キスから始まる恋は甘くて苦い
「返してください。あれは私のじゃなくて……辰巳先輩に借りたものなんです」
「……へえ。貸し借りするほど親密だっていう自慢にしか聞こえないんだけど?」

 ここまできて引き下がれない田中は鼻白んだ。正直、もうどうでも良くなっていた。

「そんなんじゃありません」
「こっちからするとそうなんだよ。ほんとムカつくわ。最後に嫌がらせくらいはさせてよね」
「嫌がらせって、どういうことだよ?」
「あー、ウザい。じゃあね」
 
 食い下がる渡くんを手で払い彼女は行ってしまった。

「何か取られたのか?」
「……ううん」
 
 明らかなのに首を振るばかりで、省吾は迷った。
 これ以上踏み込んでいいものか。
 普段の省吾なら無理やり聞き出して力になっていた。けれど、今のほたるは触れてほしくなさそうに力ない笑顔を浮かべている。

「大丈夫ならいいんだけど」
「うん、ありがとう。あと、友達って言ってくれて嬉しかった」
「おう」
「でも、辛口はほどほどにね」
「それじゃオレの個性がなくなっちゃうだろ」

 省吾の冗談にほたるはくすくすと笑った。無理やり聞き出さなくて正解だったのかもしれない。

「これからバイトがあるから帰るね。渡くんも部活がんばって」

 パンの入ったビニール袋を一瞥したほたるが視線を戻して手を振る。

「ああ。永瀬も気をつけて」

 省吾は袋を持ち上げて彼女の背中を見送った。

 これは……報告した方がいいよな。

 そして、武道館へ向かって走り出した。


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