大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。
ep.6 選ばれたのは、お兄ちゃんだった
デビューの話が白紙になってから。
私たちは、また研究生としてレッスンを続けていた。
何も変わらない。
……そう思っていた。
「美緒!」
「なに?」
ある日のレッスン終わり。
兄が、珍しく私を呼び止めた。
「ちょっと話がある」
「何?」
「……事務所から」
兄が言葉を濁す。
「新しい話が来た」
「新しい話?」
「うん」
隣にいた悠が、黙って兄を見る。
「何の話?」
私が聞くと、兄は少しだけ笑った。
「デビューの話」
「……え?」
胸が跳ねた。
「また?」
「うん」
「じゃあ、悠も?」
私は当然のように悠を見る。
でも。
悠は何も言わなかった。
「……お兄ちゃん?」
「俺だけなんだ」
「え?」
一瞬、意味が分からなかった。
「俺だけ、声をかけてもらった」
「……何に?」
「事務所のグループ」
兄が所属することになったのは、事務所でも一番人気のグループだった。
すでにデビューしていて。
ファンもたくさんいて。
テレビにも頻繁に出ている。
そこへ――
追加メンバーとして、兄が加入する。
「……すごいじゃん!」
私は思わず笑った。
「お兄ちゃん、すごい!」
兄は困ったように笑う。
「ありがとう」
「悠も一緒?」
私は、もう一度聞いた。
今度は誰も答えなかった。
「……悠?」
「俺は、まだ」
「そっか」
私は何も考えずに言った。
「じゃあ、悠もすぐデビューできるよ!」
「……」
「だって、悠も歌もダンスも上手いし!」
「美緒」
兄が私を止める。
「何?」
「……そう簡単にはいかないよ」
「でも――」
「大丈夫」
悠が笑った。
いつもの、あの顔。
眠そうで。
のんびりしていて。
何も気にしていないような顔。
「玲央、おめでとう」
「悠……」
「頑張って」
「……うん」
二人が握手をする。
私は、その光景を見ながら笑った。
「これからも三人で頑張ろうね!」
「……うん」
悠が答える。
でも。
その声は、少しだけ小さかった。
⸻
その日の夜。
私は寮の部屋で、一人になった。
兄はもう、エースグループのメンバーとして東京で活動する準備を始めている。
「お兄ちゃん、すごいなあ……」
私はベッドに寝転びながら呟いた。
兄が夢を叶える。
それが嬉しかった。
ずっと一緒に頑張ってきたから。
きっと悠も、すぐに続く。
そう思っていた。
だって。
二人は親友だから。
ずっと一緒だったから。
だから私は――
二人の間に、何かが変わってしまったなんて思いもしなかった。
翌朝。
私はいつものようにレッスン室へ向かった。
ドアを開ける。
「おはよー!」
「……」
返事がない。
「悠?」
部屋の隅。
一人で座っている悠がいた。
「どうしたの?」
「……別に」
「玲央は?」
「東京」
「そっか」
私は悠の隣に座った。
「すぐ戻ってくるよね?」
「……さあ」
「え?」
悠は笑った。
「忙しくなるんじゃない?」
「でも、お兄ちゃんだよ?」
「うん」
「悠の親友じゃん」
「……そうだね」
その笑顔が。
ほんの少しだけ、寂しそうに見えた。
でも私は。
その理由を、まだ知らなかった。