同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました
ノスタルジックな気持ちと共に、封印していた過去を話したくなった。
「人に迷惑を掛けることばかりしてて――そんな時、祖母がまるでゲームみたいに提案してくれた。一日に一回だけ誰かのために動いてみないか、って。手作りのスタンプカードを何十枚って作って」
達成したらカードに花丸のスタンプを押すのだ。
一枚は三十一枠だった。一ヶ月に一枚。足りない日にちには斜めの線が入っていた。
「最初からおとなしく言うことをきいたわけじゃなかったよ……反抗的だったから」
月に数回、気が向いた時に軽い人助けをする程度だった。
「そんな祖母が病気になって、入院して――それで私、祖母が喜んでくれるのを見たくて、人を助けてみた」
そのうちに、自分の人助けで祖母の寿命が延びるのではないかと考えるようになった。必死になって助けた。けれど病はあっけなく祖母を連れて行ってしまった。
――『夏樹は、乱暴な子じゃなくて、誰かを助けられる子だよ、安心しなさい』
それが最期の言葉になった。
祖母を失っても残された言葉は消えなかった。
「……」
日向は身じろぎせずに聞いていた。
日向が夏樹の回想を真剣に聞いていたことが伝わってきて、夏樹は急に恥ずかしくなった。
日向から視線を外した。
「(実はこの話、人に話すの初めてなんだよね)」
「……ん? なんて?」
「なんでもない」
夏樹は無意識に呟いてしまったことに気づき、取り繕った。
「祖母の“ゲーム”がまさか日向君に繋がるとはね」
夏樹は感傷を振り払って笑顔を向けた。
「そうだね――あの頃の俺に教えてやりたい」
「何を?」
「その人と、ちゃんと話せるようになるって」
「……」
噛みしめるように言った日向を、夏樹は静かに窺った。
静寂がやってきた。
と、例の音が始まった。
「……あ」
日向が思わず、といった様子で声を漏らした。
夏樹もすぐに耳を澄ませた。
カサーー、パチーー、と小さな硬い音がする。落ち葉がかすかにズレるような音に聞こえた。
「やっぱり一か所からじゃないのよね」
夏樹は両手に耳をあて、広い庭の音に意識を研ぎ澄ませた。
しばらく耳を傾けてから、足音を殺してゆっくり歩いてみた。
音の発生源に近づいたと思うと、今度は別の場所からサラサラサラーーと包み込むような音に変わる。
「んー、ちょっと雨上がりの森の匂いに似てるんだよなあ……」
独り言のように呟きながら、夏樹は足元にしゃがみ込んだ。落ち葉を触れた。ひんやりと冷たかった。
「日向君、少し寝ていいよ」
庭をしばらく行き来して、日向のそばに戻った。
縁側の柱に向かって、日向の体をそっと押した。
「いや、大丈夫……」
言いながら、日向の瞼は落ちそうになっている。それなのに「結城さんから絶対目を逸らさない」と責任感に満ちた言葉を口にする。
「君は警察官の鏡だね」
夏樹は冗談めかして労い、日向の横に座った。
夜が更けるにつれ肌寒くなってきた。
ふいに夏樹の肩が重くなった。
日向が着ていたシャツを掛けてくれたのだ。
「日向君が風邪引いちゃう」
「眠気覚ましにちょうどいいから」
日向にやせ我慢している感じはなく、夏樹は小さく肩を竦めた。
「ありがとう」
そうして夏樹は日向の隣に座ったまま、庭全体に広がる奇妙な音を聞き続けた。
朝が来た。
朝露が庭のそこかしこに垂れている。
庭の一部分だけ朝露の付き方が違っている。
「……」
不自然に早く乾いていることに、夏樹は考える。
歩いてみると、踏み心地の違う場所が出来ていた。
しゃがんで、落ち葉をそっとめくった。
土の表面にびっしりと白いフェルト状の菌糸の網が広がっていた。