大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。
ep.17「お兄ちゃんの件、ごめんなぁ」
その日は、東京での音楽番組の収録だった。
最近、私たちのグループも少しずつ東京の番組に呼んでもらえるようになった。
地方の劇場やショッピングモールで活動していた頃には、考えられなかったことだ。
「今日、あのグループも出るんだって」
楽屋でメンバーがスマホを見ながら言った。
「どのグループ?」
「ほら、あの人気グループ」
画面を覗き込む。
そこに映っていたのは――
「……」
私は言葉を失った。
見覚えのある顔。
何度もテレビで見た。
そして。
私が昔、何度も会っていた人たち。
「……お兄ちゃんのグループ」
思わず呟いた。
兄がアイドルだった頃。
所属していたグループ。
今では、国民的と言ってもいいほどの人気グループになっている。
兄がいた場所。
兄が、突然いなくなった場所。
「美緒、大丈夫?」
「うん」
私は笑った。
「ちょっと懐かしいなって思っただけ」
兄がいた頃。
私は何度も、この人たちに会ったことがある。
寮にも遊びに行った。
楽屋にも行った。
兄と一緒に笑っている姿も、何度も見ていた。
でも。
今は――
兄はいない。
「……なんで辞めたんだろ」
小さく呟く。
人気があった。
グループも順調だった。
それなのに。
兄は突然、アイドルを辞めた。
そして今は俳優をしている。
理由を聞いても、
「いろいろあったんだよ」
それだけ。
私は納得していなかった。
でも。
兄が話したくないなら、無理に聞くことでもない。
そう思っていた。
……つい最近までは。
⸻
収録前。
廊下を歩いていると。
「……あれ?」
後ろから声がした。
振り返る。
「みおちゃん?」
「……!」
そこにいたのは。
兄の元メンバーだった。
「久しぶりやねー!」
「お久しぶりです!」
「うわー、大きくなったなあ」
「もう私、子どもじゃないですよ」
「いやいや、俺らからしたらまだ妹やで」
そう言って笑う。
懐かしい。
昔と変わらない。
「今、アイドルやってるんやって?」
「はい!」
「頑張ってるなあ」
「ありがとうございます!」
少しだけ話して。
そのまま別れる――
はずだった。
「……あ」
その人が、ふと何かを思い出したように私を見る。
「みおちゃん」
「はい?」
「……玲央のこと」
「お兄ちゃん?」
「うん」
少しだけ表情が曇った。
「お兄ちゃんがどうかしました?」
「……」
一瞬。
その人は言いにくそうに目を逸らした。
そして。
「お兄ちゃんの件、ごめんなぁ」
「……え?」
「……あいつも、いろいろ大変やったもんなぁ」
「…………」
私は固まった。
「……何のことですか?」
「え?」
今度は、相手が固まった。
「何って……」
「お兄ちゃんの件って?」
「……」
数秒。
沈黙が流れる。
そして。
「あ……」
その人は、しまったという顔をした。
「……知らんかったんか」
「何を?」
「いや……」
慌てたように手を振る。
「ごめん。今の聞かんかったことにして」
「ちょっと待ってください!」
「ほんまにごめん!」
「何のことなんですか?」
「いや、俺からは言えへん」
「でも――」
「じゃあ、またな!」
そう言って。
その人は足早に去っていった。
「……」
私はその場に立ち尽くした。
何だったの?
「お兄ちゃんの件って……」
頭の中で、何度もその言葉が繰り返される。
――あいつも、いろいろ大変やったもんなぁ。
大変?
何が?
アイドルを辞めたこと?
俳優に転向したこと?
それとも。
私の知らない何かがあったの?
「……分かんない」
胸の奥がざわざわする。
そのとき。
「美緒?」
「……!」
振り返る。
悠だった。
「何してるの?」
「……悠」
「うん?」
私は悠の顔を見た。
聞こう。
そう思った。
「ねえ」
「ん?」
「……お兄ちゃんってさ」
悠の表情が、ほんの一瞬だけ止まった。
「何?」
「アイドル辞めた理由って」
「……」
「悠、知ってる?」
沈黙。
ほんの数秒だった。
でも。
私には、それが妙に長く感じた。
「……なんで急に?」
「さっきね」
私は、さっき言われたことを話した。
悠は黙って聞いていた。
そして。
「……そう」
それだけ。
「何か知ってるんでしょ?」
「……」
「悠」
「美緒」
「何?」
悠は、少しだけ困ったように笑った。
「それは」
「うん」
「玲央本人から聞くことだと思う」
「……」
「俺からは言えない」
「なんで?」
「……約束だから」
「約束?」
「うん」
その言葉に。
胸がざわついた。
「お兄ちゃんと?」
「……うん」
「何の約束?」
悠は答えなかった。
「……そっか」
私は視線を落とした。
なんだか。
置いていかれたような気がした。
昔から。
三人で一緒だったのに。
私だけ知らない。
私だけ、何も知らされていない。
「……私、妹なのに」
ぽつりと呟く。
悠が何か言おうとした。
でも。
その前に。
「美緒ちゃん! スタンバイお願いします!」
スタッフさんの声が響いた。
「……行かなきゃ」
私はステージへ向かう。
振り返らなかった。
でも。
背中に悠の視線を感じた。
そして。
この日から。
私は少しずつ。
兄がアイドルを辞めた本当の理由を、知りたいと思うようになった。