大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。
ep.10 なんで、こんなにモヤモヤするの?
その後。
私――瀬名美緒も、アイドルとしてデビューした。
……とはいっても。
兄や悠とは、少し違う。
私が所属しているのは、事務所の本社ではなく地方の支店。
いわゆる、ご当地アイドルだ。
普段の活動場所は、地方の劇場やショッピングモール。
週末にはイベントに出演して、歌って踊って。
時には握手会をしたり、地元のお祭りに呼んでもらったり。
兄や悠が立っているような、大きなステージとは程遠い。
それでも。
私はこの場所が好きだった。
ファンの人たちと距離が近くて。
名前を覚えてもらえて。
「今日も来たよ」
って笑ってもらえる。
それが、嬉しかった。
だけど。
最近、私たちのグループが少しずつ話題になり始めた。
動画がSNSでバズったり。
地方でのライブがニュースになったり。
そして――
ついに。
東京の音楽番組にも、時々呼んでもらえるようになった。
だから今日も。
私は東京のスタジオにいる。
そして。
「……また囲まれてる」
音楽番組の収録前。
私は楽屋の隅から、少し離れたところにいる集団を眺めていた。
正確に言えば――
その中心にいる男を。
悠がデビューしてから。
私たちの生活は、少しずつ変わっていった。
最初は、そんなに気にしていなかった。
「悠、デビューおめでとう」
「ありがと」
「CD、ちゃんと買ったからね」
「え、本当に?」
「うん」
「美緒、優しい」
「普通だから」
「サイン書こうか?」
「いらない」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
「そっか」
そんな感じ。
デビューしたっていっても、悠は悠。
相変わらずレッスンの合間に寝ているし。
ご飯を食べながらぼーっとしているし。
私に会えば、
「美緒、お腹減った」
「自分で食べて」
なんて言ってくる。
だから。
悠がどんどん人気になっていることも、最初はあまり実感していなかった。
……あの日までは。
「ねえ、美緒!」
「何?」
メンバーの一人がスマホを見せてきた。
「これ見て!」
「ん?」
画面に映っていたのは、悠たちのグループの記事。
『今、一番勢いのある男性アイドルグループ』
その下には、
『顔面偏差値が高すぎる』
なんて文字まで並んでいる。
「すご……」
思わず呟いた。
「でしょ!?」
「悠、こんな人気なの?」
「知らなかったの!?」
「だって……」
私は画面をスクロールする。
写真の中の悠は、ステージの上で笑っていた。
いつもの眠そうな顔じゃない。
キラキラしている。
別人みたいだった。
「……へえ」
「しかも最近、女性アイドルからもめちゃくちゃ人気らしいよ」
「女性アイドル?」
「うん。番組一緒になると、みんな悠くんのこと見てるって」
「……ふーん」
「美緒、興味なさそう」
「別に」
私はスマホを返した。
……なんだろう。
胸の奥が、少しだけモヤッとする。
その日の音楽番組。
収録前の廊下を歩いていると――
「朝比奈くーん!」
「悠くん!」
聞き慣れた声がする。
見ると。
悠が、何人もの女性アイドルに囲まれていた。
「今度ご飯行かない?」
「えー」
「またその反応!」
「だって、めんどくさい」
「ひどーい!」
「俺、家帰りたい」
「また言ってる!」
みんなが笑っている。
悠も笑っている。
……。
なんか。
嫌だ。
「……何よ」
自分でもよく分からない。
別に。
悠が誰と話していても関係ない。
私は悠の彼女でもない。
ただの――
兄の友人。
昔から一緒にいるだけ。
それなのに。
「美緒!」
悠が私に気づいた。
さっきまで囲まれていたのに。
「あ!」
一瞬でこっちに来る。
「いたんだ」
「……いたけど」
「探した」
「何で?」
「なんとなく」
「……ふーん」
「どうしたの?」
「何が?」
「なんか機嫌悪い」
「悪くない」
「おこってる?」
「怒ってない」
「じゃあ――」
悠が私の顔を覗き込む。
「お腹減ってる?」
「違う!」
「え?」
「……もう!」
私は先に歩き出した。
「美緒ー?」
後ろから悠が追いかけてくる。
「待ってよ」
「来ないで」
「なんで?」
「知らない!」
「怒ってる?」
「怒ってない!」
「じゃあガム食べる?」
「いらない!!」
「今日、期間限定のやつ買ったのに」
「……」
「美緒の好きな味」
「……いらない」
「ほんと?」
「……ほんと」
そう言いながら。
私はなぜか、胸の奥がチクッとした。
さっきまで女の子たちに囲まれていた悠。
その悠が。
今は私の後ろをついてくる。
それが。
嬉しいような。
でも、嬉しいと思う自分が嫌なような。
「……私、どうしたんだろ」
小さく呟く。
「何が?」
「えっ」
いつの間にか、悠が隣にいる。
「何でもない!」
「そう?」
「うん!」
悠は首を傾げた。
「変なの」
「誰のせいよ」
「俺?」
「……知らない!」
私はまた歩き出した。
このときの私は。
まだ気づいていなかった。
胸の中に生まれた、この小さなモヤモヤが。
ただの「幼なじみへの独占欲」なんかじゃないことに。
そして。
この頃から少しずつ――
私は、国民的アイドルになっていく悠を、今までとは違う目で見るようになっていた。