同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました




 ……怖、
 剥き出しの敵意。だけど――
 ……なんだか可愛い。
 
 日向の手にすっと力が入った。
 従姉妹が発する眼差しの鋭さを心配したようだ。
 夏樹は、大丈夫だよ――という意味を込めて、その手をぎゅっと握り返した。
 
 会計の列が途切れてから、従姉妹が怒った足先で目の前にやってきた。
 頭から足先まで値踏みするかのような視線が絡みついた。
「こら、俺の彼女に失礼だろ」
 夏樹を気にしてか日向が窘めたが、従姉妹に態度を改める気はないようだった。
「宗ちゃん、紹介して」
 さらに睨みつけながら言ってくる。
 日向が溜息をつきながら、夏樹を紹介した。
「“夏樹さん”だよ。俺の彼女。――夏樹、この子は俺の従姉妹で沙良(さら)」
「沙良さん、はじめまして」
 夏樹が挨拶すると、沙良はあからさまに顎をしゃくった。
「――で?」
 沙良は日向に向かって聞いた。
「馴れ初めは?」
 ……あ、
 夏樹は内心焦った。
 『偽装彼女』を引き受けたくせに、肝心の詳細設定を詰めてなかったのだ。
「同じ職場の人」
 ひとまず、聞かれるままに答え始めた日向に任せることにした。
「じゃあ警察官?」
「事務職の人だよ」
「はあ? そんな軟弱な女は宗ちゃんに似合わない!」 
「……」
 夏樹はただ微笑むことにした。
「沙良がどう思おうと、俺はこの人が好きで、この人が俺の彼女だよ」
 この答えが不満なのだろう、沙良は挑戦的に言った。
「じゃあ、この人のどこが好きなの」
「強くて美しいところだよ」
 日向が食い気味に言った。
 沙良もかぶせるように言ってきた。
「キツい性格だけど顔が好みだからつきあってるってこと?」
「そんなこと言ってないだろう――夏樹、ごめんね」
 困り果てたように、日向に気遣われた。
 
 レジに客が並び始め、カウンターのスタッフが沙良を呼んだ。沙良が慌てている。
「約束は守ったからね。沙良、分かった?」
 日向が畳みかけた。
 沙良は返事をしなかった。

「夏樹、行こう」
 日向と一緒に歩き出し、夏樹はそっと振り返った。
 沙良は袖口で乱暴に目元を擦っていた。
 それでも夏樹と目が合うとぐいっと顎を上げた。さっきまでの敵意は少しも消えていなかった。
 

「嫌な役させちゃって、ごめん」
 書店を出てすぐの場所で、どちらともなく足を止めた。
 通行人と出入り客の邪魔にならないよう、建物の壁際へ寄って向き合った。

「私は大丈夫なんだけど……」
 夏樹は前髪を撫でて、沈んだ表情を隠した。
 沙良の涙が光琉に振られた直後の自分を思い出させた。
 世界から見放されたような、あの気持ちを……。

「振られるって、苦しいものだし」
「……うん」
「でもこれだけは言える。振られないと、新しい道へ進めない。だから日向君は間違ってない」
「……ありがとう」

「……」
 夏樹は少し黙った。
 自分の唇を指先でなぞりながら、はっきりと自覚した。
 ……私、進み始めてるんだ。
 
 ……はは。
 この一瞬で、自分で失恋の傷を抉って、自分で答えに辿り着くなんて、賢いんだか間抜けなんだか……。
 自分を分析したら笑ってしまう。  
  
「――大丈夫?」
 日向の静かな声に顔を上げた。
「しんみりさせてごめんね」
 夏樹はすっきりした気持ちで言った。
 
「なにか美味しいもの、食べて帰ろう」
 日向の方から誘ってくれ、夏樹はすぐに乗った。
「賛成」
「結城さんは今、何の気分? ビール? 日本酒? ワイン?」
「私の気分でいいの?」
「もちろん」
「だったら、ワインかな」
「了解」
 脳内で店を検索しているのか、日向が候補をいくつか口にする。
 夏樹は最初の店を選んだ。自分も、一番おすすめの店を一番最初に出すからだ。
 日向が、にこ、と笑った。
 日向も自分と同じタイプだと確信した。
 
 歩き出してほどなく、わりと早歩きの歩幅に意識が向かった。
 夏樹にとっては気持ちのいいスピードだ。
 日向もリラックスしていた。
 ……日向君、私に合わせてるわけじゃなくて、本当にこの歩幅でいいんだな。
 その事実が、やっぱりくすぐったかった。

 
 タクシーに乗って、日向の馴染みの店へ向かった。
 カジュアル過ぎない大人のイタリアンバーだった。
 ……うん。日向君っぽい。
「……」
 そう心の中でニヤけてから、『っぽい』ってなんだ……と、冷静になった。
 一緒にいる時間が長くなったからといって知った風に語ろうとする自分が恥ずかしくなり、夏樹はメニュー表に集中した。 

「結城さん、好き嫌いないって言ってたよね」
「うん。ないよ。なんでも食べられるから、日向君のおすすめがあれば頼んで」
「了解」
 日向が片手を上げて店員を呼んだ。
 あれこれと選んでくれ、料理名だけでも美味しそうな響きだった。
 やがてワインが運ばれてきて、日向が右手を出してきた。
「ん? ……あ、握手ね」
 互いに『偽装恋人』をやり遂げたことへの労いだろうと、夏樹もその手を迎えた。
 日向の手の甲に浮き出た血管に視線が止まった。
 さすが警察官の手だな、と妙な感心をしてしまう。 
「無理な役目を引き受けてくれて感謝してる」
「いえいえ。お役に立てたなら、なによりです」

「……」
「……」
 これまで何度か日向と手を繋いだ。
 だが『偽装彼女』の設定を外して手を握ったのは、当然だが初めてだ。

「……」
「……」
 何度かスキンシップをしたせいなのか、日向の手のひらはよく知る温もりになっていた。  
 
 
「……あ」
 日向の声に夏樹ははっとして手を離した。
 ……私が握ったままだったから日向君、困っただろうな。
 
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