大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。
ep3. なんで私の楽屋にいるの?
「……なんでいるの?」
楽屋のドアを開けた瞬間。
私は思わず固まった。
私の席。
そこに――
朝比奈悠が座っている。
しかも。
私のクッションを抱えて。
「おかえりー」
「…………」
「美緒?」
「なんでいるの?」
「待ってた」
「誰が待ってていいって言ったの?」
「誰も」
「じゃあ帰って」
「やだ」
「なんで!?」
悠は、私のクッションを抱えたまま首を傾げる。
「暇だから」
「知らないよ!」
「俺の楽屋、うるさかった」
「だからって、なんでこっち来るの!」
「こっち静かだから」
「私たちの楽屋なんだけど!」
「知ってる」
「じゃあ出て!」
「あとちょっと」
「……」
私は大きくため息をついた。
すると、隣にいたメンバーが笑い出す。
「美緒、もう諦めたら?」
「なんで!?」
「朝比奈くん、いつもここにいるじゃん」
「それが嫌なの!」
「でも仲良いじゃん」
「仲良くない!」
悠が口を挟む。
「そうそう。俺たち仲良くないよ」
「……」
「ただの腐れ縁」
「誰が腐れ縁よ!」
「美緒」
「何!」
「声大きい」
「誰のせい!?」
メンバーたちが笑う。
「ほんと、二人って面白いよね」
「面白くない!」
「面白いよ」
「悠は黙ってて!」
「はい」
……素直に黙るところが、余計に腹が立つ。
私は自分の席に座った。
すると。
「美緒」
「何?」
「これ」
悠が何かを差し出してきた。
「……何?」
「飲み物」
「いらない」
「買ってきた」
「自分で飲めば?」
「美緒の好きなやつ」
「……」
私は思わず商品を見る。
確かに、いつも私が飲んでいるものだった。
「……なんで知ってるの?」
「昔から飲んでるじゃん」
「……」
そうだった。
研究生の頃から。
レッスンのあとに、いつもこれを飲んでいた。
「はい」
「……ありがとう」
受け取る。
すると悠が、満足そうに笑った。
「よかった」
「……何?」
「美緒、最近ちゃんと食べてる?」
「食べてる」
「ほんと?」
「ほんと」
「昨日は?」
「……」
「ほら」
「食べた!」
「何を?」
「……」
答えられない。
悠が呆れたように笑う。
「また適当にしてたでしょ」
「うるさいなあ」
「ちゃんと食べなよ」
「お母さん?」
「心配してるだけ」
「……」
その言葉に、なぜか胸が詰まる。
私は誤魔化すようにストローを刺した。
「……いただきます」
「うん」
悠はそれだけ言って、また私のクッションに戻った。
「ねえ」
「ん?」
「それ、私の」
「知ってる」
「返して」
「やだ」
「なんで!?」
「気持ちいい」
「知らないよ!」
私はクッションを引っ張る。
悠も離さない。
「ちょっと!」
「無理」
「返して!」
「やだ」
「朝比奈!」
「美緒」
「……!」
「力弱いね」
「ムカつく!」
結局。
私が諦めた。
「もういい!」
「やった」
悠は嬉しそうにクッションを抱え直した。
その様子を見ていたメンバーが、ぽつりと言う。
「……ねえ」
「何?」
「朝比奈くんってさ」
「うん?」
「美緒のこと、好きなの?」
「「は?」」
私と悠の声が重なった。
「違う!!」
私が叫ぶ。
すると悠も、
「違うよ」
と、あっさり答えた。
「俺、美緒のこと妹みたいに思ってるから」
「…………」
なぜか。
その言葉が、少しだけ引っかかった。
妹。
そうだ。
私はずっと、悠にとってそういう存在なんだろう。
兄の友人。
昔から一緒にいる、妹みたいな存在。
それだけ。
「じゃあ美緒は?」
メンバーに聞かれる。
「私?」
「うん。悠のことどう思ってる?」
「……」
私は悠を見る。
クッションを抱えて、ぼんやりスマホを見ている。
国民的アイドル。
テレビでは、あんなにキラキラしているのに。
私の前では、昔と何も変わらない。
「……大嫌い」
「即答じゃん!」
みんなが笑う。
悠も顔を上げた。
「俺も」
「何が?」
「美緒のこと、大嫌い」
「……」
「でも」
悠は、いつもの眠そうな顔で笑った。
「一緒にいるのは楽しいよ」
「……」
「だから、これからもよろしく」
「……知らない」
私は顔を逸らした。
なんだろう。
胸の奥が。
ほんの少しだけ、変だった。
でも。
このときの私はまだ知らない。
「妹みたい」
その言葉が。
いつか私の心を、思いっきり揺らすことになるなんて。
――もちろん。
そんなことを考えているなんて、悠は知るはずもなかった。