大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。
ep.20 私だけが知らない
翌朝。
目が覚めて、一番に思い出したのは。
昨日の電話だった。
――『やっぱり、玲央の妹か』
あの声。
誰だったんだろう。
私はベッドの上でスマホを握りしめた。
着信履歴を見る。
知らない番号。
かけ直すべきか迷ったけれど。
結局、やめた。
「……怖いし」
でも。
気になる。
ものすごく気になる。
昨日もらったメモも、まだ机の上に置いてある。
『玲央の妹へ』
どうして私に?
何のために?
「……お兄ちゃん」
私はスマホを開いた。
兄とのトーク画面。
最後に送ったメッセージは、まだ既読になっていない。
『今日、昔のグループの人に会った』
そして、その下に。
昨日、もう一つ送っていた。
『お兄ちゃんのことで、聞きたいことがある』
それにも。
返信はない。
「……忙しいのかな」
そう思おうとした。
でも。
胸の奥では、別のことを考えていた。
――もしかして。
返せないんじゃなくて。
返したくない?
「……」
私は考えるのをやめた。
今日は仕事。
今はアイドル。
余計なことを考えない。
そう決めた。
⸻
午後。
テレビ局に着くと。
「美緒!」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
「悠」
「おはよ」
「おはよう」
悠は私の顔を見るなり、少し眉を寄せた。
「……寝てない?」
「寝たよ」
「嘘」
「寝たって」
「目、死んでる」
「失礼!」
悠が少し笑う。
「昨日のこと?」
「……」
私は黙った。
悠も察したようだった。
「電話」
「うん」
「誰からだった?」
「知らない人」
「……何て?」
「『玲央の妹か』って」
悠の表情が変わった。
ほんの一瞬。
でも。
私は見逃さなかった。
「……悠」
「何?」
「やっぱり知ってるんでしょ」
「……」
「昨日も言ったよね」
私は悠を見つめた。
「私だけ何も知らないの、嫌なんだけど」
「美緒」
「お兄ちゃんに何があったの?」
「……」
「悠」
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
悠が小さく息を吐いた。
「……全部は知らない」
「全部?」
「俺が知ってるのは、一部だけ」
「じゃあ教えて」
「それもできない」
「なんで!」
思わず声が大きくなった。
廊下を歩いていたスタッフさんが振り返る。
私は慌てて口を閉じた。
「……ごめん」
悠は何も言わない。
「私、お兄ちゃんの妹だよ?」
「分かってる」
「だったら……」
「だからだよ」
「……え?」
悠が私を見る。
「玲央が、美緒には絶対に話すなって言ったから」
「……」
「俺は約束を破れない」
その言葉に。
胸が痛くなった。
「……お兄ちゃんは」
私は小さく呟く。
「私に何も話したくないのかな」
「違う」
悠はすぐに答えた。
「じゃあ、なんで?」
「……」
「なんで私だけ」
言葉が詰まる。
「私だけ、何も知らないの?」
悠は黙って私を見ていた。
そして。
「美緒」
「……何?」
「玲央は、美緒を守りたいんだと思う」
「守る?」
「うん」
「何から?」
悠は答えなかった。
まただ。
また、何も教えてくれない。
「……もういい」
私は背を向けた。
「美緒」
「収録行ってくる」
「待って」
「大丈夫だから」
歩き出す。
すると。
後ろから、悠の声が聞こえた。
「……ごめん」
私は振り返らなかった。
⸻
収録が始まる。
ステージの上。
音楽が流れる。
笑顔を作る。
いつも通り。
だけど。
頭の中は、兄のことでいっぱいだった。
――守りたい。
――約束。
――大変だった。
――知らないほうがいい。
一体。
何なの?
曲が終わり、ステージを降りる。
そのとき。
スタッフさんが近づいてきた。
「美緒ちゃん」
「はい?」
「さっき、楽屋に誰か来てたよ」
「誰ですか?」
「それが……」
スタッフさんが少し困った顔をする。
「玲央さんの知り合いだって」
「……え?」
心臓が跳ねた。
「どんな人でした?」
「男性だったけど……名前は聞いてない」
「何か言ってました?」
「美緒ちゃんに渡してほしいって」
差し出されたのは。
一枚の封筒。
私は受け取った。
表には。
私の名前。
瀬名美緒
そして。
その下に、小さく。
『玲央のことで』
「……」
指先が震える。
誰?
何を知っているの?
私は封筒を見つめた。
開けるのが怖い。
でも。
知りたい。
私はゆっくりと封筒を開いた。
中に入っていたのは。
一枚の写真。
そして。
短い手紙だった。
写真には――
まだ幼い私と。
兄と。
そして。
もう一人の少年が写っていた。
「……悠?」
昔の私たち。
三人で笑っている。
その裏には。
たった一行。
『この頃から、すべてが始まっていた。』
「…………え?」
私は写真を握りしめた。
すべてが始まった?
何が?
兄がアイドルになったこと?
悠と出会ったこと?
それとも――。
兄がアイドルを辞めること?
その瞬間。
楽屋のドアが開いた。
「美緒?」
悠だった。
私は反射的に写真を隠した。
「……どうしたの?」
「何でもない」
「……」
悠が私を見る。
その顔を見た瞬間。
私は確信した。
悠は。
この写真のことを知っている。
そして。
私がまだ知らない「何か」を。
ずっと隠している。