同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました
4.夜の謎の足音事件
――勤務時間が終わる間際、窓口に市民が飛び込んできた。
身振り手振りで、何かを必死に説明している。
対応した担当警察官がフロアの中央へ戻ってきた。
上司や同僚に市民と同じような身振り手振りで、時々首を傾げながら状況を伝えている。
近くにいた警察官がひとり、ふたり、と集まってきて話を聞き始めた。
だが皆の顔が冴えない。
「これ、地域課だろ」
「いや、生活安全課じゃないか」
「警備課かもしれん」
それぞれ押し付け合っている。
夏樹は後輩の琴音と共に〆の作業の手を止めず、ちらちらとその様子を見ていた。
琴音がそわそわしながら、夏樹に小声を向けた。
「どういった相談なんでしょうね?」
「深刻そうよね」
「書類渡すふりで聞いてきますっ」
琴音は気になって仕方がないようで、言うが早いか動き出していた。そうして警察官たちの背中側で、耳を傾け始めた。
ほどなくして琴音が戻ってきた。やはり難しい顔をしていた。
「あのですね、あの方が少し前に古民家を購入したんだそうです」
琴音がひそひそ声で教えてくれる。
「改装工事が順調に進む中、ご近所で妙な噂が立ち始めたんですって。敷地から気味の悪い音がするって」
「具体的にはどういう音なの?」
「最初は、夜な夜な誰かが歩き回っているような音だそうです。防犯カメラを設置したんですけど、音だけは入っていて、何も映らないんですって」
「なるほど。オカルト現象なのね。泥棒じゃなくて良かったじゃない」
「……先輩、私同意できない……」
琴音が慄いている。
「まあ、それはおいといて……」
夏樹は咳払いをして先を促した。
琴音が話の続きに戻った。
「退職金を全部つぎこんで、借金もしたそうです。『古民家カフェ』を始めるつもりで」
「あらら」
「そんな矢先に幽霊騒ぎなんて可哀想すぎません?」
「確かにそうよね」
「なんでも、ご主人の趣味が陶芸で、その食器を使うのが夢だったんですって」
琴音は事実だけじゃなく背景まで話してくれる。
感情移入してしまったようだ。
「オバケが出る……なんて噂が立ったら、カフェに客は来ないですよね」
「……」
夏樹はちら、と警察官が集まっている、その後方に目を向けた。
夏樹の視線に気づいたのか、日向も見てくる。
「――とりあえず日向、おまえ、対応しろ」
結論は出なかったようで、現状では平の補佐である日向が面倒事を押し付けられた格好で落ち着いたようだ。
「わかりました」
日向が爽やかに返事をした。
「話聞いてきます」
そうして所在なさげに座っている男性の元へ向かっていった。
声は聞こえないが、男性の前に膝をついて目線の高さを同じにしている。
男性が身振り手振りで話し始める。
一回目と同じことを説明しているのだろうか。
日向は相槌を打って、真剣に聞いていた。
ほどなく日向が先輩警察官の元へ戻ってきて、言った。
「とりあえず、現場を一度確認してきます」
「そうか。よろしくな」
誰も同行するとは言わない。
日向も最初から期待していない様子で、壁際のロッカーへ向かっていく。
耐刃防護衣を着て右腰に拳銃、左腰に手錠と警棒を装備し、無線機を手にする。
そのまま男性と共に外へ出て行った。
「……日向さん、ここぞとばかりにこき使われてますけど」
琴音がこそこそと耳打ちしてきた。
「来年になったら上司になってるかもしれないのに」
警察の階級社会を面白がっている。
はは、と夏樹も苦笑いで返した。
それから数日が過ぎ――
給湯室で日向に会った。
「目の下にクマ出来てるけど、大丈夫?」
「……うん。寝不足で」
日向は疲れた顔をしていた。
「コーヒー飲む?」
「あ。うん」
夏樹は私物のドリップコーヒーを取り出して、日向のマグカップにセットした。
「席に持って行ってあげるよ」
「……ここで、待っててもいい?」
「いいけど」
日向は壁に寄りかかって、目頭を押さえていた。
「――例の、市民からの相談がまだ解決しないの?」
「窃盗団の類じゃないことだけは確認できたけど」
日向は弱い息を吐いた。
「じゃあなんの音なんだ? ってところが解明できなくて」
「……もしかして、非番の時間を使ってプライベートで行ってあげてるの?」
事件でなければ職務として認められないはずだ。
「うん。まあ……」
日向は気まずそうに首筋を掻いている。
「……」
日向の寝不足の理由が分かった。
夏樹がコーヒーを手渡すと、日向はその場で立ったまま飲み始めた。
「美味しい」
「備品のスティックコーヒーよりはね」
ちょっと明るく言ってみた。
日向も笑ってくれた。けれどその笑顔は晴れない。普段より少しリッチなコーヒーでは眠気をごまかすぐらいしかできないだろう。
「捜査じゃないなら私にもその『音』聞かせてくれない?」
自分が役に立つと思って言ったわけではなかった。
ただ、ひとりで難題に取り組み行き詰っている日向から、ほんの少し荷物を下ろしてあげたかった。気休めでも。
「それは、現場に行きたいってこと?」
日向が目を見開いている。