大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。

ep.7 お兄ちゃんがいない毎日



兄が東京へ行ってから、寮が少しだけ広く感じるようになった。

「……静か」

朝。

いつもなら、

「美緒、起きて」

って、兄が部屋を覗いてくる時間。

今日は誰も来ない。

私は布団の中でスマホを見る。

兄からメッセージが届いていた。

『今日から本格的にレッスン始まる!』

その下に、

『美緒もちゃんと食べろよ』

と書いてある。

「……お兄ちゃん、過保護」

思わず笑った。

すると。

コンコン。

「美緒ー?」

「……」

聞き慣れた声。

「起きてる?」

「……起きてる」

「入っていい?」

「嫌」

「じゃあ入るね」

「人の話聞いて!?」

ガチャ。

ドアが開く。

「おはよ」

「……勝手に入ってくるな」

「玲央いないから、俺が起こしに来た」

「頼んでない」

「でも美緒、起きるの遅いじゃん」

「今日は起きてたし!」

「ほんと?」

「ほんと!」

悠は私の顔をじっと見る。

「……寝癖すごい」

「え?」

慌てて髪を触る。

「嘘」

「……!」

「ふふ」

「最悪!」

朝から腹が立つ。

でも。

兄がいなくなってから。

悠は、前より私のところに来るようになった。

朝、起こしに来る。

ご飯を食べたか聞いてくる。

レッスンが終われば、

「一緒に帰ろ」

と言ってくる。

「……悠」

「ん?」

「なんで最近、毎日いるの?」

「え?」

「前からいたけど、最近特に」

「玲央に頼まれた」

「……え?」

「美緒のことよろしくって」

「お兄ちゃんが?」

「うん」

「いつ?」

「東京行く前」

私は少し黙った。

「……そっか」

「だから」

悠が笑う。

「俺がちゃんと見張っとく」

「子どもじゃないんだけど」

「知ってる」

「じゃあ見張らなくていい」

「無理」

「なんで?」

「玲央に頼まれたから」

「……お兄ちゃん、余計なことを」

私はため息をついた。

でも。

なぜか少しだけ嬉しかった。

兄が遠くに行ってしまっても。

私のことを気にかけてくれている。

それが分かったから。

⸻

数週間後。

兄から電話がかかってきた。

「もしもし?」

『美緒?』

「お兄ちゃん!」

久しぶりに聞く声。

『元気?』

「元気だよ」

『ちゃんとご飯食べてる?』

「食べてるってば」

『悠に聞いたら、昨日コンビニのおにぎりだけって』

「……あいつ!」

『ちゃんと食べなよ』

「お兄ちゃんまで!」

電話の向こうで兄が笑う。

『悠、いる?』

「いるけど」

『代わって』

「はい」

悠にスマホを渡す。

「もしもし」

『悠』

「うん」

『美緒のこと、頼むな』

「任せて」

「ちょっと!」

『ははは』

「二人とも私を何だと思ってるの!?」

『じゃあまた電話する』

「うん」

電話が切れる。

私はスマホを見つめた。

「……お兄ちゃん」

「ん?」

「いつ帰ってくるかな」

悠は少し黙った。

「……しばらく帰ってこないんじゃない?」

「そっか」

寂しい。

でも。

兄は夢を追いかけている。

だから、応援したい。

「じゃあ私たちも頑張らないとね」

「……うん」

「悠も絶対デビューしようね」

「……うん」

また。

あの少しだけ寂しい顔。

私は気づかないふりをした。

この頃の私はまだ知らなかった。

兄が東京で、どんどん人気を得ていくことも。

悠との関係が、少しずつ変わっていくことも。

そして。

私たち三人が、もう二度と同じ場所には戻れなくなることも。
< 7 / 21 >

この作品をシェア

pagetop