【完結済】すべて失った廃妃のはずが、隣国で幸せになりました ~ 追放先で加護の力が復活し、新王妃として大歓迎されています ~

最終話.

 それからほどなくして、エヴァンシア王国において、決定的な政変があったとの報せが届いた。
 王政への不信は頂点に達し、高位貴族の代表者、王宮の重臣、神官長らが主導するクーデターが起こったのだ。
 統治不能に陥った責任を問われたディオネル・エヴァンシアと王妃ロジーナは拘束され、その後処刑された。
 グリダ公爵家は、王妃ロジーナの生家として責任を問われることとなった。外務大臣を務めていた当主グリダ公爵は、降爵処分を受け、政界から退くこととなった。領地も大幅に縮小されたという。
 エヴァンシア王政は事実上崩壊し、代わって、クーデターの主導者たちにより構成された臨時統治評議会が、政を担うこととなったという。
 だが、そこからの立て直しは容易ではなかった。
 すでに国力は著しく衰え、軍は統制を失い、財政は底を突いている。民の王家に対する信頼も完全に失墜していた。
 そのエヴァンシアの混乱を前に、私たちオルセリエを含む周辺諸国は、対応を迫られることとなった。
 いずれの国も、単独での介入は新たな争いを招くと判断し、利害の均衡を保つため、エヴァンシアは各国による共同保護のもとに置かれることが決定した。
 諸国へ嫁いでいたエヴァンシア王族らの、政略結婚としての価値も消滅した。後ろ盾をなくした王女たちは、嫁ぎ先での立場が大きく揺らいでいるようだ。
 また、これまで王政の暴走を知りながらも迎合していた高位貴族の者たちは責任を問われ、失脚や領地の没収、縮小処分を受けた。
 一方で、王に諫言を続けていた者や有能な官僚たちは、そのまま統治評議会のもとで政務にあたることとなった。
 長年の安寧を失い急速に瓦解したエヴァンシア王国は今、新たな形へと組み替えられていた。
 なおベルロワ侯爵家については、私が王宮を去った直後に父が内務大臣の職を解かれ、早い段階で政から遠ざかっていたこともあり、今回の混乱において大きな責任を問われることはなかったという。
 現在は領地にて、家族で静かに過ごしていると聞き、私はほっと胸を撫で下ろした。
 また、離宮に退いていた王太后も、その身を保護されているという。
 かつて王国を支え続けた彼女は、今なお多くの重臣や民たちから敬意を払われており、大切に扱われているようだ。
 新たな体制が築かれる中、エヴァンシアの共同保護に関する各国の協議の結果、統治評議会の特別顧問に私の名が挙がることとなった。
 オルセリエ王国再建の実績を持ち、なおかつエヴァンシアの出身であり、かの国の内情を知る立場にあることが、その理由とされた。
 私は今後、オルセリエ王国王妃という立場で、エヴァンシア王国の再建に関わっていく。
 今後は公務として、エヴァンシアを訪れる機会も増えていくだろう。
 すぐには難しいかもしれないけれど、いつかはベルロワ侯爵領も訪れてみたい。
 その時が来たら、家族へ手紙を書いてみようか。
 突然私からの便りが届いたら、きっと驚くだろうけれど。
 
 瓦解してしまったエヴァンシア王国に、加護の力を持つ娘が再び生まれることは、当分ないのかもしれないと、私は思う。
 己よりも家を、家よりも国を、国よりも民を。
 加護の力は、そうした献身の心を積み重ねてきた中で、ごく稀にようやく芽吹くものだから。
 目の前にある自分たちの生活を守ることに精一杯の状況では、他の民のために祈る余裕などあるはずもない。
 エヴァンシアという国が、かつてと同じ栄華を取り戻すことはないかもしれない。
 けれど、時間をかけて少しずつ秩序を取り戻し、民たちが安心して暮らせる国として立ち直ってほしい。そのために、私も尽力しようと思う。

