大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。
ep.14 なんで私にだけ、そんなに優しいの?
翌朝。
目が覚めてから、ずっと昨日のことが頭から離れなかった。
――『いつか全部話せる日が来るから』
悠が言った言葉。
そして、お兄ちゃんの、
――『悠のこと、信じてやって』
「……なんなのよ」
私はベッドの上でスマホを眺めた。
二人とも、何か知っている。
でも、私には言わない。
兄妹なのに。
昔から三人で一緒にいたのに。
「……仲間外れみたい」
少しだけ、寂しくなった。
そのとき。
スマホが震えた。
『起きた?』
悠だった。
「……早」
時計を見る。
まだ朝の七時。
『起きてる』
送信すると、すぐに返信が来た。
『朝ごはん食べた?』
「……お母さんかよ」
思わず笑う。
『まだ』
すると。
『じゃあ下行こ』
『嫌』
『なんで?』
『眠い』
『じゃあ俺が買ってくる』
「……」
なんだかんだ。
いつもこうだ。
私が断っても、結局気にかけてくれる。
私は少し迷ってから、
『パンがいい』
と送った。
すると、
『了解』
それだけ。
十分後。
コンコン。
「美緒ー」
「早っ!」
ドアを開ける。
悠がコンビニ袋を持って立っていた。
「はい」
「……ありがとう」
袋を受け取る。
中にはパンと飲み物。
そして。
「……これ」
「何?」
「ヨーグルト」
「私、頼んでないけど」
「知ってる」
「じゃあなんで?」
「好きでしょ?」
「……」
確かに好き。
「なんで覚えてるの?」
「昔から食べてたじゃん」
「……そんなことまで覚えてるの?」
「覚えてるよ」
悠は当たり前みたいに言った。
「美緒の好きなものくらい」
「……」
胸が、変にざわつく。
「何?」
「別に」
「顔赤い」
「赤くない!」
「赤いよ」
「うるさい!」
私はヨーグルトを奪い取った。
「ありがと!」
「どういたしまして」
「……」
なんだろう。
昨日から。
悠のことを意識してしまう。
昔からずっと一緒だった。
兄の友人で。
喧嘩ばかりして。
何でも言える相手だった。
なのに。
最近は。
悠に優しくされるたびに、心臓が変な動きをする。
「……嫌だな」
「何が?」
「えっ」
「また独り言?」
「聞いてたの?」
「うん」
「忘れて!」
「無理」
「もう!」
私は袋を抱えたまま、悠を睨む。
すると悠が笑った。
「美緒」
「何?」
「今日、俺のグループの収録あるんだけど」
「うん」
「終わったら、そっちのライブ見に行っていい?」
「……え?」
「今日、地方でライブでしょ?」
「そうだけど」
「行きたい」
「なんで?」
「美緒がステージに立ってるところ、ちゃんと見たいから」
「……」
まただ。
また、そんなことを言う。
「……好きにすれば?」
「やった」
悠は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、行く」
「でも目立たないようにしてよ?」
「帽子かぶる」
「絶対だよ?」
「うん」
「ファンにバレたら大変だからね」
「分かってる」
「あと、変なことしないで」
「変なことって?」
「……知らないけど!」
「ふふ」
悠が笑う。
その笑顔を見ていると。
昨日まで感じていた不安が、少しだけ消えていく。
私はまだ。
兄のことも。
悠のことも。
何も知らない。
だけど。
今は――
この人が私のそばにいてくれることが。
少しだけ嬉しかった。
⸻
そして、その日の夜。
私はステージの上にいた。
客席を見る。
いつものファン。
いつものスタッフ。
そして――
後ろの方。
帽子を深くかぶって、腕を組んでいる男。
「……本当に来た」
思わず笑ってしまう。
悠は私と目が合うと。
小さく手を振った。
私は慌てて前を向いた。
「……もう」
顔が熱い。
だけど。
その日のライブは。
いつもより、ずっと楽しかった。
そしてライブ終了後。
楽屋に戻ると――
「美緒」
「……何?」
悠が待っていた。
「今日、すごくよかった」
「……ありがと」
「なんかさ」
「うん?」
「俺、美緒がステージに立ってるの好きかも」
「……え?」
悠は少し考えて。
「楽しそうだから」
「……」
「もっと見たい」
胸が。
どくん、と鳴った。
「……そういうこと、簡単に言わないでよ」
「何で?」
「……知らない」
私は顔を逸らした。
そのとき。
悠が少しだけ真剣な顔をした。
「美緒」
「何?」
「俺がずっとそばにいるから」
「……」
「だから、安心して」
その言葉の意味を。
私はまだ知らなかった。
でも。
なぜかその瞬間だけは。
この人の言葉を、信じてもいい気がした。