大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。

ep.18 悠は、何かを隠している



収録が終わっても。

さっき聞いた言葉が、頭から離れなかった。

――『お兄ちゃんの件、ごめんなぁ』

――『あいつも、いろいろ大変やったもんなぁ』

「……何だったんだろう」

楽屋に戻ってからも、ずっと考えている。

聞かなかったことにして。

そう言われた。

でも。

そんなことを言われたら、余計に気になるに決まっている。

私はスマホを手に取った。

お兄ちゃんに連絡する。

『今日、昔のグループの人に会った』

しばらく待つ。

既読はつかない。

……忙しいのかな。

私は画面を閉じた。

そのとき。

「美緒」

「……!」

楽屋のドアから、悠が顔を出した。

「何?」

「まだいたんだ」

「うん」

「帰らないの?」

「もうちょっとしたら」

悠が入ってくる。

いつものように、私の向かいの椅子に座った。

「今日、どうだった?」

「……普通」

「そっか」

「ねえ、悠」

「ん?」

私は少し迷った。

でも。

聞くなら今しかない。

「今日さ」

「うん」

「昔のお兄ちゃんのグループの人に会った」

悠の表情が、ほんの少しだけ変わった。

「……そうなんだ」

「うん」

「何か話した?」

「話した」

「……何を?」

私は悠を見る。

「お兄ちゃんのこと」

「……」

「『お兄ちゃんの件、ごめんなぁ』って言われた」

悠は黙った。

「それから」

私は続ける。

「『あいつもいろいろ大変やったもんなぁ』って」

「……」

「ねえ」

「うん」

「何のこと?」

悠は答えない。

「悠」

「……分からない」

「嘘」

「……」

「悠、今、嘘ついたでしょ」

「ついてないよ」

「顔に出てる」

「出てない」

「出てる」

悠は困ったように笑った。

「美緒」

「何?」

「それは……」

「うん」

「俺からは話せない」

「……なんで?」

「玲央との約束だから」

また。

その言葉。

「約束って何?」

「……ごめん」

「私には言えないの?」

「うん」

「妹なのに?」

「……」

悠が黙る。

その沈黙が。

答えみたいだった。

「……分かった」

私は目を逸らした。

「もう聞かない」

「美緒」

「大丈夫」

「……」

「私が勝手に気になってるだけだから」

立ち上がる。

「帰るね」

「待って」

悠が私の手首を掴んだ。

「……何?」

「怒ってる?」

「怒ってない」

「でも――」

「怒ってないってば」

私は手を離した。

「ただ……」

少しだけ言葉に詰まる。

「私だけ何も知らないのが、嫌なだけ」

悠が黙った。

「昔はさ」

私は笑った。

「三人で何でも話してたじゃん」

「……うん」

「なのに今は」

言葉が止まる。

「お兄ちゃんのことになると、二人とも何も教えてくれない」

「……」

「私、そんなに信用されてないのかな」

「違う!」

悠が珍しく、強い声を出した。

私は驚いて顔を見る。

悠は少し俯いていた。

「……違うよ」

「じゃあ何?」

「美緒を傷つけたくないだけ」

「……」

「玲央も、俺も」

「どういう意味?」

悠は答えなかった。

ただ。

「……いつか話すから」

それだけ。

「いつかって、いつ?」

「分からない」

「……」

私はため息をついた。

「本当にずるいよ、悠」

「うん」

「私、もう子どもじゃないのに」

「……知ってる」

「だったら教えてよ」

「……ごめん」

私は何も言えなくなった。

すると悠が。

少しだけ寂しそうに笑った。

「美緒」

「何?」

「玲央は」

一瞬、言葉を選ぶように黙る。

「美緒のこと、ずっと大事にしてるよ」

「……」

「それだけは、信じて」

「……うん」

それ以上は聞けなかった。

楽屋を出る。

廊下を歩きながら。

私はスマホを握りしめた。

兄からの返信は、まだない。

「……お兄ちゃん」

今、どこで。

何をしているんだろう。

そして。

私に隠していることは。

一体、何なんだろう。

⸻

その頃。

誰もいない楽屋に残った悠は。

スマホの画面を見つめていた。

そこには。

昔撮った一枚の写真。

まだ三人が、何も知らなかった頃の写真。

悠は小さく息を吐く。

「……ごめんな、美緒」

その写真を見ながら。

誰にも聞こえない声で呟いた。

「まだ、言えないんだ」

そしてスマホを伏せる。

――美緒が真実を知る日は。

まだ、もう少し先だった。
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