 こうして、オルセリエ王国のために日々祈りを捧げ公務に邁進しながら、周辺諸国と連動し、エヴァンシア王国再建にも奮闘するという日々が始まった。
 そんな中で、私とセルジュ様の結婚式が、ようやく執り行われることとなった。
 私がオルセリエに嫁いできて、三年の月日が経っていた。
 広場には色とりどりの花が飾られ、街のいたるところに旗が掲げられている。
 今日という日を、国中が祝ってくれているようだ。
 王都の大聖堂には、国内外から多くの重鎮らが詰めかけていた。
 私は今、その大聖堂に隣接した控え室で、エミナやロゼルを含む侍女たちの手によって、早朝から念入りに身支度を整えられている。
 上質な絹で丁寧に仕立てられた純白のウェディングドレスは、胸元から肩にかけて銀糸の刺繍が施されている。いくつものリネラの花を象ったそれは、光を浴びるときらきらと輝いた。
 細かく編み込まれ、綺麗にまとめ上げられた髪には、白銀のティアラが飾られた。
 ドレスの裾はふわりと床に広がり、長いベールがその上に重なるように流れている。
 胸元にはセルジュ様から贈られた、王妃の証であるペンダント。
 リネラの形をしたその淡い水色の宝石を、私はそっと指先で撫でた。
 最後にロゼルの手によって、顔の前にそっとベールが下ろされる。
「……とてもお美しゅうございます、アリスティーヌ様」
 身支度の終わった私の姿を見て、エミナが感極まったように声を震わせた。
 彼女の方を振り向くと、涙ぐむエミナのそばで、ロゼルまでもが目を赤くしている。目が合うと、ロゼルが優しく微笑んだ。
「この日が来るのを、待ち望んでおりました。アリスティーヌ様、本当におめでとうございます。そして……、このオルセリエを救ってくださって、ありがとうございます」
「どうぞこれからも、国王陛下と睦まじくお過ごしくだざいまぜっ……! 末永ぐ……、うぅっ……」
 エミナはついに顔をくしゃりと歪め、涙をポロポロとこぼしはじめた。苦笑しつつも、私も喉の奥がツンとする。
「ありがとう、二人とも。……私ね、オルセリエにやって来た当初、内心とても不安だったの。たった一人で母国を離れ、戦後まもない隣国に送り出されて……。あの時の私を、あなたたちの優しい笑顔がどれほど勇気付けてくれたか。言葉では言い表せないわ。これからも、私をそばで支えてね」
 私まで声が震えてしまう。エミナが顔を覆い、ロゼルも指先で目元を拭う。
「もっ、もちろんでございます! アリスティーヌ様……っ! このエミナ、生涯アリスティーヌ様のおそばを離れません!」
「私もです、アリスティーヌ様。お許しいただける限りずっと、お仕えさせていただきます」
 間髪を容れずにそう答えてくれる二人の言葉に微笑み、私は控え室を出た。

 聖堂の前に着くと、近衛騎士たちや神官、従者らの姿があった。扉の脇にはヴォルグが控えている。
 扉の前に立ち、ヴォルグにそっと視線を向ける。
 目が合った彼は、噛みしめるようにゆっくりと一礼した。
「妃陛下、お時間でございますので、扉を開けさせていただきます」
 その場にいた従者にそう声をかけられ、私は静かに頷いた。
「いってらっしゃいませ、アリスティーヌ様」
 エミナのその言葉が、まるでちょっとした外出を見送るかのように軽やかで、思わずくすりと笑ってしまった。おかげで肩の力が抜ける。
 両開きの重い扉が開かれると、視界が一気に広がった。
 弧を描く高い天井。色硝子を通した光が、祭壇へと続く通路を淡く照らしている。
 その両側には、ずらりと並びこちらを見ている列席者たち。
 わずかに広がったざわめきが、すぐに静まる。
 一度深く息を吸い、足を踏み出した。
 真っ直ぐに前を向いたまま、私は一人きりで、ゆっくりと進んでいく。
 左右から向けられる、無数の視線。
 もっと緊張するかと思っていたけれど、不思議なほど、心は落ち着いていた。
 私の視線の先には、ただ一人だけ。
 大聖堂の最奥、祭壇の前に立つセルジュ様の姿だけが、私の心をとらえていた。
 彼は私を見た瞬間、はっきりと息を呑んだ。唇が薄く開かれたのが、遠目にも分かる。
 セルジュ様は、濃紺の正装をまとっていた。その胸元には、金糸で施された王家の紋章が輝いている。深い赤のサッシュに、随所に施された金の装飾やボタンで、普段のセルジュ様よりも一層神々しく見えた。
 深くゆっくりとした呼吸を繰り返しながら、私は彼の姿だけを見つめ、一歩ずつ足を進める。
 こうしてセルジュ様のもとに向かっていると、初めて彼と対面した時のことが自然と思い出された。
 オルセリエ王宮に到着し謁見の間に通された、あの時。セルジュ様は玉座の肘掛けに頬杖をつき、疲れ切った表情でつまらなさそうに私のことを見ていたっけ。
 今、私を待っているセルジュ様は、あの時の彼とはまるで別人のようだ。
 顔色は明るく、金色の髪は艶やかに輝き、こちらを見つめる青い目には溢れるほどの愛情が満ちている。早くそばにおいでと、私に語りかけるように。
 オルセリエ王国に来てからこれまでのことが、次々に頭の中を巡る。
 心を開こうとしないセルジュ様。猜疑心に満ちた重臣らの眼差し。街に出れば、敵意と罵声を浴びせられる日々。
 それでも、心は決して折れなかった。
 エミナやロゼルに励まされながら、歯を食いしばって市井を回り、祈りを捧げ続けた。
 やがて、荒れていた王国は落ち着きを取り戻し、人々の表情には笑顔が戻った。
 リネラの花々は再び美しく咲き、セルジュ様も、私に心を開いてくださった。
(本当に、ここまで来たのね……)
 夢と現実の狭間を歩いているような心地になりながら、私はただセルジュ様の美しい目を見つめ、彼のもとへと進んでいく。
 セルジュ様も、私から視線を逸らさない。
 ようやく辿り着き、前に立つと、セルジュ様はまるで待ちきれないとばかりに、私の両手をすぐさま取った。そして。
「……綺麗だよ、アリス。まるで女神だ」
 開口一番、頬が熱くなるような言葉をかけてくださったのだった。
 神官長が、よく通る声で宣言する。
「これより、オルセリエ王国国王セルジュ陛下と、王妃アリスティーヌ陛下の婚儀を執り行います。……では誓いの言葉を、セルジュ陛下から」
 神官長がそう促すと、セルジュ様が私を見つめたまま、凛とした声で誓いを紡ぐ。
「オルセリエ王国国王として、王妃アリスティーヌと生涯をともにし、この身をもって彼女を守り抜くことをここに誓う。いかなる時もこの手を離さず、隣に立ち、彼女と同じ志をもって、オルセリエ王国のために歩み続ける」
(……セルジュ様……)
 胸が熱くなり、思わず唇を噛みしめる。列席者の方から、いくつもの感嘆の声が聞こえた。
 深く息を吸い、心を落ち着ける。そして私も彼を見つめ、宣言した。
「オルセリエ王国王妃として、国王セルジュ様を生涯お支えし、その歩みに寄り添い続けてまいります。そして、この身に与えられた力をもって国の安寧を祈り、全ての民の穏やかな暮らしを守り続けることを誓います」
 先ほどと同じように、聖堂のあちこちからざわめきが広がる。神官長が厳かに頷いた。
「では、誓いの証を」
 その言葉に、握っていた私の手を、セルジュ様が引き寄せる。
 近づいた距離に、鼓動が速くなる。
 けれど、私は目を逸らさなかった。
 そっと手を離した彼が、私のベールをゆっくりと持ち上げる。
 鮮明になった視界を、愛する人の優しい眼差しが満たす。
 彼は一度、私の頬を愛おしげにそっと撫でた。
 次の瞬間、セルジュ様の顔が私に近付き、唇が優しく重なる。
 今日まで何度も繰り返してきたはずの口づけが、まるで初めての時のように胸を熱くした。
 ほんのわずかな静寂の後──。
 割れんばかりの祝福の声と拍手が、大聖堂いっぱいに響き渡った。

