同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました


  
 ただ今回は、なんの対策も立てずに挑んだわけではなかった。
 日向とは時間を合わせて何度か落ち合い、しっかり打ち合わせを重ねた。

「はい!」
「夏樹、どうぞ」
「宗一郎はコーヒーはブラック派です!」
「正解です」

「はい!」
「宗一郎、どうぞ」
「夏樹はシャワー派です!」
「……正解です」

 会話の最中、どちらかが手を上げたら、そこから『確認タイム』に突入する。
 そうやってこれまでに知り得たことを披露しあい、本番を迎える前に正解率100%に到達した。
 
 
 *
 
 夏樹は足を止め、日向の実家を見上げた。
 高級住宅街に足を踏み入れたのも、どこに入り口があるのかも分からないほどの豪邸に招かれたのも、人生で初めてのことだった。

「夏樹、こっち」
 日向に手招きされた。
 初めはお互いにぎこちなかった『名前呼び』も、今では呼吸をするように口に出来るようになった。
「少し下ってるから気をつけて」 
 日向が夏樹の足元を気にしている。
「本当だ。ありがとう」 
 一見するとただの広い壁に見えたが、少し進んで回り込むと、奥まった場所にフェンスが隠されていた。普通に歩いていたら気づかずに素通りしてしまうだろう。防犯対策のための巧妙な造りなのだろうか。

「ただいま」
 日向がインターフォンに向かって声を掛けた。電子音とともに門扉が自動で開いた。
 門をくぐると、すぐに美しく手入れされた植栽が目を引いた。その向こうに芝生の庭が見え隠れしている。
 レンガを敷き詰めた小道を進み、大きな玄関先へ着いた。

 夏樹は唾を飲み込んだ。
 喉がからからだった。
 この恐怖心にも似た緊張は『偽装彼女』の設定のせいだけではない――と自分でも分かっていた。
 これが最初で最後の訪問になるとしても、好きな人の親に会うのだ。せめて、嫌われずに終われますように、と心から祈ってしまう。

「――夏樹、ごめんね。これが終わったら美味しいもの食べにいこう」
「……うん。それだけを励みに頑張るわ」
「ははっ」
 日向が小さく笑う。  
 その優しい笑い方は、夏樹の心をふっと緩ませる。それは恋心に気づく前からだ。

「おかえり」
 玄関を開けてくれたのは日向の母親だった。
 ……わ、わあ、なんて綺麗な人――
 さらりとした素材のタイトなシルエットの服が、スタイルの良さを際立たせている。
 夏樹は思わず、口を開けてしまい、我に返って、慌てて閉じた。

「母さん、彼女が結城夏樹さんだよ」
「はじめまして、宗一郎の母です。ようこそ」
「夏樹、この人が俺の母親の“日向百合子(ひゅうがゆりこ)”」
「は、はじめまして。結城夏樹と申します。お招きいただきありがとうございます」
 夏樹は手土産を渡しながら、緊張のまま頭を下げた。
「そんなに固くならないで大丈夫よ、さあ、入って」
 日向の母は、結婚前『七海(ななみ)ユリ』としてドラマや映画に数多く出ていた。日向への気持ちを自覚してから、母親の出演作品を探しては観た。

「(……宗一郎)」
 母親の後ろを歩きながら、夏樹は日向に耳打ちした。
「(この世の人とは思えない美しさだわ)」
 日向は引きつったような顔で、「そうかな?」と首を捻っている。
 ……は、
 夏樹は、好きな男の美意識を初めて疑った。
 
 リビングへ通された。
 そこには日向の父親――警視監の日向卓史(ひゅうがたくし)が座っていた。  
 実際に会ったことはもちろんない。広報誌ぐらいだ。
「……」
 あまりの威圧感に空気がピリついている。
 百合子が砕けた調子で言った。
「卓ちゃん、怖い怖い……。初めての人はびっくりしちゃうから」
「なにが怖いんだ?」  
「……」
 夏樹の驚きは、すでにキャパを超えていた。
 警視監が妻には『卓ちゃん』と呼ばれていて、その本人は自分の威圧感に無自覚だなんて。 
「父さん、この人が結城夏樹さんだ」
 日向が母親にしたのと同じように紹介してくれた。
 夏樹は挨拶し、勧められるまま日向の両親と向かい合って座った。

「結城さん、君の経歴は確認した」
 警視監の言葉に固まりながら、なんとか返事をした。
「は、はい」

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