大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。
ep.12 なんで、そんな顔するの?
収録が終わった。
私は楽屋に戻る途中、廊下でスタッフさんに呼び止められた。
「美緒ちゃん、今日よかったよ!」
「ありがとうございます!」
「最近ほんとに人気出てきたね。SNSでも話題になってるよ」
「本当ですか?」
「うん。次の東京収録も決まってるから!」
「やった……!」
思わず顔がほころぶ。
私たちのグループが、少しずつ知られていく。
それが嬉しかった。
「美緒」
「……ん?」
振り返ると、悠がいた。
「聞いた?」
「何を?」
「東京の番組、また出るんだって」
「うん!」
「よかったね」
「ありがとう」
悠は笑った。
……と思ったら。
「でも、最近忙しすぎない?」
「え?」
「地方のイベントもあるんでしょ?」
「あるよ」
「大丈夫?」
「何が?」
「疲れない?」
「大丈夫だよ」
「ちゃんと寝てる?」
「寝てる」
「ご飯は?」
「食べてる」
「本当に?」
「……」
「ほら」
「うるさいなあ」
私は笑う。
「悠、お兄ちゃんみたい」
「玲央に頼まれてるから」
「またそれ?」
「うん」
「もう、お兄ちゃんいないのに」
「関係ないよ」
悠は当たり前みたいに言った。
「美緒は美緒だから」
「……」
その言葉に、なぜか胸が跳ねた。
「な、何それ」
「何が?」
「変なこと言わないでよ」
「変?」
「変!」
私は先に歩き出す。
すると。
「美緒」
「何?」
「さっきの」
「?」
「メンバーの人」
「誰?」
「紹介してって言ってた人」
「ああ……」
私は思い出す。
「それが?」
「……紹介するの?」
「なんで?」
「いや」
悠が少し黙った。
「美緒がいいなら」
「別に、紹介してもらう必要ないし」
「そう?」
「うん」
「……そっか」
なんだろう。
今日の悠。
少し変だ。
いつもなら、もっと適当に流すのに。
「悠」
「ん?」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「じゃあ何?」
「何もないよ」
「絶対なんかある」
「ないって」
「……」
私は悠の顔を見る。
相変わらず、眠そうな目。
でも。
ほんの少しだけ、不機嫌そう。
「……もしかして」
「うん?」
「嫉妬してる?」
「…………」
悠が止まった。
「え?」
「いや、なんとなく」
「……」
「図星?」
「違う」
「じゃあ何?」
「……」
「悠?」
「美緒」
「何?」
「俺さ」
悠が少しだけ視線を逸らした。
「美緒が知らない男と仲良くするの、なんか嫌かも」
「……え?」
心臓が、大きく跳ねた。
「なんで?」
「分かんない」
「……」
「昔から知ってるからかな」
「……」
「妹みたいなもんだし」
――妹。
その言葉を聞いた瞬間。
なぜか、胸の奥が少しだけ痛くなった。
「……そっか」
「うん」
「じゃあ安心して」
「何が?」
「私、変な人と仲良くしないから」
「……ほんと?」
「ほんと」
悠が、少しだけ笑った。
「そっか」
「うん」
「じゃあよかった」
「……何が?」
「別に」
まただ。
その「別に」。
私は悠の横顔を見る。
さっきまでのモヤモヤとは、少し違う。
今度は。
もっとはっきりと。
胸の奥が、ざわざわしている。
――なんで。
私が他の男の人と仲良くするのを嫌がるの?
ただの兄の友人なのに。
ただの幼なじみなのに。
私はまだ知らない。
このとき悠の中に芽生え始めていた感情が。
そして。
この日を境に。
私たちの関係が、少しずつ変わり始めていたことを。