大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。
ep.19 知らない名前
翌日。
私は朝から、昨日のことを考えていた。
――『俺からは話せない』
――『玲央との約束だから』
何度思い返しても、気になる。
お兄ちゃんは何を隠しているんだろう。
そして、悠は何を知っているんだろう。
「……気になる」
でも、本人たちが話したくないことを無理やり聞くのも違う。
そう思って、私は一旦忘れることにした。
今日はライブ。
余計なことを考えている暇なんてない。
「美緒ー! スタンバイ!」
「はーい!」
ステージに出る。
音楽が流れる。
照明がつく。
客席から歓声が上がる。
私は笑った。
今は、アイドル。
余計なことは全部忘れて。
目の前のお客さんを楽しませる。
それだけ。
⸻
ライブが終わったあと。
私は楽屋で汗を拭いていた。
「今日、楽しかったー!」
メンバーたちと話していると。
スタッフさんが入ってきた。
「美緒ちゃん、お疲れさま」
「お疲れさまです!」
「ちょっといい?」
「はい?」
スタッフさんが、一枚の紙を渡してくる。
「これ、今日の出演者さんから預かったんだけど」
「私に?」
「うん」
見ると。
小さなメモだった。
そこには、たった一言。
『玲央の妹へ』
「……」
心臓が跳ねた。
「誰からですか?」
「それが、名前は聞いてなくて」
「……」
「知り合い?」
「……たぶん」
スタッフさんが出ていったあと。
私はもう一度、メモを見る。
裏返す。
何もない。
「……誰?」
兄の関係者?
昔の知り合い?
それとも――。
私はスマホを取り出した。
お兄ちゃんに電話しようとして。
指を止める。
昨日も返信がなかった。
「……」
結局、電話はしなかった。
代わりに。
悠にメッセージを送る。
『今日、変なものもらった』
すぐに既読がついた。
『何?』
写真を送る。
しばらく返信がない。
数分後。
『それ、誰から?』
『スタッフさんも分からないって』
『……美緒』
『うん?』
『その紙、捨てて』
「……え?」
私は画面を見つめた。
『なんで?』
既読がつく。
でも。
返信が来ない。
「悠?」
電話をかける。
出ない。
「……何なの」
私はメモを握りしめた。
ただ名前を書かれただけ。
それなのに。
悠は明らかに動揺している。
――知ってる。
絶対に。
この紙を書いた人のことを。
⸻
その頃。
少し離れた場所。
悠はスマホを握ったまま、立ち尽くしていた。
画面には、美緒から送られてきた写真。
『玲央の妹へ』
その文字を見た瞬間。
昔の記憶が蘇る。
あの日。
玲央が突然、何も言わずにいなくなった日。
誰にも説明できなかったこと。
そして。
玲央から言われた言葉。
――「美緒には、絶対に言うな」
悠は目を閉じた。
「……まだ早いだろ」
小さく呟く。
でも。
一つだけ分かっていることがある。
このメモを書いた人物は。
玲央の過去を知っている。
そして。
美緒に近づき始めた。
⸻
その夜。
ホテルに戻った私は。
机の上にメモを置いたまま、じっと眺めていた。
「……玲央の妹へ、って」
なんで。
私の名前じゃなくて。
「玲央の妹」なの?
その瞬間。
スマホが鳴った。
知らない番号。
「……え?」
私はしばらく画面を見つめる。
出るべきか。
迷った。
そして。
通話ボタンを押した。
「……もしもし?」
返事はない。
「もしもし?」
しばらくして。
低い声が聞こえた。
『……やっぱり、玲央の妹か』
「……え?」
『いや……何でもない』
「誰ですか?」
『……知らないほうがいい』
「ちょっと待って!」
ブツッ。
電話が切れた。
「…………」
私はスマホを握りしめた。
怖い。
でも。
それ以上に。
知りたい。
兄が隠していること。
悠が隠していること。
そして。
私の知らない、兄の過去。
「……お兄ちゃん」
私は小さく呟いた。
「一体、何があったの?」
答えてくれる人は。
誰もいなかった。