同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました
早朝、相談者の佐々木が妻と共にやってきた。
大きなバッグを抱えている。
縁側で取り出したのは陶製の大皿だった。そこにおにぎりと漬物が乗っていた。ポットには温かいお茶。
互いにお礼を言ったり言われたりしながら、日向が本題に入った。
「佐々木さん、音の正体がわかりました」
「本当ですかっ!」
佐々木夫妻の表情に緊張が走った。
無意識だろう、ふたりは不安のあまり寄り添っている。
「解明してくれたのは同僚の結城さんです」
日向の手が夏樹に向いた。
それを受け、夏樹は説明を始めた。
「音の正体は、落ち葉です」
「……へ? 落ち葉、ですか?」
「正確には、乾燥した落ち葉が湿気を吸って変形するときの音です」
夏樹は庭の一角へ行き、落ち葉を掻き分けた。白い菌糸が地表を覆っている。
「ただ、共犯者は菌類――キノコです」
夏樹はイメージしやすいように言った。
「キ、キノコ……?」
佐々木夫妻の反応は当然のものだった。
さっきまでオカルト現象だと信じ込んでいただろうから。
「ここは古民家カフェにするつもりで、建物とこちらの庭を買われたとお聞きしましたが」
「は、はい。そうです」
「最初は土地を二分割して建物側だけ購入するつもりだったんです」
「でもこの庭があってこその古民家カフェだと思い直して、清水の舞台から飛び降りる覚悟で購入しました」
夫婦が交互に内情を話してくれた。
「であれば、庭を再生させるために古い木や腐植が多いところへ肥料を入れたのはないですか?」
「――いっ、入れました」
佐々木が引っ掻いたような声で答えた。
夏樹は頷いた。
「条件が重なって、菌糸がかなり広範囲に発達したみたいです」
「それで、あんな音が?」
「菌糸そのものが鳴ってるわけじゃありません。夜になって湿度が上がると、乾燥していた落ち葉が水分を吸って、反ったり擦れたりする。それが庭のあちこちで起きたから、誰かが歩き回っているように聞こえたんだと思います」
夏樹は庭を見渡した。
「少なくとも、怪奇現象ではありません」
「じゃ、じゃあ、本当に亡霊や祟りの類ではないんですよね……」
佐々木が日向に向かって無意識に手を伸ばした。
それだけ日向を頼りにしていたのだろう。
日向が佐々木の手を握った。
「佐々木さん、安心してください。夢の古民家カフェ、あきらめなくていいんです」
佐々木の目元にじわりと涙が滲んだ。
「一世一代の大勝負で買ったんです、長期ローンで……破産するところでした」
「よかったです」
夏樹は、日向と笑顔を交わし合った。
それからふたりで美味しいおにぎりと漬物を平らげて、佐々木夫妻に感謝、感謝――で見送られて、工事が中断したままの古民家を後にした。
「――はあ、結城さん、助かった……本当、ありがとう」
日向が真面目に頭を下げてきた。
夏樹はその広い肩をぽん、と上から叩いた。
「『同期は助け合うもの』、なんでしょう?」
いつか日向に言われた台詞を持ってきた。
「……っ」
日向が気まずそうに首筋を掻いている。
夏樹は見なかったことにして、駐車場へと軽やかに歩いた。
「駅まででいいからね」
助手席に乗ってすぐに伝えた。
「アパートまで送るよ」
「大丈夫よ。そんなことより私は日向君に一分でも一秒でも早く、寝てほしいの」
「……結城さん」
「それに、警察官が寝不足で事故を起こしたらシャレにならないわ」
「……わかったよ、……ありがとう」
日向は、納得したようで寂しそうな表情で礼を言った。
「じゃあまた、週明けに署で」
ロータリーで車を降りて、日向と別れた。
――ふわあ、
ひとりになった途端、欠伸が出た。
……でもあんまり眠くないな。
徹夜したはずなのに、日向の問題を解決できてほっとしたのか身も心も軽い。
……日向君、今日はどんな夢を見るかな。
夏樹は肩を揺らした。
何日も寝ていないから爆睡だろう、と思うが、
……案外、“今日の続き”だったりして。
それを想像して口元がふっと、ほころんだ。