大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。

ep15 私の知らない、悠の顔



ライブの翌日。

私は朝から、なんとなく落ち着かなかった。

昨日の悠の言葉が、頭から離れない。

――「俺がずっとそばにいるから」

「……何なのよ、ほんと」

思い出すたびに、顔が熱くなる。

昔から一緒にいるのに。

最近の悠は、少しだけ違う。

優しい。

……いや。

優しいのは昔からだ。

でも。

最近は、その優しさを意識してしまう。

「美緒ー!」

「……!」

廊下から声が聞こえた。

「朝からうるさい!」

ドアを開ける。

そこには悠がいた。

「おはよ」

「何でいるの?」

「今日、こっちで収録」

「ああ……」

「はい」

「何?」

悠が紙袋を差し出した。

「朝ごはん」

「……また?」

「昨日ちゃんと食べてなかったでしょ」

「食べたよ」

「少なかった」

「見てたの?」

「うん」

「怖いんだけど」

「心配だったから」

「……」

私は袋を受け取った。

「ありがと」

「どういたしまして」

「……ねえ」

「ん?」

「悠ってさ」

「うん」

「私以外にも、こういうことしてるの?」

「こういうこと?」

「朝ごはん買ったり」

「しない」

「……なんで?」

「美緒だから」

また。

その言い方。

「……私だからって、どういう意味?」

「そのまま」

「分かんない」

「分からなくていいよ」

「何それ」

悠は笑った。

「じゃ、またあとで」

「うん」

悠が去っていく。

私はその背中を見ながら、ため息をついた。

「……ほんと、分かんない」

⸻

その日の午後。

私はテレビ局の廊下を歩いていた。

すると。

「朝比奈くん!」

「悠くん、今日このあと空いてる?」

「みんなでご飯行こうよ!」

女性アイドルたちの声。

まただ。

悠は相変わらず囲まれている。

「えー……」

「またその反応!」

「疲れた」

「じゃあちょっとだけ!」

「うーん……」

私は遠くからその様子を見ていた。

……別に。

気にしてない。

そう思った。

「美緒!」

別のメンバーが私を呼ぶ。

「何?」

「こっち!」

私はそのまま歩いていった。

振り返らない。

……なのに。

なぜか。

背中に視線を感じる。

ちらっと振り返る。

悠がこっちを見ていた。

女性アイドルに囲まれたまま。

私と目が合う。

すると。

「ごめん、俺行く」

「え?」

「友達待ってるから」

悠はそう言って、人の間を抜けてくる。

そして。

「美緒」

「何?」

「どこ行くの?」

「楽屋」

「一緒に行く」

「……女の子たちは?」

「知らない」

「いいの?」

「いい」

「……ふーん」

二人で歩き始める。

しばらく無言だった。

「……ねえ」

「ん?」

「さっき」

「うん」

「なんで来たの?」

「美緒がいたから」

「それだけ?」

「それだけ」

「……」

私は黙った。

「何?」

「何でもない」

「また?」

「うん」

悠が笑う。

「変なの」

「悠に言われたくない」

「そっか」

そのまま歩いていると。

突然、悠のスマホが鳴った。

「……もしもし?」

電話に出る。

「うん」

「……」

「今?」

悠の顔から笑顔が消えた。

「……分かった」

短い返事。

電話を切る。

「どうしたの?」

「……玲央」

「お兄ちゃん?」

「うん」

「何かあった?」

「いや」

悠は少し黙った。

「仕事の話」

「そっか」

悠は気まずそうな表情を浮かべた。

話を逸らした。

何年も一緒にいるので、悠の考えていることは分かる。

悠は何かを隠している。

それだけは分かった。
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