 式は滞りなく終わり、私たちはそのまま大聖堂の外へと向かった。
 重厚な扉が開かれると、まぶしい光が一気に流れ込んできて、思わず目を細める。
「大丈夫か? アリス」
 私の様子を見たセルジュ様が、すぐさまそう尋ねる。そして繋いでいた手に力を込めた。
「ありがとうございます、セルジュ様。大丈夫ですわ。まいりましょう」
 そう微笑みかけ、私たちはヴォルグらの先導のもと、大聖堂の門を抜ける。
 その先にある広場は、見渡す限りの人々で埋め尽くされていた。次の瞬間、歓声が弾ける。
「国王陛下! 王妃陛下!」
「おめでとうございます!!」
「オルセリエ王国に栄光あれ!!」
 重なり合う無数の声が辺りに響き渡る。それに応えるように、私たちは皆へ手を振った。
 空はどこまでも青く、陽光はまぶしいほどに降り注いでいる。
「美しい景色ですね、セルジュ様」
 そんな言葉が、思わず口をついて出た。
 ああ、と答えてくれたセルジュ様が、私の腰を引き寄せる。
「皆のこの笑顔は、全て君の献身がもたらした結果だ。君がこのオルセリエと民たちを思い尽くしてくれたおかげで、今がある。……ありがとう、アリス。俺のもとに来てくれて。君と出会えたことは、俺の人生最大の喜びだ」
 そんなことを言われれば、もう限界だった。
 エミナやロゼルに涙ながらに感謝の言葉を伝えられた時も、目が合ったヴォルグの表情を見た時にも、我慢していたのに。
 朝からずっと堪えていたものがついに溢れ、一筋の熱い涙となり頬を伝う。
「わ……、私の方こそ、あなたには感謝してもしきれません。今こうしてかけがえのないものに囲まれ、幸せな日々を過ごせているのは、セルジュ様のおかげです。……愛しています、セルジュ様」
「……俺もだ、アリス。君を愛している。片時も目を離したくないほどに」
 そう言うと、セルジュ様は私の腰を抱く腕に力を込め、ふいに私の額にキスをした。
 その瞬間、民たちの歓声が、空へと突き抜けるほどに大きくなった。
 すぐそばには、大切な人がいる。
 守るべき民たちが、私たちを笑顔で祝ってくれている。
(……ああ。これが私の辿り着いた幸せなんだ……)
 セルジュ様の温もりを感じながら、私はそう思った。
 これから先も、この人と一緒に歩んでいく。
 命ある限り、この美しい王国を守り続けていく。
 そう心に誓いながら、私はセルジュ様とともに手を振り続け、彼らの溢れんばかりの祝福を受け止めたのだった──。




           ── END ──





 
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