同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました
「――マイマイ、ちょっといい?」
出張から戻ってきたばかりの舞華に、夏樹は遠慮気味に駆け寄った。
舞華はシステム関連のプロジェクチームの一員として、ここ数週間複数県の警察本部を巡回していた。ようやく帰れるとメールをもらったのは昨日だった。
舞華はすぐに抱きついてきた。
「ナツぅ、ひさしぶり! お土産買ってきたからね」
「う、うん。ありがとう……あのね」
夏樹はもぞもぞした。
日向のことをできれば舞華に相談したかった。
「数日は忙しいよね、報告書とかあげないといけないだろうし」
舞華はさらっと言った。
「出張中にその都度送ったから、終わったよ」
「さすがマイマイ」
舞華は大学時代から情報処理の高度資格を持っていた。その専門知識を買われ、異例の早さで今の課へ引き上げられた。とにかく優秀なのだ。
「話したいことがあるようだね」
舞華が察してくれた。
「うん。相談に、乗ってほしくて」
「まかせて」
舞華が破顔する。
夏樹は泣きたいような気持のまま安堵した。
**
――「それで、何を悩んでるのよ?」
舞華のリクエストで和食店をチョイスした。
出張中はビジネスホテルとコンビニばかりでまともなものを食べていなかったそうだ。
個室を選び、気兼ねなくあれこれと注文した。
「恋愛――のことなんだけど」
夏樹は切り出した。
「マイマイは、“恋愛のエキスパート”だって言ってたよね」
「あー、うん、そうね」
舞華は大仰に頷いた。
「早熟だったわ。小学生ですでに複数の恋人がいたからね」
「その経験を見込んで相談があるのよ」
「待って待って。まさか光琉とやり直したいとか、そういう……」
「違う」
夏樹はびしっと舞華に向かって片手を出した。
「それは完全に終わってる話」
舞華がほっとしたように肩先を下げた。だがすぐに身を乗り出した。
「じゃあ、別の人を好きになったってこと? いつのまに……」
「そうじゃなくて、これが恋なのか、マイマイに聞きたくて」
「……ほぅ」
舞華にまじまじと見つめられ、夏樹は頬杖の格好で頬を押さえた。これから日向のことを話す――と思っただけで顔が熱くなる。
「わかったわ。聞かせて、ナツがその人をどう感じてるのか」
「う、うん」
夏樹は居住まいを正した。
そして、頭の中にある出来事を順番など守らずに溢れるままに口に出した。
相槌を打っていた舞華が、だんだん質問を挟んでくるようになる頃には、ボトルで頼んだ焼酎が半分以上消えていた。
「なるほど? ようするにその人とは今は『友達』なわけね」
「他の人たちよりは、たぶん、仲が良いんじゃないかな……と」
日向が夏樹以外の女子職員と親しげに談笑しているところは見たことはない。というか、どちらかというと無視に近い……。
「『友達』って確認し合ったわけじゃないから、向こうにとって私は単なる『知り合い』かもしれないけど……」
しどろもどろに言う。
舞華は腕組みをした。
「まあ、知り合いか友達かの境目って、感じ方に個人差があるからねえ」
舞華は急に鋭い視線を投げてきた。
「ちなみに誰?」
「……」
夏樹はひたいに滲んだ汗を拭った。
「ふーん。――まあいいわ。とにかく、ナツの話を聞いた限りでは、あんたはその人に恋をしてる、で間違いないと思うわ」
「……」
はあ、
夏樹は顔を覆った。……やっぱり、そうか。
「いつも目で追ってて、用事もないのに話しかけて、その男が他の女に触れたら胸が苦しいんでしょう?」
夏樹は唇を噛んで、認めた。
「で、その人には好きな女がいるって?」
「……うん。濁されたけど一瞬にして照れたの。特定の人物を思い浮かべた表情だった」
「……」
舞華はテーブルに両肘をついて、夏樹を再びじいっと見ている。
「私、どうしたらいいと思う?」
夏樹は縋るように聞いた。
「向こうは、私に下心がないから安心してるのに、もしこの気持ちがバレたら、もう終わりだよね。裏切られたって思うよね」
「うーん」
舞華が困っている。
それが答えなのだろう。
「やっぱりこの気持ちは消し去った方がいいよね、今ならまだ引き返せるはず……たぶん」
「ナツ」
舞華が慌てたように言った。
「まだ答え出すのは早い。私も考えてみるから。わかった?」
「……わかった」
念を押されて、溜息とともに頷いた。
結論は出なかった。だが事実だけは残された。
……私が、
日向君に恋をしてしまった、
――その事実が。