? 橘……統括本部長!? 私……大きな勘違いを……」
「私たちの休憩室での会話、聞こえてたみたい。それで本人に事実確認してくれたの」
「そう……だったの」
私は愕然とした。
「所長がね、学生当時、就活で悩んでたときに、よく行く定食屋で橘さんと親しくなって、それで相談に乗ってもらってたらしいよ。彼、面倒見いいから」
「……薫さん、私、やっちゃったかも」
「そういえば二股って言ってたけど……それどういう意味……もしかして」
「……所長と……しちゃった……」
小声でそっと打ち明けた。
「えっ、そんな……いつからそんな」
「偶然、よく行く場所で何度か会って……流れで……」
「最後の日、ちゃんと話せなかったの?」
「うん、喧嘩別れしちゃった」
「ダメだよ」
薫さんは、両腕を掴んで、まっすぐ私を見て言った。
「喧嘩別れは絶対にダメ」
「薫さん……」
「あのとき、言ってた。ニューヨークに二年行ってくるって」
「ニューヨーク……二年?」
「昨日の便でもう行っちゃったよ。ねぇ、追いかけなよ」
「無理だよ」
「なんで?」
「ニューヨークなんて……私、英語喋れないし……それにいくらかかると思ってんの? 大也はその間どうするの?」
「それは……」
「ううん、やっぱりそうじゃない……そういうことじゃなくて……」
「うん」
「……深い関係になった後、『ごめん』って謝られた」
「それって……」
「遊びだったってことでしょ?」
彼女は私の両肩を掴み、必死になって首を横に振る。
「そんなことは絶対にないよ」
「なんで、絶対になんて簡単に言えるの?」
「日向所長の……所長の表情見てたら分かるよ」