大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。

ep.8 テレビの中のお兄ちゃん



「……え?」

私は、テレビの画面を見つめた。

そこに映っているのは――兄だった。

「お兄ちゃん……」

デビューしたばかりのグループの新曲披露。

ステージの真ん中で、兄が歌っている。

研究生時代、何度も練習していた振り付け。

何度も聞いた歌声。

でも。

テレビの中にいる兄は、私が知っている兄とは少し違って見えた。

「すご……」

思わず呟く。

隣で悠がソファに座っている。

「……玲央、頑張ってるね」

「うん」

兄が笑う。

ファンの歓声が響く。

画面の向こうからでも分かるくらい、大きな声。

私は嬉しくなった。

「お兄ちゃん、かっこいいじゃん」

「でしょ」

「……悠が言う?」

「俺もそう思ってるから」

「何それ」

悠はテレビを見たまま、少し笑った。

「玲央、昔からステージに立つと別人みたいになるんだよ」

「そうだったっけ?」

「うん」

「私にはいつものお兄ちゃんだけど」

「美緒にはね」

その言葉に、私は笑った。

「でも、悠も早くデビューしないとね」

「……そうだね」

「いつ?」

「知らない」

「えー」

「事務所に聞いて」

「なんで私が?」

「美緒なら聞いてくれるかなって」

「絶対聞かない」

「冷たい」

「自分で聞きなよ」

「めんどくさい」

「出た」

私は呆れて笑った。

本当に、この人は昔からこうだ。

夢を追いかけているはずなのに。

焦っているようには見えない。

兄が先にデビューして。

どんどん遠くへ行って。

それでも悠は、いつも通り。

レッスンして。

寝て。

食べて。

私と喧嘩して。

そんな毎日を過ごしている。

「ねえ、悠」

「ん?」

「お兄ちゃん、人気出るかな?」

「出るよ」

「即答じゃん」

「だって玲央だもん」

悠はテレビの中の兄を見ながら言った。

「絶対、人気出る」

「そっか」

私は嬉しくなった。

「じゃあ、私もいっぱい応援しよ」

「俺のことも応援してよ」

「悠は……」

私は少し考える。

「まあ、する」

「『まあ』って何?」

「だって大嫌いだし」

「ひどい」

「でも」

「ん?」

「デビューしたら、ちゃんと応援する」

悠がこちらを見る。

「……ほんと?」

「うん」

「じゃあ約束」

「何の?」

「俺がデビューしたら、一番最初に美緒に連絡する」

「別にいいけど」

「あと、最初のCDあげる」

「いらない」

「なんで!?」

「買うから」

「……」

悠が固まる。

「何?」

「美緒、優しい」

「普通でしょ」

「じゃあサインもする」

「いらないって」

「する」

「聞いてないし」

「美緒へ、って書く」

「だからいらない!」

笑い声が部屋に響いた。

テレビでは、まだ兄が歌っている。

その隣で。

悠が笑っている。

私はふと思った。

この二人は、これからもずっと一緒なんだろうな。

兄は先にデビューした。

でも、悠もきっとすぐに追いつく。

そしてまた。

三人で笑える日が来る。

――そう思っていた。

けれど。

その夜。

事務所から一本の電話がかかってきた。

「……はい」

電話に出た悠の表情が変わる。

「……俺ですか?」

私は何気なく振り返った。

「はい。分かりました」

短い返事。

電話を切った悠は、しばらく黙っていた。

「悠?」

「……ん?」

「どうしたの?」

「別に」

いつもの笑顔。

でも。

ほんの少しだけ。

その目が揺れていた。

「明日、事務所に来てって」

「何の話?」

「……さあ」

「デビュー?」

私が冗談半分で言うと。

悠は一瞬だけ黙った。

「……だったらいいね」

そして。

いつものように笑った。

私はまだ知らなかった。

翌日。

悠の人生を大きく変える話が、待っていることを。
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