銀河の雫
信号が青に切り替わる。

「本当にお気遣いなく、大丈夫ですから」

車を発進させる彼女。

今更、どんな言葉で飾り立てても、俺の真意は伝わらない。

「いや……でも」

そんな押し問答を遮るように彼女は言った。

「あっ、もう着きますね。さっきと同じ場所でいいですか」

「あっ、はい……」

彼女の横顔を見つめる。

「あの……せっかくなんで、していきませんか、舟下り」

俺の突拍子もない誘いに、彼女は、一瞬、面食らった表情を浮かべた。

「……あは、……いいですね、乗っちゃいますか」

俺は、少し胸を撫で下ろした。



辺りはすでに薄暗くなっている。

乗舟券を買うと、一枚を彼女に渡した。

「最終便を出してくれるそうです」

「そうですか。あっ、お金……」

慌てた様子で、彼女はバッグをまさぐる。

「大丈夫です、僕が誘ったんで」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

先に舟に乗り込むと、ヒールを履いた彼女を振り返る。

「段差があるんで気を付けて」

ふと、手を差し出しかけ、引っ込めた。

紅葉も見頃を過ぎ、裸の木々が寒々しく立っている。

他に乗客は誰もいなかった。

船頭さんが川底に差した竿で、ゆっくりと漕ぎ出された。


渓谷を縫って届く、夕日の弱い光だけが小舟を照らしている。

墨汁で描いたような色のない景色。

かすかなせせらぎと川底に竿を差す、カツンという音だけが、渓谷に静かに響き渡った。


「何回も来たことあったけど、こんな時間帯は初めてです」

「僕もです」

「なんか、すごく幻想的ですね」

「……はい」


暮れ行く川面。

一日が終わろうとしている。

指先で川面にすーっと、境界線を描く。

横顔を見つめる。

彼女を繋ぎとめる言葉を必死で探し続けていた。



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