大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。
ep.13 お兄ちゃんからの電話
その日の夜。
ホテルの部屋に戻った私は、ベッドに寝転がりながらスマホを眺めていた。
今日の収録。
思ったより楽しかった。
東京の番組に出られるようになって。
少しずつだけど、私たちのことを知ってくれる人も増えてきた。
「……頑張らないとな」
そう呟いたとき。
スマホが震えた。
画面を見る。
『玲央』
「……お兄ちゃん?」
久しぶりの電話だった。
「もしもし?」
『美緒? 今大丈夫?』
「うん。どうしたの?」
『今日、東京だったんだろ?』
「そうだよ」
『テレビ見た』
「えっ」
『ちゃんと録画もした』
「……お兄ちゃん、暇なの?」
『妹の晴れ舞台だから』
「何それ」
思わず笑う。
『よかったよ』
「本当?」
『うん。ちゃんとアイドルしてた』
「……何それ。私、一応アイドルなんだけど」
『知ってるよ』
「ならよろしい」
電話の向こうから、兄の笑い声が聞こえる。
なんだか懐かしい。
「お兄ちゃんは?」
『俺?』
「最近どう?」
『まあまあ』
「俳優の仕事?」
『うん』
兄は今、俳優として活動している。
昔、アイドルだったことを知らない人もいるくらい。
テレビドラマや映画に出て。
今ではすっかり俳優として定着している。
でも。
私はずっと気になっていることがあった。
「ねえ、お兄ちゃん」
『ん?』
「……なんでアイドル辞めたの?」
沈黙。
「……」
『急だな』
「前から聞きたかった」
『……』
兄は答えない。
「人気あったのに」
『いろいろあったんだよ』
「いろいろって?」
『美緒には関係ない』
「……」
その言い方。
昔から苦手だった。
「私、妹なんだけど」
『知ってる』
「じゃあ教えてよ」
『……ごめん』
「……」
『いつか話す』
「いつ?」
『いつか』
「ずるい」
『ごめん』
私はため息をついた。
「……分かった」
それ以上は聞かなかった。
でも。
やっぱり気になる。
兄がアイドルを辞めた理由。
私は何も知らない。
ただ。
一つだけ。
兄がアイドルを辞める前。
いつも一緒にいた人がいる。
「……悠は何か知ってるのかな」
思わず呟いた。
『悠?』
「え?」
『今、悠って言った?』
「……うん」
『あいつがどうかした?』
「別に」
『……』
兄が少し黙る。
『美緒』
「何?」
『悠のこと、信じてやって』
「……え?」
『あいつ、昔から美緒のこと大事にしてるから』
「……」
何それ。
「妹みたいに?」
『……』
兄が答えない。
「お兄ちゃん?」
『じゃあ、そろそろ切るわ』
「え、ちょっと!」
『また連絡する』
「待って!」
電話が切れた。
「…………」
私はスマホを見つめる。
なんだったの。
「……悠のこと、信じてやって?」
余計に分からなくなった。
そのとき。
コンコン。
ホテルの部屋のドアが鳴った。
「はい?」
「美緒ー?」
「……」
聞き慣れた声。
「悠?」
ドアを開ける。
そこには、コンビニ袋を持った悠が立っていた。
「何してるの?」
「これ」
袋を差し出される。
「……何?」
「夜食」
「いらない」
「お腹空いてるでしょ」
「空いてない」
「嘘」
「なんで分かるの?」
「顔」
「顔?」
「ちょっと寂しそう」
「……」
悠が私を見る。
「玲央から電話?」
「……うん」
「そっか」
「お兄ちゃん、悠のこと信じてやってって」
悠の表情が止まった。
「……玲央が?」
「うん」
「……そっか」
悠は、それ以上何も言わなかった。
ただ。
少しだけ寂しそうに笑った。
「……美緒」
「何?」
「いつか」
「うん?」
「全部話せる日が来るから」
「……何を?」
悠は答えない。
「じゃ、おやすみ」
「ちょっと!」
悠はそのまま歩いていく。
私はドアの前に立ったまま。
その背中を見つめる。
――やっぱり。
私の知らないところで。
兄と悠は何かを抱えている。
そして私は。
その「何か」に、まだ触れることができなかった。