大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。
ep11. 私だって、アイドルなんだから
東京での音楽番組の収録。
私は自分の楽屋で、衣装の最終チェックをしていた。
「美緒、髪大丈夫?」
「うん。たぶん」
「今日、緊張するね」
「もう何回か東京来てるじゃん」
「でも今日は生放送だよ?」
「……それはちょっと緊張する」
私たちのグループが東京の音楽番組に呼ばれるようになって、まだそんなに経っていない。
地方の劇場やショッピングモールが主な活動場所だった私たちにとって、東京のテレビ局はまだ少しだけ特別な場所だった。
「今日も頑張ろうね」
「うん!」
メンバーと笑い合う。
私は鏡を見る。
衣装を着て、メイクをして。
こうしていると、ちゃんとアイドルに見える。
兄や悠みたいな、誰もが知っているアイドルではないけれど。
私だって。
私なりに頑張っている。
「……よし」
気合いを入れて楽屋を出る。
すると。
廊下の向こうから、聞き慣れた声がした。
「美緒!」
「……」
振り返る。
そこには悠がいた。
「何してるの?」
「何って、収録」
「知ってる」
「じゃあ聞かないでよ」
「今日、美緒たち出るから見に来た」
「……同じ番組なんだから、見るも何もないでしょ」
「そうだけど」
悠は私の衣装をじっと見る。
「似合ってる」
「……え?」
「かわいい」
「……」
突然そんなことを言われて、言葉に詰まる。
「な、何よ急に」
「思ったから」
「……ふーん」
「顔赤い」
「赤くない!」
「赤いよ」
「うるさい!」
私は先に歩き出した。
「ちょっと待って」
「何!」
「これ」
悠が私の手に何かを乗せる。
「……ガム?」
「うん」
「また?」
「今日のやつ、期間限定」
「……」
「美緒、好きでしょ?」
「……まあ」
「じゃあ食べて」
「……ありがと」
「どういたしまして」
私はガムを握りしめる。
なんだろう。
さっきまで胸の中にあったモヤモヤが。
少しだけ消えた気がした。
そのとき。
「あれ?」
後ろから声がする。
私のグループのメンバーだった。
「朝比奈くんじゃん!」
「こんにちは」
「美緒と仲いいよね」
「昔からだから」
「へえー」
メンバーが私を見る。
「美緒、紹介してよ」
「……何を?」
「悠くんのグループ!」
「なんで?」
「だってかっこいいじゃん!」
「……」
私は一瞬、悠を見る。
「別に……」
「いいじゃん」
悠が言った。
「紹介するよ」
「え?」
「今度、一緒にご飯でも行けば?」
「……」
なぜか。
胸がざわっとした。
「……いい」
「え?」
「別にいい」
「なんで?」
「……なんとなく」
「美緒?」
「私、先行く!」
私はその場を離れた。
後ろから悠の声がする。
「美緒ー?」
聞こえないふりをした。
――なんで。
なんで私は。
悠が誰かを紹介することを想像しただけで、こんなに嫌なんだろう。
別に。
私には関係ない。
悠は私の兄の友人。
それだけ。
そう。
それだけのはずなのに。
「……なんなの、これ」
私は胸元を押さえた。
そのとき。
ステージ袖から、スタッフさんの声が飛んできた。
「美緒ちゃん! スタンバイお願いします!」
「はい!」
私は顔を上げる。
今は仕事。
余計なことを考えている場合じゃない。
私はマイクを握った。
「行こう」
ステージへ向かう。
歓声が聞こえる。
地方の小さな劇場とは違う。
大きな照明。
大きなステージ。
たくさんの観客。
それでも。
私は笑った。
私はアイドルだ。
兄の妹でも。
悠の幼なじみでもない。
私自身が、この場所で頑張っている。
そう思ってステージに出た。
――その姿を。
ステージ袖から、悠がじっと見ていた。
いつもの眠そうな顔ではなく。
少しだけ真剣な表情で。
「……美緒」
小さく呟いた。
そして。
その視線の意味を、私はまだ知らなかった。