同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました
数日後、日向が非番の夜に創作料理のレストランへ向かった。
場所はメールで相談して決めた。
――そう、このやり取りだけで数十回と往復が続き、夏樹は部屋でひとりニヤニヤすることになった。
*
「日向君、待たせちゃった? ごめんなさい」
お互いに初めて入る店だ。
日向は先に着いて席で待っていた。
「ちゃんと休息取れた?」
挨拶もそこそこに日向の体調が気になった。
「うん。日中たっぷり寝たよ」
「それならよかった」
「……」
日向の目の前に滑るように座った。
ぐるりと店内を見回す。
完全個室ではないものの、ひとつひとつのテーブルが紐暖簾で囲われていて、適度にプライバシーが保たれている。ソファの座り心地も抜群だった。
「これで料理が美味しかったらいうことないね」
夏樹の様子から先回りしたのか、日向が言った。
「そうだよね。楽しみだね」
ふたりで顔を見合わせて笑った。
「……」
夏樹はスッ――と、目を逸らした。不自然にならないよう注意したが、大丈夫だったろうか。
心臓が速い。
「結城さん、なにかあった?」
「えっ?」
「悩み事があるように感じるけど」
……さすがに鋭いなあ。
夏樹は服の中でじんわり汗が滲むのを感じた。
「日向君! そういうのヤメ!」
夏樹は指を突きつけた。
「そういうのって?」
「警察官の尋問みたい」
「ええっ?」
「そうやって“被疑者”を観察するような態度はどうかしら。言っておくけど、私は善良な一般市民ですからねっ」
冗談に変えるのに必死になる。
そうでもしないと、途端に自分の気持ちに立ち止まりそうで怖かった。
「ははっ、ごめん。そんなつもりなかったけど」
「まあ、今回だけは許すけど」
出だしは上々だった。
夏樹は恋心が漏れ出すのをなんとか抑え、日向が望む『下心のない同僚』のラインを守った。
日向のために。
「――それで? 日向君は私に何の相談があるって?」
お互いほどよく酔い始めていた。
運ばれてきた料理はどれも美味しくお酒も進む。
「言い出しにくいことなの?」
夏樹は焦れた。
ちっとも話し始めないため、ずっと気になったままだった。
「結城さん……怒らない?」
日向がグラスをテーブルに戻した。
「私が怒るようなことなの?」
「あるいは……」
余計に気になるじゃない。
夏樹はぐいっと顎を上げた。
「『怒らない』って約束するから、話してみて」
日向の喉仏が動いた。
そこにまた色気を感じてしまい、夏樹がどぎまぎしていると日向は一気に言った。
「それを先に聞いて安心した。――実は彼女のフリをまたお願いしたくて」
グラスを持つ手が、浮かべていた笑顔と共に固まった。
……また私が、日向君の『彼女』に……?
「沙良が、うちの家族に告げ口みたいなことをしちゃって」
一瞬喜んでしまった罪悪感を隠すように、会話を引き戻した。
「そっか、家族に……。――ん? 家族というと……」
「うん。父と母と、兄と」
「!!」
夏樹は思わず立ち上がった。
そして慌てて、座り直した。
パニックで意識が飛びそうになる。
……日向君の両親の前で彼女のフリを?
これまでの“ごっこ”とはわけが違う。
「……日向君、警視監に私の名前出した?」
「うん、沙良が……」
ざわつく胸で納得しつつ、さらに質問を重ねた。
「私、警視監に悪い印象あると思うけど……」
「どうして?」
「えっと、情報管理課から会計課へ戻されたし」
日向は左右に首を振った。
「署内の人事まで把握しないはずだよ」
「――あ、そっか」
夏樹は安堵した。
冷静に考えれば、入庁して数年の行政職員ひとりが、部署を外された経緯まで警視監の耳に入るとは考えにくい。
「ちょっと……整理してもいい?」
気を取り直して確認を再開した。
「もちろん」
「日向君のご両親は、日向君に彼女ができたって聞いて怒ってるの?」
「まさか」
日向が焦っている。
「行ったら、『どういうつもりでうちの息子に近づいたんだ』とか言われるオチ?」
「ちょっと待って。結城さんの想像の中で俺ってそんな“箱入り息子”なわけ」
日向がひとりでウケている。
夏樹はムッとした。
「これとっても大事な確認よ」
「ははっ、ごめん――結城さんが心配してる理由が可笑しくて」
夏樹は難しい顔のまま、一番大切なことを口にした。
「あと、大きな問題があるわ。親に会うってことは、当然会話もするのよね……バレるでしょう、さすがに」
従姉妹の前でなら、日向の隣で彼女っぽくしていれば事足りたが、親と対面するならそうはいかない。
「そもそも――」
……あなたには好きな人がいるのでしょう?
こんな嘘をついて、いつかその恋が実ったらどうするの。
夏樹は疼きだした胸にそっと手を当てた。
「結城さん……?」
「!」
名前を呼ばれてハッとした。
日向が再び、窺うような視線を向けている。
夏樹が黙り込んでしまったせいだろう。
「ごめん……またこんな面倒なこと言い出して。でも結城さんにしか頼めないから」
日向は眉を下げた。
「あ……うん、そうよね、私が沙良さんの前に『彼女』として登場しちゃったものね」
確かに、いまさら日向の彼女を“すり替える”ことは不可能だ。
だったら今回も偽装彼女になりきって、その後は『別れた』ということにする――ということなのだろう。
「やろう!」
夏樹はテーブルの上に両手を置いた。バン、と小気味よい音が鳴った。
「いいの?」
日向の表情がぱっと明るくなった。
そうして週末と非番が重なった日――
夏樹は日向の家へ招かれた。